いよいよ始まる婚約披露パーティー
とうとう婚約披露パーティー当日となった。
一週間ほど前からターニャが全身にオイルマッサージをしてくれていたので肌がつやつやだ。本来は数名で施してくれるものをターニャは毎日一人でやってくれていた。お礼を言うと「体力には自信があります!」と笑顔で返してくれる。彼女には本当に感謝だ。
「さあ、できましたよ!フィーナ様、とてもお綺麗です!」
そう言われて鏡を見てみた。
ドレスはあの日仕立ててもらったもので、希望どおりの水色だが、裾に近づくにつれて濃い青に変化している。スカートはそこまで膨らませず、生地を重ねてふんわりさせている。
胸元はホルターネックでその上に透感のあるショールを羽織る。シンプルながらも高級感があり上品に仕上がっていた。
髪はきっちりまとめ上げて、前髪は横に流し耳元でカールしている。細い縁の女性らしいメガネを用意してくれていたので、それをかければ完璧だ。
ターニャはセラフィーナがメガネをかけることを残念がったが、セラフィーナは特に気にしていない。
その時ノックの音が聞こえ、レオナルドが入ってきた。
「ああ、綺麗だな。よく似合っている」
レオナルドが褒めてくれるのは嬉しい。本心で言ってくれているのがわかるからだ。
そういうレオナルドも、いつもは下ろしている前髪を後ろに撫で付け正装姿がビシッときまっている。
格好良いですね、と言いかけたが、なんだか恥ずかしくなってやっぱりやめた。
「お前、私が言ったこと覚えているだろうな」
「はい、もちろんです。知らない人はティア様の敵認定するのですよね?」
「そうだ。特に男に気をつけろ。叔父上以外とのダンスも禁止だ」
「お兄様もですか?」
「ああ。ユーリは嫡男とはいえ伯爵家だからな。ユーリと踊ったら次々申し込まれるぞ。うまく切り返して逃げられるのか?」
セラフィーナは考えた。できる気がしない。そもそも男性のあしらい方なんてまったくわからない。
「……無理ですね。残念ですが諦めます」
「私が誘う。叔父上と私以外は踊るなよ。それ以外は人物の観察に努めろ」
「え?レオナルド様踊ってくれるんですか?」
セラフィーナは嬉しくなって声が弾んだ。
何があるかわからないパーティーだ。緊張を解くつもりはないが楽しみができた。
「ふふふ!じゃあ待っていますね!」
「ああ。待っていろ。では義姉上の部屋までエスコートしましょう。どうぞ、お手を」
レオナルドは優しく笑って手を差し出す。
爽やかな貴公子になってセラフィーナを完璧にエスコートしてくれた。
ドキドキしてしまったのはレオナルドには内緒だ。
ティターニアの部屋に行くと、すでにアレクセイ節が始まっていた。
だが気持ちもわかる。
セラフィーナも感嘆した。
いつもはまっすぐ伸びている艶やかな黒髪は、一束でまとめて胸元で大きくカールさせ、頭上には繊細な意匠のティアラが光り輝いている。
ドレスはアレクセイが拘り抜いた、胸下から切り返しがありそのままストンと流れるラインで、宝石が散りばめられたスカート部分は光に反射してキラキラと輝いている。色はアレクセイの瞳と同じグリーンで、きめの細かい真っ白な肌が際立ち、黒々とした長い睫毛に覆われた瞳は笑みを浮かべている。清廉な空気と神秘的な美しさは本当に女神が降りてきたのかと思わせるほどだ。
初めて会った日、これが巫女姫様のオーラかと衝撃を受けたが、今日も同じ衝撃がある。
リンカを見ると自信満々な笑みを浮かべ頷いてきた。それにしっかり頷き返し、ティターニアの元に近づく。
アレクセイ節が続いていたが、そんなの関係ない。
「ティア様!とてもとてもお綺麗です!私衝撃を受けました!女神様がいらっしゃるようです!」
「ふふふ。言い過ぎよ。でもありがとう。フィーナもとても素敵ね。ユーリアスがいたらきっととても喜んだわ」
