セラフィーナの転機
ガーレンが二人を連れ立つのに選んだ国は、隣国サイプレス帝国だった。
帝都に到着し、馬車から降りたセラフィーナとユーリアスは帝都の街並みに目を丸くした。
四角の煉瓦をきっちり埋め込んだような石畳に、両脇には高い建物がこれでもかと犇めき合っている。さらには馬車が何台もすれ違い、忙しなく行き来する人の多いこと。まさに活気に満ち溢れている。
建物が低く、至る所に公園があって、テラス席でのんびり食事をするどこかゆったりとしたクレイズ王国とは大違いだ。
人の波の中にはちらほらと黒っぽい髪をした男女もいる。海に面しているサイプレス帝国は移民者も多く、それほど珍しいわけではない。
ガーレンから聞いたとおりだった。
内心不安を感じていたセラフィーナだったが、道行く人々に目を輝かせた。
「まずは腹ごしらえだな」
一行は美味しそうな匂いが漂ってくる赤い扉のお店に入ることにした。
「いらっしゃい!奥の席が空いているよ!」
誘導されるまま奥の扉を開いてみるとそこには中庭のような広い空間があり、おしゃれなテーブルと椅子が用意してある。建物で四方を囲まれているが、他の建物にも扉があり、そちらにも行き来できるようになっていた。
びっくりするセラフィーナとユーリアスに皆が笑った。
帝都は人口が多く、表の通りは通行のみと決まっているため、中庭のようなこの空間が寛ぎのスペースなのだそうだ。確かに忙しなく往来する人々がいる中では、テーブルやベンチは邪魔だろう。
「旅行者かい?それなら魚がお勧めだな!」
港が発達しているため、様々な種類の新鮮な魚介が手に入る。薫製の魚しか食べたことのないセラフィーナとユーリアスは舌鼓を打った。
「市場には魚だけじゃなくて色々あるから行ってみるといい。あと北の方角に時計塔が見えるだろう。ここからじゃ少し距離があるが見物だぞ。おみやげは二番街がお勧めだ」
美味しそうに食べるセラフィーナ達に気をよくした店主が色々教えてくれる。
言葉は通じないが、ガーレンをはじめ商会のメンバーが通訳してくれるので問題ない。
「おじいさま!行ってみたいわ!」
「僕も!」
「二人とも、気持ちはわかるが今日着いたばかりだから疲れているだろう。観光は明日からだ」
次の日からセラフィーナ達は市場や名所を巡り、ローレンとメイリーのお土産を探した。
特に店主が教えてくれた時計塔は圧巻で、周りよりも一際高くそびえ立つ建物だけに、近くでみると二人の首は後ろに折れてしまいそうだ。
塔の先にある時計の近くまで登れることも人気が高い理由らしい。
二人は登りたがったが、ガーレンは苦笑した。
「お前達ではまだ無理だ。もっと大人にならないと」
「もっとって?」
「そうだな。国立学園を卒業したぐらいか」
「そんな先!!」
ガーレンは18歳を過ぎてからと言っている。二人は嘆いたが、大人になったら絶対登ってやるんだと誓い合った。
クレイズ王国とは違う建築物に工芸品、初めて口にする食べ物、すべてにセラフィーナとユーリアスは興奮した。はしゃぎ疲れて毎夜ぐっすりだ。
沈んだ表情をみせていたセラフィーナが、サイプレス帝国に来てから笑顔を取り戻している。
孫達のかわいい寝顔を見ながらガーレンは安心した。
「二人とも、ここで大人しく待っていなさい」
今日は商談の日だ。セラフィーナとユーリアスは別室に通された。
「お兄様、毎日たのしかったわ。今日でおしまいなんてとてもざんねんね」
「そうだね。お祖父様がまた連れてきてくれるといいね」
小声で話していると扉が開き、ガーレンと共に商談相手が入ってきた。
「紹介するよ。孫のユーリアスとセラフィーナだ」
「こんにちは、坊っちゃん、嬢ちゃん。おや、東大陸の血が混じっているね」
クレイズ語で話しかけてきたのはガーレンと同い年ぐらいの男性だった。
「僕達の母がサルーン出身です」
「どうりでな。坊っちゃんの水色と黒の組み合わせも珍しいが、お嬢ちゃんの深い青も珍しい。これは将来、美男美女で間違いなしだな!」
「そうだろう!自慢の孫達だ!」
楽しげに話す大人達の横でセラフィーナの表情がみるみる沈んでいく。それに気づいた商談相手が、セラフィーナに声をかけた。
「どうしたんだい?気分でも悪いのかい?」
「……」
黙り込んだセラフィーナの代わりにガーレンが説明すると、商談相手はふむと頷いた。
「確かにクレイズでは珍しい色だろうな。だがな、お嬢ちゃん。中央大陸は明るい色が多いが、東大陸に行けばほとんどが黒か濃茶ばかりだぞ。明るい色の方が珍しいんだ。それに南大陸には肌が黒い人だっている」
肌が黒い?!
