婚約披露パーティーと安心できる人
アレクセイ達が円の中に入ってきた。
「フィーナ嬢?どうされました?レオナルド、これはいったい何の騒ぎだ」
「はい、殿下。そちらのアレン・リドリーがフィーナ嬢のメガネを勝手に外そうとしたそうです。それを避けるためにフィーナ嬢は後ろに下がり、テーブルにぶつかって転倒してしまったようです」
「まあ!フィーナ!大丈夫なの?」
アレクセイの手から離れ、ティターニアがセラフィーナに近づき、表情を曇らせた。
アレンはびっくりしたようだ。
セラフィーナのことを、本日の主役が心配して駆け寄るような相手とは思ってもみなかったのだろう。
「はい、ティア様。大丈夫です。ご心配をおかけしました」
セラフィーナが笑顔を見せたので、ティターニアもほっとしたようだ。
アレクセイがアレンを睨み付ける。
「アレン・リドリー。お前はなぜフィーナ嬢にそんな無体な真似をした?わが国に泥を塗る気か!」
「え、あ、そ、そんな……」
状況が掴めていないアレンは戸惑っている。
自分がちょっかいをかけた相手が誰だかわからず騒ぎが大きくなり、王族がその女性をかばっていることに理解が追い付いていない。
そこでセラフィーナはアレクセイに伝えた。
「殿下。リドリー様はわたくしのことをご存知ではないようです」
すると周囲からどよめきが上がった。「まあ!」とか「嘘だろ!」とかだ。
アレクセイが呆れた顔をする。
「そうか、君は皆が壇上への挨拶に整列していたときその場にいなかったのだな。どこにいたかは追求しないでおこう。こちらの令嬢はコクーン国ガレント侯爵のフィーナ嬢だ。今回の婚約にあたり、両国の結束を強めるために留学に来ていただいている。そしてティターニアの従姉妹でもある」
青かったアレンの顔が白くなった。
「本日マケドニー公爵がフィーナ嬢を侮辱して退場している。陛下に免じてフィーナ嬢には収めてもらったのだ。にもかかわらずこの騒ぎだ。我が国がフィーナ嬢に無礼な真似をするのは本日だけで二度めだぞ!だから言ったのだ。我が国に泥を塗る気かと!」
「あ、うう、あの。申し訳、あ、ありません」
突っ立ったまま目をキョロキョロさせ、まともな謝罪もできないアレンに、普段はあんなにえらそうな態度なのにとセラフィーナは呆れた。
そのとき騒ぎを聞きつけたリドリー侯爵が円の中に入ってきた。すでに状況を把握しているようで、険しい顔をしてアレンに詰め寄る。
「お前は何をやっているんだ!この馬鹿者が!」
それでも目をキョロキョロさせるだけのアレンに業を煮やしたのか、リドリー侯爵は手を振り上げアレンの右頬をおもいっきり平手打ちした。
バシッ
ものすごい音が響き、叩かれたアレンはよろよろした。貧弱というほどではないが細身のアレンにはきつかったのだろう、頬を押さえて横座りしてしまった。
その姿がなんとも悩ましげで、セラフィーナは思わず吹き出しそうになり慌てて横を向く。
「愚息がご迷惑をおかけしました!大変申し訳ありません!」
腰を深く折り頭を下げるリドリー侯爵に、周囲がしんと静まりかえった。
セラフィーナは困った。
確かにアレンが詰め寄ってきたのは嫌だったが、自分のせいで騒ぎが大きくなることを望んでいるわけではない。せっかくのパーティーに水を差したくないし、本当のセラフィーナはこの国の伯爵令嬢だ。これ以上揉める必要はない。
口を開きかけたアレクセイに声をかける。
「アレクセイ殿下。もう結構ですわ」
「しかしこのような騒ぎを起こして、本人はまともな謝罪もできていない」
「そうですわね。ですので代わりに殿下にお願いしてもよろしいでしょうか?」
しんとなっていた周囲がざわめいた。殿下に謝罪させるなんて!と。アレクセイもさすがに片眉をあげた。
