婚約披露パーティーで頑張ります!
衆人環視の中、対峙するのは公爵家当主。
こんな場面でただの伯爵令嬢がどうしろと言うのだ。いったい何の罰ゲームだ。恐れ多いわ!
だが今さらうだうだ言っても仕方ない。
これも込みでの偽装なのだ。
セラフィーナは拳を握りしめて気合いを入れ、苦笑するレザールに連れられて壇上近くに進む。
眉を寄せているレオナルドが見えた。その横のエメレーンは楽しそうだ。ユーリアスとロイズ、フィリアは心配そうにしている。フィリアは偽装しているセラフィーナのことをわかっているようだ。
セラフィーナは静かに大きく息を吐いた。
大丈夫、なんとかなる。今はフィーナ・ガレントだ。ティターニアのためにもコクーン国がなめられるわけにはいかない。
それにうまくやればあの人が出てくれるはず。
震えが止まらない足にぐっと力を入れた。
まずは壇上に向けてカーテシーをして、マケドニーとクリスティナに向き合う。
「コクーン国ガレント侯爵家フィーナ・ガレントにございます。先ほどわたくしのお話をされたようですが、何事でしょうか」
腹に力を入れてはっきりと声を出すことを意識する。
「ああ、君が。コクーンからわざわざすまなかったね。でもうちの娘が代わるからもう大丈夫だ。君は国に帰りなさい」
「代わるとは?何が大丈夫なのでしょう?」
「アレクセイ殿下の側に侍る必要はないと言っているのだ!」
「そうよ!わたくしがいますわ!」
「いつわたくしがアレクセイ殿下のお側に侍ったのでしょう?」
「君は王宮に滞在しているだろう!そんな機会はいつでもあったはずだ!」
「確かにわたくしは王宮に身を寄せておりますが、それはお役目あってのこと。三か国同盟の繋がりを強めるために、ティターニア殿下の従姉妹でありクレイズ語を解すことのできるわたくしが、親善の為に留学生に選ばれました。こちらで得た知識をコクーンに持ち帰ることがわたくしの役目です。それでマケドニー公爵令嬢とどう代わることができるのですか?」
「それは建前でっ!」
「建前とは何です?」
公爵の発言に被せつつ冷静に返す。
「わたくしは幼少の頃よりティターニア殿下にお仕えしておりますわ。第二王女であり、巫女姫様でもあらせられるティターニア殿下は、コクーン国でも立派に責務を全うされておられました。その殿下を陰ながら支えることこそわたくしの使命。そのわたくしがなぜ、ティターニア殿下を差し置いてアレクセイ殿下のお側に侍る必要が?」
「ぐっ!」
怒りで顔を赤らめるマケドニー公爵に、セラフィーナはわざとらしく息を吐いた。
「マケドニー公爵、あなたがしていることは三か国同盟に傷をつける行為です。取り決めをなされた陛下、わたくしの留学を後押ししたコクーン、そして尽力していただいたサイプレスまでをも侮辱しております」
「その通りだ」
凛とした声が会場に響いた。
よかった、やっぱりきてくれた。
顔を向けるとレオナルドにエスコートされたエメレーンが、ゆっくりと近づいてくる。
サイプレスの名を出すのは賭けでもあったが、思ったとおりの展開になり心底ホッとした。
エメレーンの圧倒的な存在感に、貴族達が自然と腰を折る。
「マケドニーといったか?アレクセイとティターニアの婚姻を後押ししたのは私だ。何か言いたいことがあるなら言ってみるがよい」
「あ、いや。その……」
自分の娘ほどの齢だが、不敵な笑みを浮かべ威圧感が半端ないエメレーンに、公爵は何も言えず顔を青ざめさせた。
「そなたはそこにいるフィーナ嬢と、我が国をも侮辱した。これは許される行為ではないな」
「い、いいえ!そんなつもりはありません!」
「ほう?そうか?だが先ほどから聞いていれば、この婚約に不服なようだ。それに付随する取り決めもな。そなた、娘かわいさにしてはならんことをやっている自覚はあるのか?国の貴族を招集し、他国の王族を招き、将来この国の王妃となる者を披露する。サイプレスの後押しがあって成り立つこのめでたい場を壊す行為………。自覚はあるのかと聞いている!!」
「も、も、申し訳ございません!」
金の瞳を光らせ凄みを利かせたエメレーンに公爵とその娘はひれ伏した。
