とうとう気づいた恋心
あれから数日が経ち、セラフィーナもティターニアも特に支障なく医師からも問題ないと診断された。
馬車には細工がされてあったらしい。明らかにティターニアを狙った犯行だからと、事件が解決するまで休学することになった。
動けるようになったセラフィーナは救護室にいるターニャとリンカのお見舞いに行った。
実は馬車が横転する間際、セラフィーナはターニャに、ティターニアはリンカに抱き抱えられたようだ。そのおかげでセラフィーナもティターニアもかすり傷程度で済んだ。
だが代わりに二人とも痛々しいほど包帯を巻いている。
「ありがとう、二人とも。なんてお礼を言っていいかわからないぐらい。本当に、ありがとう」
瞳を潤ませてお礼を言うセラフィーナに、二人は笑った。
「大丈夫ですよ!フィーナ様を守れてよかったです!私は頑丈なので気にしないでください!」
「私もです!この傷は姫様を守れた勲章です!」
なんとそこに若い騎士達が現れた。馬車横転時に駆けつけた騎士達で、身を挺して主を守った女性二人に感動して、よくお見舞いに来てくれるそうだ。
こんな状況で非常に不謹慎ではあるが、もしかすると二人に春がくるかもしれないと顔が緩んでしまう。
セラフィーナは恋心を自覚して以来、頭の中がふわふわしている。
怪我をして抱き上げてもらったこと、髪にキスされたことなどを思い出し、顔を赤らめ一人ベッドで悶える日々だ。
こんな幸せな気持ちになれるなら、ターニャとリンカにもぜひお裾分けしたい。騎士団の方頑張れと心の中で応援した。
ターニャとリンカが動けないので、メイドのゾーラとジュリアの負担が大きくなってしまった。ベテランのゾーラはともかく、新人のジュリアはとても大変そうで、暗い表情をするようになり顔色も悪い。
休んだ方がよいと伝えると「こんなときにお休みなんていただけません!」と頑張ってくれている。どうやら婚約者の具合が悪いらしく、その心配もあるようだ。
「大丈夫です。ありがとうございます」
無理やり笑顔を作るジュリアが痛々しく、セラフィーナとティターニアの心配は続く。
事件と関係があるのか、外交官トップの王弟レザールが急遽他国に行くことに決まったので、お見送りのお茶会を開くことにした。
王城内が重苦しい雰囲気なので当初はセラフィーナとティターニアの三人でこっそり集まるつもりだったが、それを聞きつけたレオナルド達も参加してくれることになった。
セラフィーナは自分の気持ちを自覚してからレオナルドと初めて会う。
セラフィーナの体調を心配したレオナルドが、自分は忙しくて行けないからと日に何度もユーリアスを寄越してくれた。兄のユーリアスに会うことで、レオナルドとの想いの違いをさらに自覚する。そしてアリシアへのもやもやが嫉妬であることもようやく理解した。
久しぶりにレオナルドに会えると思うと嬉しさが隠せず、そんな場合ではないというのにセラフィーナの心は跳ねている。
場所はいつものバラ園、そこにはすでにフィリアとロイズが到着していた。
「ティア様、セラフィ、ごきげんよう。具合はもうよろしいのですか?」
「ええ、問題ないわ。ありがとう」
「ありがとう、フィリア。心配させてごめんなさい」
そこにレザールとアレクセイも到着する。
皆で席に座ろうとしたとき、セラフィーナはくいっと手を持たれた。
びっくりするとレオナルドがセラフィーナの手を取っている。
「お前はこっちだ」
レオナルドがセラフィーナの手を引いて自分の隣に座らせた。
その様子に皆が生暖かい視線を送ったが、セラフィーナは気づいていない。どころか嬉しそうな笑みをレオナルドに向けているので皆が苦笑した。
セラフィーナはドキドキしていた。
レオナルドが格好いいことがわかっているのに、今日はいつも以上にキラキラして見える。エスコートされている手にも緊張する。
ああ、顔が赤くならないといいけど。
セラフィーナは気持ちを落ち着けようと胸に手を置いた。
「レオナルド様、毎日お疲れ様です。大丈夫ですか?」
「まったく、毎日死ぬほど忙しい。ユーリがあと三人ほしいぞ」
席に着いたところでゾーラがお茶を用意する。
今日は内輪で気楽に集まれるようにと、給仕はゾーラのみで人払いもしている。
ジュリアにはお休みを取ってもらった。相変わらず顔色の優れないジュリアにはゆっくり休んでほしい。
「レザール閣下、お久しぶりでございます」
「やあ、フィリア嬢。ますます綺麗になったね。ロイズも心配だね」
「おっしゃるとおりフィリアはとても綺麗です。ですがフィリアには私がおりますので。羽虫を寄せ付ける気はまったくありませんね」
メガネをくいっとあげながら真顔で淡々と話すロイズ。その横でフィリアはほんのり顔を赤らめた。
仲が良いとは聞いていたが、二人揃っているのを初めて見るセラフィーナは内心驚いた。
あのロイズが惚気てる!
でも恋って楽しい!
自分も浮き足だっているセラフィーナは二人の様子に大満足だ。
楽しい時間が始まった。
レザールの異国話が中心で、そこにセラフィーナが乗っかりレオナルドが突っ込む。ティターニアは初めて聞く内容に喜び、その横でアレクセイが優しく見守る。フィリアが、ロイズが、ユーリアスが会話に交じり、皆で楽しく歓談した。
「そういえば今の時期はマチュアのモアナという果物が美味しいのですよ。もう召し上がられましたか?」
「はい。学園でっあ……」
レザールの質問にティターニアは何かに気付いたように手で口を押さえた。
フィリアが気まずそうに視線を逸らす。
「ん?どういうことだ、ティア。なぜ学園でモアナを食べる機会があるんだ?」
怪訝な表情のアレクセイを見て、ティターニアはおずおず答える。
「あの、フィーナがご学友にいただいたの。それを皆で放課後いただきました」
「ご学友とは?」
「……ジーク・ハワード伯爵子息です」
レオナルドの質問に、ティターニアが申し訳なさそうに答えた。
「あの、セラフィは受け取らなかったのですが、子息が勝手にセラフィの机の上に置いて教室を出ていかれてしまったのです。それでわたくしがいただくように申し上げましたの」
二人が気まずそうに話すが、セラフィーナはきょとんとした。
なぜこんな空気に?
無表情のレオナルドが隣のセラフィーナを見る。
「そうなのか?」
「え?はい、そうですね。お礼のお手紙をお送りした方がよいのでしょうか?」
皆固まった。
なぜそんなことを言ってしまう?
案の定レオナルドから冷たい空気が漏れ出した。
「あの、レオナルド殿下。わたくしが至らないばかりに申し訳ありませんわ」
「私もよ。一緒にいたのに何もできなかったもの」
「大丈夫ですよ。フィリア嬢、義姉上」
そんな黒い笑顔で言われても。
気まずい空気が流れる中、レオナルドがすっと立ち上がった。そしていきなりセラフィーナを横抱きにしてしっかり抱え込む。
「キャッ!な、なんですか!レオナルド様!」
「では叔父上、例の件頼みます。私達は先に失礼します。ほら、お前も挨拶しろ」
「え?なんで?ちょ、降ろしてください!」
「大人しくしろ。叔父上とはなかなか会えなくなるぞ。挨拶もなしでいいのか?」
「え?あ、あのレザール閣下。お気をつけていってらっしゃ「行くぞ」ぇぇええ!」
くるっと背中を向けたレオナルドは、セラフィーナを抱き上げたままさっさとその場から遠ざかっていった。