セラフィーナはびっくりする。
「ほんとう?」
「ああ、本当さ。南は日差しが強くてとても暑いから、日に強い肌色なんだ。肌や髪の色なんてものはその土地の特徴であって優劣なんてないのさ。せっかくこんな綺麗な色をしているんだ。これはお嬢ちゃんしか持っていない大事な個性だ。大切にするんだよ」
優しい笑顔でセラフィーナの頭にぽんぽんと手を置き、ガーレンと二言三言話して彼は部屋から出ていった。
優劣なんて関係ない。自分の大事な個性。
その言葉がセラフィーナの耳に残った。
テディに貶されるようになってから帽子が手放せないセラフィーナだったが、帝都では何度か帽子を取っている。皆セラフィーナの色を珍しそうに見るだけで、蔑むことなどなかった。むしろ綺麗だとわざわざ声をかけてくれた人もいる。
テディなんかの言葉を気にしているのがなんだかバカらしくなってきた。
そして広い世界を思うと胸が踊る。
「ねえ、おじいさま。わたしいろんな国に行ってみたい。いろんな人に会ってみたい!」
「そうか。そうだな、セラフィ。外の世界は広い。きっとお前には必要なことだろう。それならまずは他国の言葉を覚えるべきだな。そして文化やマナーも。その国に行きたいなら、その国について知らねばならん。それができるのならまた連れてきてやろう」
「それならきちんと勉強するわ!」
セラフィーナが自分の色を気にしていることは、ここにいる全員が知っている。他国を駆け回っている商会メンバーにしたら、貴重な色を持つセラフィーナが落ち込む必要などないと思っている。
だが身内の自分達が言葉を尽くすより、赤の他人の方が説得力があることもわかる。
セラフィーナの心の変化に、連れてきてよかったと皆が微笑んだ。
その後無事に帰り着いたセラフィーナは宣言どおり必死で勉強した。
サイプレス帝国でのわくわくした旅が忘れられず、また行きたい、他にも行きたいと息巻いた。
家庭教師を増やし、異国の本を読み漁り、商会のメンバーにも言葉を教えてもらう。大人でも音を上げそうなほどの勉強量をこなした。
日々努力を続けるセラフィーナをガーレンはしょっちゅう他国に連れ出した。
メイリーは侯爵邸にセラフィーナを連れていけないことを残念がったが、楽しそうに勉強に励む娘の意思を尊重しようと何も言わなくなった。
最初はもちろん苦労したセラフィーナだったが子供だけに覚えが早く、特に言葉は現地で話すことで鍛えられていき、何ヵ国もの言葉をどんどん吸収していった。
セラフィーナは充実していた。テディのことなどすっかり忘れ去っていた。
ローレンから婚約の話を聞かされるまでは。




