戻ってきたぬくもり
部屋に連れて行かれたセラフィーナはソファにゆっくりと降ろされた。
レオナルドはカチャカチャと音を立てながら茶器を準備し始める。それをぼんやり眺めていたセラフィーナだったが、目の前にティーカップが置かれたことで覚醒した。
「レオナルド様が入れてくれたのですか?」
「私は自分のことは自分でできるからな。ターニャの姉が専属メイドになるがユーリと兼任している。お前と同じようなものだ。それより私のことはレオと呼べ」
「レオ様?」
「そうだ。それから敬語もやめろ」
「でも……」
「今さらだ。お前はよく崩れているぞ、セラ」
「セラ?」
「セラフィは皆が呼ぶだろう。私だけの呼び方だ」
レオナルドはセラフィーナを再び抱き寄せキスをした。
“私だけの呼び方”
それがとても特別なものに思えて嬉しい。しかもまたキスされてしまった。
「ックク。顔が赤くなってきたぞ」
「言わないでくださ、言わないで!」
部屋の中は明るくお互いの顔がしっかり見えて余計恥ずかしい。両手で顔を隠すセラフィーナにレオナルドは笑い、セラフィーナの髪を指に絡めた。
「茶を飲め。気持ちを落ち着けろ」
セラフィーナは頷いて、レオナルドが入れてくれたお茶を一口飲む。
「おいしい」
「だろう?私が直々に入れてやった茶だからな。それから話がある」
「はい」
セラフィーナは姿勢を正した。
「あの鬱陶しい女を王宮に入れるには訳がある」
「うっとうしい?アリシア様ですか?」
「敬語はやめろ。そうだ。お前は知らんだろうが、あの女は空気も読めず独りよがりだ。いつもくだらん話に付き合わされてうんざりしている。あの女を蹴り上げない私を褒めてほしいぐらいだ」
なかなかの言われようである。
とはいえ少し話しただけのセラフィーナやティターニアもアリシアの自由気ままさを感じとった。
だがこれほどレオナルドが嫌がっているとは思っていなかった。
「あの女は父親をエサに私に近づいた。だがあの女の頭で計略は無理だ。問題はペドラだ。辞めさせた使用人達を密かに別邸で雇い直していることが判明した。当初は女でも囲っているのかと思ったが、使用人の一人が行き来しているだけとの報告でな。物か人か、何かを隠している可能性がある。いくら事件解決に尽力しようとも、結局変わらず警戒体制を敷いているわけだ」
その話を聞いて思い出した。そもそもレオナルドの執務室まで出向いた理由をまだ伝えていなかった。
「私、レオナ…レオ様にお伝えしたいことがあったの。今日ティア様とバラ園で散歩をしていたとき、アリシア様がいらっしゃったわ」
レオナルドは不快そうに片眉を上げた。
「あそこに入るには許可が必要だろう」
「そうなの。それでお付きの方が追いかけてきて、アリシア様を諌めたのだけど……。レオ様はルードリッヒ殿下の緑の髪をした従者とお話ししたことはある?」
突然ルードリッヒの名前を出したことでレオナルドは目を見開いたがすぐに戻る。
「いや、無い。繋がりがあるというのか」
「私の勘違いかもしれないけど、アリシア様のお付きの方とルードリッヒ殿下の従者、二人ともゾーイックのなまりがあったの。いくらなまりがあるからってあれほど似通った口調にならないわ。それなのに髪の色も全然違うし、今日見たお付きの方はメガネを掛けているし。まるでわざと別人を装っているような気がして……」
黙って聞いていたレオナルドは静かに口を開いた。
「お前はそいつらが同一人物ではないかと言いたいのだろう。…よくそこに思い至ったな」
「パーティーのとき、第三王子につく従者にゾーイックのなまりがあるなんて変だなって思ったの。ただ一番始めに違和感を持ったのは、ルードリッヒ殿下がバラ園に乱入してきたとき、あの従者がレオ様の前で一言も話さなかったからなの。今思えば、各国の言葉を理解しているレオ様の前で、意図的に話すのを避けたのかもしれないって。あと私もかつらとメガネを使ってるし、もしかしたらこの人も偽装しているかもって」
レオナルドはニヤリと笑った。
「そうか、よく細かいところを見ている。私はお前の耳と洞察力を信じる。ルードリッヒがパーティーで大人しすぎたのが引っ掛かって、実は叔父上にサライエに行ってもらったのだ。ついでにその従者のことも調べてもらおう。これが突破口となるはずだ」
そう言ってレオナルドは立ち上がり扉に向かった。もう戻るのだろう。セラフィーナは寂しく感じたがレオナルドにはまだ仕事がある。
後ろに続くとレオナルドは扉の前で振り返った。
「言い忘れるところだったな。ジーク・ハワードには近づくなよ」
「ハワード様も事件に関係が?」
「それは知らん。私が嫌なだけだ」
レオナルドがセラフィーナを抱き寄せた。
「お前は私が他の女と一緒にいるのは嫌だろう?」
「……嫌です」
「なら私も同じだ。お前が他の男と仲が良いのは気に食わん。私は独占欲が強いらしい。他の男を近づけるな」
レオナルドは押し付けるように深いキスをし始める。
「わかったな」
「ん、わか…り………んん……」
しばらくそうした後、レオナルドは抱き締めたままセラフィーナの顔を覗き込んだ。慣れていないセラフィーナは顔を火照らせ、惚けた瞳でレオナルドを見上げている。
レオナルドは満足そうな笑みを見せた。
「今言ったこと、忘れるなよ。それからターニャを寄越す。軽くでいいから何か口に入れろ。少し痩せたぞ」
「あ、はい。あの……」
「わかっている。私に会えなくて寂しかったのだろう?」
セラフィーナが恥ずかしそうに頷くと、レオナルドは優しく笑った。
「なるべく会いに来る。だからきちんと食べろ」
「はい」
「いい子だ」
レオナルドはセラフィーナの頭を撫でた後、最後にまた軽くキスをして部屋から出て行った。
一人残ったセラフィーナは先ほどの余韻で頭がぼうっとしていた。
レオナルドがセラフィーナを好きだと、誰よりも大切だと言ってくれた。あの日以来なくなってしまった、温かく包まれているような感覚が戻ってくる。淡いグリーンの瞳で優しく見つめてくれる。
もうずっと前から、レオナルドはセラフィーナを大切に想ってくれていた。
うれしくて。うれしくて。
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、ただ嬉しくて。
レオナルドとの優しいキスを思い出す。広い胸に包まれた高揚感も。それが心地好くて……
だが同時に、それ以上のキスまで思い出して顔にボッと火がついた。
今日初めてキスしたのに、ふつう、みなさま、そこまでするの?!
そういった方面に疎いセラフィーナが答えなんて出せるはずもなく。恥ずかしくてそわそわし出したセラフィーナはじっとしていられず、真っ赤な顔で意味もなく立ったり座ったり顔を隠して悶えたり。
ターニャが食事を持ってくるまでそれは続いた。




