82 楽しいご馳走
(私がパパと仲良くなって以来、カルヴィーノ家の毎年恒例になったバーベキュー。うちのファミリーの構成員はみんな、すっかり段取りを身に付けてる)
フランチェスカが記憶を取り戻したばかりの頃は、この世界にバーベキューが存在しなかった。恐らくはゲームのモデルになった時代や国に、そういった文化が無かったからなのだろう。
元々は日本で開発されたソーシャルゲームということもあり、日本風のバレンタインや日本風クリスマスといったイベントはこの世界にもある。
けれども時々こんな風に、フランチェスカだけが知っていて、この世界にはまだ生まれていないものが沢山あるのだ。
よってこの世界にとっては、フランチェスカがバーベキューなる料理にもっとも詳しい人間となる。責任は重大だ。
(毎年のこととはいえ、レオナルドとリカルドにとっては初めてのバーベキューだもん。ふたりにも楽しさを知ってもらいたいから、美味しく食べる方法を私がしっかり伝えなきゃ……!)
フランチェスカはそう決意し、気合を入れて網の前に立った。
(いつもは焼いてもらう側だけど。今日は私がみんなのためにお肉を焼こう!)
***
「――フランチェスカ。ほら焼けた、これを食べてみな」
「んんん、おいひい……!!」
レオナルドにもらったお肉を頬張ったフランチェスカは、口の中にじゅわりと広がる味わいを噛み締めて身を震わせた。
しっかりと下味をつけていた牛肉は、カルヴィーノ家が入手した最上級のものだ。この上品な味わいに、バーベキュー用に作ってもらった甘辛いソースがよく合っている。
バーベキューは炭火の加減が難しいのだが、この肉は上手に赤味が残してあった。
野外の網で焼かれたとは思えないほどに柔らかく、とろけるかのようだ。
これはつい先ほど、バーベキューの要領を確認したレオナルドが、フランチェスカのために焼いてくれたお肉である。
「おいしい。すごくおいしい……!! レオナルドすごい、どうしてこんなに絶妙にお肉が焼けるの!? コツは!?」
「コツなんて無いさ、ただフランチェスカに美味しいものを食べさせたいと思って焼いただけだ。お気に召したならすぐに次を焼こう、待っててくれるか?」
「お嬢。こっちもちょうど頃合いですよ」
フランチェスカの持っていたお皿に、グラツィアーノが網から取ったものを乗せる。ころんと転がっていきそうになったのは、ほどよく焼き色のついたソーセージだった。
「あっついんで、気を付けて」
「わああ、いただきます……!」
ナイフを使わずにフォークを刺し、お行儀が悪いのを承知でそのままかぶりついた。
ぱりっと小気味よい音を立てたソーセージからは、ハーブと塩胡椒で旨味を引き立てられたお肉の、あつあつの肉汁が溢れ出す。
「んん〜〜〜〜……っ!!」
「はいはい、美味しいですね。よかったですね」
フランチェスカが幸福を噛み締める表情を見て、グラツィアーノがあやすように言った。
言い方だけなら生意気に見えるのだが、フランチェスカを眺める表情が嬉しそうだ。自分が焼いたソーセージを、フランチェスカに食べさせたかったのがよく分かる。
「フランチェスカ、この肉も食べてみるといい。こっちに皿を出して、ほら」
「んむ!」
「お嬢、チキンの用意もあるんですけど? そろそろそっちも食べたいですよね」
「むむむ!」
左右から魅力的な提案をされ、フランチェスカは慌ててきょろきょろとふたりを見た。一刻も早く返事をしたいのだが、たくさん頬張りすぎてまだ喋れない。
「番犬、骨付きのチキンをそのまま乗せるのはどうかと思うぞ。フランチェスカの手が汚れる」
「お嬢はそんなことよりも、食べたいものを気が向くまま召し上がりたい方なんで」
「おい、お前たち」
「!」
そこにやってきたリカルドが、トングを持ったまま溜め息をついた。
「カルヴィーノに肉ばかり食べさせようとするな。心身の健康を保つには食事の充実化が必要だ、そのためにはバランスも考慮しなければならない」
彼はそう言って、フランチェスカのお皿にキノコ類を載せてくれる。
「溶かしバターを絡めた焼き立てのキノコだ。これを食え」
「んー……っ!!」
当然ながら、それもものすごく美味しかった。
フランチェスカの皿の上には、この調子でどんどん男子たちからの贈り物が置かれてゆく。三人はそれぞれトングを手にし、網を囲んで真剣だ。
「こんなにしっかり加熱できるなら、リゾットなんかも作れそうだな。海老や貝もあるんだし、フランチェスカのために仕掛けてみよう」
「あー確かに、スキレット使ったら炊けそうっすね。今じゃなく最後の方にして、余った食材全部ぶちこんでもいいかもですけど」
「おい、閃いたぞ。あの木の大きな葉で包めば、食材を蒸し焼きに出来るのではないか? 水気の多く出る食材をこれで蒸せば、焼いたのとはまた違った味わいになる」
「…………」
すっかり蚊帳の外に置かれたフランチェスカは、もぐもぐと顎を動かしてから飲み込む。
(なんか……私より男子たちの方が、バーベキューを早くも習熟しつつあるような……?)
フランチェスカが内心で困惑していると、ふと視線が重なったリカルドが遠い目で言った。
「すまないカルヴィーノ。俺も普段料理を嗜む訳ではないのだが、こうして炭火が燃えている様子を見るとこう…………正直、妙に楽しい……」
「う、うん……! 私が想定してたプランとは違ったけど、みんなにバーベキューのことを好きになってもらえてよかった……!!」




