83 ある種の同胞
そういえばフランチェスカの父も、野外での炭火を使ったバーベキューとなると、無表情で黙々と工夫を凝らしてくれるのである。
(なんにせよ、みんなが楽しそうでよかった。うんうん)
食べることだけではなく調理も遊びの一環として満喫してもらえるなら、それに越したことはない。レオナルドとグラツィアーノの背中を眺めつつ、フランチェスカは笑って告げた。
「これがリカルドの息抜きにもなれば良いなって思ってたから、ほっとしたよ」
「……」
リカルドは僅かに目を見張る。
ややあってふっと微笑んだ彼は、フランチェスカに向き直った。
「リカルド?」
彼が深々と頭を下げるので、フランチェスカは少し慌てる。
「改めてお前には、薬物騒ぎの件で礼を言いたかった。……本当に、ありがとう」
「なに言ってるの、助けて貰ったのは私の方!」
あのときリカルドが信じてくれていなかったら、きっとあの結末にはならなかった。
「それに、まだ全部終わった訳じゃないでしょ? お父さんを洗脳した黒幕をなんとかしないと! 私も普通に暮らしていくために、全力で頑張る。そのためにリカルドの力をいっぱい借りるんだから、お礼なんて必要無いの」
「……カルヴィーノ」
「『フランチェスカ』でいいよ。私たち同じ学年なんだし、リカルドはもうすぐ当主になるんだし、私とパパの呼び分けが大変そうだもん」
リカルドにとっての『カルヴィーノ』は、フランチェスカの父ひとりである方がきっといい。フランチェスカがそう告げると、リカルドは目を丸くした。
「だが、淑女を気安く名前で呼んでしまうことになる。いいのか?」
「大丈夫。私、社交の場には極力出ないつもりだから!」
カルヴィーノ家の令嬢として招待されるものは、大半が裏社会の繋がりだ。前回はレオナルドの頼みで参加したものの、今後も逃れる方針なのは変わらない。
「では、お前の言葉に甘えよう。……フランチェスカ」
「ふへ。よろしく、リカルド!」
リカルドとは、同じ『悪党一家』の子供に生まれた境遇だ。
しっかり跡を継ぐ覚悟のあるリカルドと、逃れるつもりのフランチェスカでは大違いだが、助け合えることがあるなら協力し合いたい。
「……あの。お嬢もしかして、『友達』ってやつ作っちゃってません?」
「それ、絶対にフランチェスカに言うなよ番犬。余計なライバルが増える」
「? ふたりとも、何か私の話してる?」
「ん? 次はフランチェスカにどんなものを食べさせてあげようかなーって。何が良い?」
レオナルドの問い掛けに、フランチェスカはわくわくしながら立ち上がる。
「どれも美味しそう! でもみんな、私にばっかり食べさせてくれてる気がする。みんなもちゃんといっぱい食べ――……」
すべての言葉を言い終わる前に、フランチェスカはぱっと顔を上げた。
(始まった)
レオナルドをはじめとした男子陣たちも、フランチェスカと同じ方向に視線を向けている。川を挟んだ向こう側の森から、ひとりの女性が駆け出してきた。
(ゲームシナリオ通りの出来事! ゲームでは主人公とグラツィアーノのふたりが、気まずい空気で森の中を調査しているときに起きるイベントだけど……)
フランチェスカが川原でのバーベキューを選んだのは、思い出作りのためだけではない。この川の傍で今日何が起こるのか、ゲーム二章で描かれているのだ。
女性は美しい茶色の髪をなびかせ、鮮やかな紫のドレスを纏っていた。彼女を追って森から出てきたのは、大柄な男性だ。
「待て! 逃げるなど許さないぞ、こっちに来い!」
「ちょっと、離してよ!!」
男性が女性の手首を掴む。その様子を見たリカルドが、ぐっときつく眉根を寄せて声を上げた。
「おい、何をしている! ……くそ、向こう岸に渡る橋は……」
「待ってリカルド!」
橋が無いことを確かめると、リカルドは今にも川に入ってしまいそうだった。川の流れは穏やかに見えても、危険な箇所も多く危ない。
「急いで渡らなくても大丈夫。グラツィアーノ、出来る?」
「当然」
グラツィアーノはしれっと言い切ると、川に向かって駆け出した。
向こう岸までは、女性たちの顔もはっきり見えない程度の距離がある。けれども迷わず向かったグラツィアーノの背を見て、レオナルドが軽く笑った。
「番犬のスキルか?」
「そう。グラツィアーノの持ってる、みっつのスキルのうちのひとつ……」
グラツィアーノの足が地面を蹴り、川の上に向かって飛ぶ。
その瞬間、彼の姿がふっと消えた。
「な――……」
リカルドが驚いて目を見開く。けれどもそれより驚いたのは、川の向こう側にいる男女だろう。
「うわあっ!?」
突然現れたグラツィアーノに、男性が悲鳴をあげて女性を離す。
「おにーさん。悪いけど退散してもらえますか?」
「なんだ、てめえは!!」
「すみません。あんたに恨みはないんすけど……」
男性は上着の内側に手を入れると、恐らくは銃を取り出そうとした。
けれどもグラツィアーノの取った動きは、男性の行動よりも遥かに早い。
「っ、ぐああ!!」
男の手首を掴んだグラツィアーノが、相手を投げ飛ばした。
(あ。綺麗な一本背負い投げ)
前世のフランチェスカが習得し、グラツィアーノにも教えた技だ。グラツィアーノは地面を見下ろすと、両手をぱんぱんと叩いて払った。
「うちのお嬢が、このおねーさんを助けたがってるんで」
「グラツィアーノ、お疲れさま!」
フランチェスカは大きく手を振り、川を挟んで激励した。