そんな雰囲気を壊すように、セラフィーナは笑顔をみせる。
「謝罪代わりに、アレクセイ殿下とティターニア殿下のダンスを拝見しても?」
皆がハッと息を飲んだ。
「殿下とティア様のダンスはとても素敵でしたわ。嫌なことを忘れてしまうくらいに。クレイズ王国とコクーン国が末永く友好でいられるよう、お二人の仲睦まじさをぜひ見せてくださいな」
にっこり笑ったセラフィーナに周りの表情も和らぐ。どこからか拍手が聞こえ、皆がつられて拍手し出した。
アレクセイは苦笑した。一本取られた気分だ。
「ならばフィーナ嬢の願いを聞き届けましょう。リドリー侯爵、息子を連れて下がってくれ。ではティターニア、私と踊っていただけますか?」
「はい、もちろんです。アレクセイ様」
ティターニアはセラフィーナに笑顔を送り、二人はダンスフロアの中央に下り立った。
その横で、リドリー侯爵はもう一度頭を深く下げ、いまだに悩ましげポーズをとっていたアレンを引っ張っていった。
音楽が流れ始め、見つめ合ったアレクセイとティターニアが踊り始める。先ほどの揉め事などなかったかのように二人は笑顔を向け合い、軽快なダンスを披露する。
その優雅なダンスに皆が心を奪われた。
それを同じ場所からセラフィーナは眺めていた。レオナルドに支えてもらいながら。
「おい、お前。足を痛めているだろう」
「あ、やっぱりわかっちゃいました?ここからどうやって去ろうか考えているんですけど」
「このまま私が支える。皆がダンスに夢中になっている間に出るぞ」
小声で話し、なるべく人目につかないよう静かに会場の外に出る。
その後をユーリアスが追いかけてきた。
「ちょうどよい。ユーリ、セラフィーナは足を痛めている。私がこのまま部屋まで連れていくから兄上に伝えておいてくれ」
「わかりました。セラフィ、大丈夫かい?」
「大丈夫よ、お兄様。ありがとう」
「遅くなったけどドレスとても似合っているよ。今日は頑張ったね。では殿下、すぐに医師とターニャを向かわせます」
「ああ、そうしてくれ」
ユーリアスの背を見送ったレオナルドは、いきなりセラフィーナを横抱きに持ち上げた。
「え?えええ?!レ、レオナルド様!!」
「静かにしろ。この方が早い」
セラフィーナは顔が赤くなってくるのを感じた。
まさか横抱きにされるなんて。
胸の前で手をもじもじさせているとレオナルドが無茶をいう。
「腕を私の首に回せ。落ちるぞ」
「ええ?く、首にですか?」
「そうだ、早くしろ」
「し、しし失礼します」
セラフィーナはおずおずとレオナルドの首に腕を回した。そうするとよりお互いの体が密着する。こんなに触れ合うのはユーリアスとだってない。
セラフィーナは心臓の音がレオナルドに聞こえてしまうのではないかと思った。きっと顔はもう真っ赤だ。
そんなセラフィーナの耳元で、レオナルドが囁いた。
「今日は頑張ったな」
「え?」
「今日は色々あっただろう。よく頑張った」
「……はい」
「本来ならお前は伯爵令嬢だ。公爵相手によく乗り切った」
「……はい」
「エメレーンを引っ張り出せたのも正解だ」
「…はい」
「それに先ほどは場がうまく収まった」
「…うん」
「アレン・リドリーは許さんがな」
「ふふふ」
嬉しい、そう強く思った。
セラフィーナはレオナルドの言葉がただ嬉しかった。じんわり心が温かくなった。
だからつい首に回した腕を強めてしまった。密着度が上がったが、気にならなかった。
「不思議……」
「なんだ?」
「リドリー様に手を伸ばされたときは怖かったんです。でもレオナルド様だと恥ずかしいけど安心できます」
「……そうか」
レオナルドの腕の力が強くなる。よりお互いの身体が触れ合う。
とても大切にされている。
そんな気がした。