これで一段落ついた。
さすがはエメレーン。とてもじゃないがセラフィーナ一人ではここまではいけない。
「エメレーン、手間をかけさせたな。フィーナ嬢も。私の顔に免じて今回は引いてくれぬか」
ガイルの言葉に二人で同時にカーテシーをして下がった。
「マケドニーよ。本日は頭を冷やすためにも娘を連れて帰るがよい。ただこの場を壊す行為は許されぬ。沙汰は追って出そう。さあ、皆の者。今一度このめでたき日に乾杯を!」
すごすごと去っていくマケドニー達を尻目にガイルは立ち上がり、空気を変えた。
もう一度乾杯をした後は挨拶の続きだ。始まったばかりで父娘がやらかしたのでまだまだ続く。
緊張を解いたセラフィーナがほうっと息を吐くと隣でレザールが笑った。
「お疲れ様だったね。落ち着いていて素晴らしい対応だったよ」
「いえ、緊張で足が震えていましたし、なんとかうまく返せてよかったです。エメレーン殿下が出てくれて助かりました」
「さすがエメレーンだったね。でもフィーナ嬢もとても格好良かったよ」
「ありがとうございます。あの、なぜ公爵はこの場であんなことを?」
疑問を投げ掛けるとレザールはクスクス笑った。
「さあ?焦ってたんじゃないかな。アレクが惚れ込んでいるのを知らないだろうから、この場で言質でもとろうとしたのかもね。あ、あれがもうひとつのペドラ侯爵だ」
壇上付近では挨拶をささっとすませたペドラ侯爵が次を譲った。
「さすがにあの後じゃ大人しいね」
「そうですね、さすがに」
それからレザールと異国の話で盛り上がっているとファーストダンスが始まり、すぐ次には国賓扱いのセラフィーナ達も踊った。
これでようやく一息つける。
「ふう、無事に終わったね。飲み物でも取ってこよう。ここで待っていてくれるかな?」
「はい。ありがとうございます」
レザールが離れていき、一人になったセラフィーナはなんとなく辺りを見渡していると、遠くの方に淡い蜂蜜色の髪が見えた。
テディだ。
こんなときまで見たくないと思い、目線を下に向けると正面に人影を感じた。
「やあ、お嬢さん」
声をかけてきたのはルードリッヒだった。後ろには緑の髪の男性もいる。
「君はコクーンのお嬢さんだったんだね。一昨日はアレクセイが失礼したね」
失礼したのはアレクセイではないが。
あんな醜態を晒しておいてよく声がかけられるなと思いつつ、挨拶だけして黙る。
こちらも撃退案件だ。
だが先ほどの緊張感に比べたらなんてことはない。
「よかったら僕とダンスをしよう」
「いいえ、結構ですわ。連れを待っておりますので」
「少しぐらい大丈夫だよ。さあ、いこう」
手を差し伸べてきたので一歩下がり、ルードリッヒに視線を合わせる。
「連れというのは王弟レザール・チェザリー様です。ここはわたくしの国ではありません。わたくしはこちらで好き勝手振る舞うつもりはありません。どうぞ別の女性をお誘いください」
はっきり断りを見せるために軽く頭を下げた。
「殿下、もういきましょう」
緑の髪の従者が声をかけるがルードリッヒはムッとして、サライエ語で文句を言い始めた。
〔なんだよ!一人で突っ立ってたから声をかけてやったのに。かわいげのない女だな!〕
〔そうですね。別の女性に声をかけたらいかがですか?それともお食事されますか?〕
〔ふん、クレイズの飯なんか食えるか!行くぞ!〕
セラフィーナが理解できないと思って言いたい放題だ。しかも飯なんか食えるかと言ったくせに、食事を物色しに行った。よくわからない。
だが思ったよりも早くいなくなってくれて助かった。レオナルドに言われたとおりにうまくできたと思う。
ふと一昨日の違和感を思い出した。
あの従者にはなまりがあった。あれはサライエの隣国ゾーイック語が混じっているのではないか。だがあのなまりでは、従者の母国語がゾーイック語になってしまう。
ルードリッヒは腐ってもサライエの第三王子だ。そのルードリッヒになぜ生粋のサライエ人ではない従者が?
パーティーに出席しているが、本当に貴族なのだろうか……
思考に耽っているとレザールが慌てて戻ってきた。




