恥ずかしすぎる!!
次の日の夜、怪我の心配をしているレオナルドがセラフィーナの部屋に訪れた。セラフィーナの手首はまだ動かせないが、昨日よりも若干痛みはやわらいでいる。
レオナルドはその後の話をしてくれた。
「男爵令嬢への嫌がらせだが、数名の令嬢が関わっていた。モルガンのとりまきをさせられていた子息達の婚約者で、モルガンを増長させる男爵令嬢に腹が立っての行動らしい。食堂で大騒ぎになってしまったからな。あの後自ら名乗り出たそうだ。処分は学園に任せた」
「そうでしたか。マリエラ様もまったく悪気がなかったでしょうが、テディ様の傲慢さはよく知っています。振り回される方々はきつかったでしょうね」
「そのマリエラ・シモニーだが、今回学園を騒がせたことで男爵から自主退学の申し出があった。元々平民の出だから領地で生活させるとな。本人はどちらでもよいみたいで、けろっとしていたらしい」
「そうですか。なかなか掴めない方でしたけど、本人が退学を気にしていないならよかったです」
「そうだな。あの場でも緊張感のない発言をしていたからな」
二人は苦笑した。
「それからモルガンの処遇だが、休暇明けから三ヶ月の自宅謹慎だ。その後は学園に通うことになるが、お前の目に入らないよう行動場所が制限される。かつ、セラフィーナ・ダウナーへの接近禁止令を破った時点で学園は退学、王家からの処分対象になる。これは全生徒に通達して、目撃したものは速やかに報告するよう義務づけた。お前はまだフィーナとしての役割があるから先の話になるがな。ただ同じ学園にいても目にすることもないだろう。安心していい」
セラフィーナはホッとした。これならテディは近づいてこないだろう。
「レオナルド様、色々ありがとうございます」
「ああ。だが怪我をさせてしまったからな」
包帯が巻いてある手首を見て表情の陰るレオナルドに、そんな顔をしてほしくないとセラフィーナは慌てた。
「それはテディ様のせいです!レオナルド様は私を助けてくださいました!逆に、婚約解消に向けて尽力してくれていたんですよね?パーティーの準備もあってお忙しかったのに」
「ユーリがしゃべったのか。まったく余計なことを。結局間に合わなかったのだから意味がない」
淡いグリーンの瞳が伏せるのを見て、セラフィーナは思っていたことを口にしようと決心する。
「そんなことありません!レオナルド様がテディ様の素行調査をしてくれたおかげで、お父様もすぐ納得してくれました。あの、私に何かできることはありませんか?」
「なんだ?」
レオナルドが怪訝そうな顔をする。
「私もレオナルド様のお役に立ちたいと思ったのです。いつも助けてもらってばかりで。私にできることなんてそれほどありませんが。あの、駄目ですか?」
レオナルドがセラフィーナの顔をじっと見つめてきた。だが無言のままなので、やっぱり自分なんかじゃ迷惑だろうかと不安になる。
そのセラフィーナの様子を見て、レオナルドはふうっと息を吐く。
「本当に、いいんだな?」
レオナルドが真剣な表情で確認してきた。だがセラフィーナにしてみればレオナルドに頼ってもらえることが嬉しい。何ができるかわからないが頑張ろうと思い、元気よく答える。
「はい!もちろんです!」
「では頼もうか。これはセラフィーナにしかできないことだ」
「私にしかできないこと?」
「ああ。それでも頼めるか?」
なんだろう。また新たな偽装だろうか。それとも異国に関わることだろうか。でもレオナルドの力になると決めたのだ。
「はい!頑張ります!」
セラフィーナのやる気に満ちた顔を見て、レオナルドは真剣な表情で頷く。
だがそのあと楽しそうにニヤリと笑った。
え?なんだか思っていたのと違う気がする?
翌日の夕食時。
「ほら。口を開けろ」
「~~~~!!!」
セラフィーナの部屋のテーブルには二人分の食事が並べられており、隣に座るレオナルドが、野菜を突き刺したフォークをセラフィーナの前に差し出している。
なぜこうなった?!
今日の昼食まではゾーラの計らいで、片手で食べることのできる軽食を用意してくれていたのに!
「どうした?口を開けなければ食べられないだろう」
「レ、レオナルド様!なぜですか?な、なぜ私がレオナルド様に、た、食べさせられるのですか!」
「それはお前が言ったからだろう。私の役に立ちたいと」
「言いましたが!なぜこんなことになるのです?!」
「私はお前の怪我に胸を痛めている。手が使えないお前に何かしてやれないだろうかと。片手では食事もままならないだろう?私は手伝ってやりたいんだ。そしてお前は私の役に立ちたいと思っている。だからこれはお互いの思いを尊重しあった結果だ」
真面目な顔をして説き伏せてくるレオナルドだが、目が笑っている。
「だ、だからと言って!」
「それとも嘘だったのか?私の頼みを聞くと言ったお前の言葉は」
「それは本当です!でも」
「なら私のいうことを聞け。ほら、口を開けろ」
「お、お兄様ぁ!」
レオナルドについてきていたユーリアスは扉の前で眉を下げて立っていた。
ユーリアスにしてみれば、涙目で顔を真っ赤にし羞恥に震える妹を見るのは忍びない。
だがどのみちレオナルドからは逃げられない。
「セラフィ、諦めなさい。殿下、私は先に執務室に戻ります」
何も見なかったことにしてユーリアスはささっと部屋から出た。
「あ!お兄様のばかぁ!」
「ククク。さあセラフィーナ、諦めて口を開けろ。せっかくの料理が冷めてしまうぞ」
逃げてしまったユーリアスに悪態をつくセラフィーナをレオナルドは笑う。だがフォークを差し出すのを忘れない。
なぜこんな恥ずかしい思いをしなくてはいけないのか。レオナルドの前で口を開け、食べさせられるなんて!
だがいくら嫌がってもレオナルドは諦めないだろう。それなら早く済ませてしまった方がいいのではないか。
セラフィーナは涙目でレオナルドを見上げた。
「ううう。お、お願い、し、します」
顔を真っ赤にしながら小さな口を開けたセラフィーナに、レオナルドは満足げに頷き、フォークを口に入れた。
「どうだ?美味いだろう?」
「わ、わかりません………」
肉と一緒に煮込まれた芋は柔らかく、上品なソースが絡み付いている。だがセラフィーナはそれどころじゃない。味がしない。
「そうか?では次は肉だな。ほら、口を開けろ」
「は、は、はははい」
そうして肉を口に入れられるセラフィーナ。恥ずかしすぎて死にそうだ。あとどれくらい続くのか。
顔を真っ赤にし、眉をへにょんと下げ、目に涙を溜め、上目使いで一生懸命口を開けるセラフィーナにレオナルドは楽しそうだ。
時折自分の食事を摂り、「うん、美味いな。ほらセラフィーナ」フォークやスプーンをセラフィーナの口の前に持ってくる。
「あ、あの、もうお腹いっぱいで……」
「駄目だ。昼も軽食のみだろう。きちんと食べろ。私に心配させたいのか?」
そう言われたら食べるしかない。でも!でも!
その日の夕食後、庭園を全力疾走したようにぐったりしたセラフィーナだった。