ユーリアスはマチュアの王太子夫妻の接待でここにはいない。ついでにロイズもフィリアのエスコートのため不在だ。
代わりといってはおかしいが、セラフィーナのエスコート役の王弟レザールが来てくれている。
「やあ、フィーナ嬢。とても綺麗だね。今日はよろしくね」
「はい閣下。本日はよろしくお願いします」
「叔父上、セラフィーナを頼みます。また後でな、セラフィーナ」
レオナルドが部屋から出て行った。
残った面々で談笑していたが、時間になり皆で会場に向かう。壇上に上がるティターニア達とは回廊の途中で別れた。
「レオはわざわざ挨拶にきてくれたんだね」
「はい。ティア様のお部屋までエスコートしてくれました」
「へえ、レオがねぇ。君達は本当に仲が良いんだね」
「そうですね。からかわれてばかりですけど」
「ははは!でもクセの強いレオと仲良くしてくれて、叔父としても嬉しいよ」
会場入りしたセラフィーナ達は壇上のほど近くの脇に立った。反対側では国賓達が集まっている。
レオナルドにエスコートされたエメレーンは真っ赤な髪をボリュームを持たせて結い上げ、同じような真っ赤なマーメイドラインのドレスを身に着けている。ドレスの裾は黒いレースで覆われており、エメレーンのメリハリのある身体が強調されてとてもよく似合っている。
普通の令嬢ではまずドレスに負けてしまうだろう。さすがだ。
鐘が鳴り、国王と王妃、アレクセイとティターニアが現れた。
ティターニアを見た瞬間のどよめきと感嘆に、セラフィーナは鼻が高くなる。この風景をリンカにも見せてあげたい。
国王ガイルの挨拶が始まる。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。本日は我が国王太子アレクセイとコクーン国第二王女ティターニアの婚約を祝う会だ。コクーンとの此度の縁は、サイプレス帝国が取りまとめてくれたものでもある。三か国同盟とともに、より一層クレイズの繁栄を誓おう。皆も励んでくれ」
アレクセイによってティターニアが紹介された。
神秘的な美しさを持つティターニアが光り輝くような笑顔を見せると、会場から歓声が沸き上がり盛大な拍手が巻き起こった。
ここからは高位貴族順に挨拶だ。
ロイズにエスコートされたフィリアもいる。
手紙のやりとりはしているが会うのは二ヶ月ぶりだ。元気そうで嬉しい。話せるチャンスがあるなら声を掛けよう。
「来たよ。あれがマケドニー公爵だ」
レザールに言われ意識を集中させた。
現公爵は赤みを帯びた金髪だが娘は栗色だ。王家の血が薄くなるほど髪の色は金から遠ざかるので、あれこそまさに次代は公爵足り得ない証でもある。
「ご婚約おめでとうございます、アレクセイ殿下。ですがティターニア様は異国からお越しなので不馴れなことも多いでしょう。よろしければクリスティナをお役立てください。なあ、クリスティナ」
「ええ。アレクセイ殿下、わたくし殿下をお慰めいたしますわ」
あまりの発言に呆気にとられた。
まさかこの場で進言するとは。聞きようによっては愛人候補だ。クレイズは一夫一妻制で、側室や愛人を持つことは白い目を向けられる。もしいたとしてもこっそり隠しておく存在だ。
隣でレザールが手で口を隠して笑っている。
「いや、結構だ。私にはティターニアがいる。他の女性は必要ない」
きっぱり断っているにも関わらずこの状況下でマケドニー公爵は食い下がる。
「で、ですが殿下はコクーンのご令嬢を手元に置いていると聞いております。ですから私の娘でもお役に立てるのでは」
こちらに矛先が向いてきた。
これはかなりまずいのでは…?
嫌な予感がして恐る恐るレザールを見ると、彼は困ったように眉を下げた。
「これは出るしかないだろうね。頑張って」
いやーーっ!!




