90 責任の所在
(こんなに綺麗で格好良い人だもん、前世で大人気の女性キャラクターだったのも納得だ。入手可能キャラじゃないし、ラニエーリ家のエピソードが描かれる第三章でも、メインキャラクターはソフィアさんの弟の方なのに)
ゲームの主人公からしてみれば、ソフィアはそこまで接点が多いキャラクターではない。
けれどもプレイヤーの間では、『主人公のお姉さんとして接してくれる美女キャラクター』として好かれ、実装を望む声も大きかった。
「この国の『美しいもの』にまつわる裏の事業は、すべてラニエーリ家が管轄しているんですよね」
フランチェスカが尋ねると、隣に座ったレオナルドが笑いながら教えてくれる。
「娼館経営だけじゃないからな。ラニエーリ家は宝石事業や美術品の売買、街の景観美化なんてのも手掛けてる。俺も狙っていた事業があるんだが、ラニエーリと争うのを避けるために手を引いた」
「レオナルドが?」
確かにレオナルドは、勝算のない勝負をするようなタイプではない。
けれど、そもそもレオナルドが『争うのを避けたい』と考える相手は数少ないはずなのだ。ソフィアは肩を竦め、煙草を灰皿で押し潰しながら言う。
「あんたはすべての分野に優れた手腕を持つが、適材適所ってやつさ。そちらのお嬢さんも、間違いなく『適材』のはずだけれどね」
(うう、またその話に……!)
フランチェスカが嘆いているのを知ってか知らずか、ソフィアはくすっと微笑んだ。
「どうだい? お嬢さん。自らの目を持って知ろうとする心構えも、部下を前に出し過ぎない見極めも、裏社会で上に立つ人間としての素晴らしい素養だが」
「……ごめんなさいソフィアさん。とても生意気なことを言いますが、私に素養はありません」
「へえ?」
「だって私がそうしたのは、ソフィアさんが仰るような心構えや、見極めがあったからではないんです」
膝の上に両手を重ねたフランチェスカは、ソフィアの双眸を見据えて言う。
「私はただ、私がグラツィアーノに命じたことを、ひとつとしてあの子の責任にする訳にはいきませんでした」
「!」
裏社会では時として、配下の人間がすべてを被ることがある。
罪を犯した上層部のために、その部下が身代わりになって捕われること。
組織の幹部を守るために、一般構成員が命懸けで盾になること。
上の人間が命じたことのために、下の人間が危ない目に遭うことだって日常茶飯事だ。けれどもフランチェスカから見れば、その状況は理不尽に感じる。
「命令によって起きることはすべて、実行した人ではなく、命じた人間に責任が及ぶと思います」
あの女性を助けることを、フランチェスカからグラツィアーノに頼んだ。その結果起きたことの責任を取るのは、至極当然のことなのである。
「だから私はグラツィアーノの傍に行きましたし、侯爵への説明と謝罪をしました。――私は私の責務を果たした、それだけなんです」
「…………」
ソフィアが何処かぽかんとして、フランチェスカを見つめていた。
(あれ?)
その反応を不思議に思い、フランチェスカは瞬きをする。隣のレオナルドを見上げると、彼は口元を手のひらで押さえて、なんだか笑いを堪えているようだ。
「……え!? ねえレオナルド、私いま何かおかしなこと言った!?」
「ふっ、くくく……。いや、なんでもない。ただ、本当に君は素晴らしいなと思って」
「その反応、絶対に何かあるやつだ……!!」
慌てて取り繕うとするものの、何がまずかったのか分からない。そうこうしているうちに、ソフィアが大きな声で笑い始める。
「っ、あはははは! こいつはいいねえ、カルヴィーノ家の将来が楽しみだ!」
(いえあの!! 私、カルヴィーノ家を継ぐつもりはないんですが……!?)
声に出して否定したかったが、ますます拗れる気がして口を噤んだ。気が済むまで笑っていたソフィアは、新しい煙草に火をつけながら言う。
「部下にすべての責任を押し付けてしらばっくれている、サヴィーニ侯爵にも聞かせてやりたいもんだよ。まったく」
そんな話を聞きながら、目下の心配ごとであるグラツィアーノに思いを馳せる。
この森に滞在するにあたり、フランチェスカたちはラニエーリ家の別荘のひとつを宿として借りていた。グラツィアーノとリカルドは、そこでフランチェスカたちの帰りを待ってくれているのだ。
「こちとら次の夜会までに妹分たちを仕上げていかなきゃならないってのに、余計な騒ぎを起こしてくれて」
「夜会……」
ゲーム第二章においても重要なキーワードに、フランチェスカはぴくりと反応した。
(――グラツィアーノのお父さんが、殺されてしまう夜会のことだ)
ゲームにおける強制イベントは、どうあっても回避することは出来ない。
(殺し屋を事前に止められなかったときのための保険で、その夜会に参加する資格は得ておきたいのに。ゲームでは主人公もグラツィアーノも、まだ学生だからって門前払いだったんだよね……)
「……ラニエーリ殿」
ソファの背凭れに肘を掛け、レオナルドが口を開く。
「その夜会、俺も出席させてもらうことは出来ませんか?」
「レオナルド?」




