婚約披露パーティーで転びました
その後エメレーンは近くに控えていた自分の侍女を使って、リンカとターニャを呼んでくれた。
「私はもう行く。ここは好きに使うとよい。そなたと話せてよかったぞ、フィーナ。それから私のことはエメと呼べ。そなたの礼を受け取った証だ」
見惚れるような笑みを見せてエメレーンは部屋から出て行った。
エメと呼んでよいと言われてセラフィーナは歓喜にうち震える。それを見たターニャとリンカは顔を合わせて笑った。
だがその後、かつらを取ったことをターニャにこっぴどく叱られた。
二人がかりで装いを整えてもらい、笑顔で見送られながらもう一度会場に戻った。
会場内は少し落ち着いた雰囲気になっていた。
パーティーももう終盤に差し掛かっている。
セラフィーナは誰か知った人のところに行こうと見渡しているとフィリアが目にとまった。
ロイズも一緒にいるので声をかけても問題なさそうだ。少しだけでも話したい。
そう思って歩き出すと肩に何かがぶつかった。
「ああ、大変申し訳ありません、レディ」
ぶつかったのはなんとアレン・リドリーだった。
学園にいたころテディと一緒にセラフィーナのことを見下していた、あのアレンだ。
テディとアレンを見て、傲慢同士なのになぜ仲が良いのかセラフィーナは不思議に思ったものである。
久しぶりに見るアレンは、学園でセラフィーナを鼻で笑っていた嫌な表情ではなく、気取った笑顔を浮かべている。
それがまたセラフィーナには気持ち悪い。
「いえ、こちらこそ失礼しました」
立ち去ろうとしたセラフィーナの正面にアレンが回り込んできた。
「私はリドリー侯爵家次男のアレン・リドリーです。ご存じだと思いますが」
ご存じだと思うって、まさか気づかれてる?!
セラフィーナは焦った。フィーナ・ガレントが偽物だとバレるのはまずい。王家ぐるみで騙しているのだ。大問題になってしまう。
どうやって切り抜けるか言葉を探しているとアレンはまた笑顔を向けてきた。
「リドリー家といえば陛下にも信頼の厚い家柄ですからね。レディもご存じでしょう」
その言葉にセラフィーナは拍子抜けした。
ただの家自慢だった。アレンはやっぱりアレンだ。焦って損した気分だ。
「ええ、まあ。ではわたくしはこれで」
横を抜けようとすると、また前に立ちはだかってきた。セラフィーナにはアレンが何をしたいのかさっぱりわからない。自慢なら他所でやってほしい。
「まだ何か?」
「せっかくですからレディのお名前を頂戴しても?」
これには驚いた。
マケドニー公爵とのやりとりのときにセラフィーナは皆の前で名乗っている。
見ていなかったのか?見ていなかったのだろう。
「名乗るほどではありませんわ」
「そうですか?ではダンスでもいかがでしょう?」
「いえ、結構です。知人を探していますので」
「ご友人ですか?私もご一緒しましょう」
「一人で大丈夫ですわ。お気遣いなく」
そんな会話の中、アレンの足が一歩前に出る。セラフィーナは一歩下がる。するとまたアレンが一歩詰め寄り、セラフィーナは下がる。
セラフィーナは混乱した。なぜ近づいてくるのかわからない。とにかく逃げたい。
するとまた一歩詰めてきたアレンがおかしなことを言い出した。
「美しいレディ。あなたの素顔を見せてくれませんか?」
「素顔?」
「ええ、ぜひその無粋なメガネを外して、綺麗な瞳を見せてください」
見せられるか!
もう嫌だ、どこかにいってほしい。
セラフィーナが誰か助けてくれる人がいないかと周囲を見渡したとき、アレンが手を伸ばしてきた。
「せっかくですからメガネをお外ししましょう」
セラフィーナは伸びてくる手に恐怖を感じて後ずさった。だがかなり壁際まできていたようで後ろのテーブルにぶつかってしまい、バランスを崩したセラフィーナはとっさにかつらを押さえながらもそのまま転んでしまった。
パリンッパリンッ
グラスの割れた音が響き渡った。周囲がしんと静まり返り、セラフィーナに注目が集まる。
やってしまった。
羞恥心で顔が赤くなる。
「何の騒ぎですか?」
静かな声が聞こえ、人だかりを割って入ってきたのはレオナルドだった。目が合った瞬間、セラフィーナはふっと自然に肩の力が抜けた。
逆にレオナルドは眉を寄せながら慌てて駆け寄ってくる。
「フィーナ嬢、大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
「は、はい。申し訳ありません」
レオナルドはセラフィーナをすばやく助け起こし、注目を浴びて顔を青ざめさせたアレンに向き合う。
「リドリー侯爵子息。何が起きたか説明してもらえますね?」
「え、いや。彼女が勝手に……僕は何も」
「何も?フィーナ嬢、何が起こったのか教えてもらえますか?」
「は、はい。そちらのリドリー様がわたくしの素顔が見たいと勝手にメガネを外そうとされましたので、後ろに下がりましたらテーブルにぶつかってしまったのです。お騒がせして申し訳ありません」
すると突然レオナルドから冷気が漏れ出した。「ほう」地を這うような低い呟きがセラフィーナの耳に届く。
えっ?と隣を見上げると、レオナルドの爽やかな貴公子が剥がれかけている。
セラフィーナは慌てて周囲の様子を窺ったが、周りもどよめいているので気づかれていないようだ。
それなのにレオナルドは不敵な笑みを浮かべ始めている。
ああ、どうしよう。
そう思ったとき、威圧するような声が響いた。
「いったい何の騒ぎだ」
アレクセイがティターニアをエスコートしながら円の中に入ってきた。




