63 黒幕の考え
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階段を、ゆっくりと登り切る。
その直後、腹の傷口からどぷりと血の滲む感覚がして、レオナルドは口の端を上げた。
「……あー、くそ……」
いっそのこと、笑えるほどの激痛だ。
腹部を押さえると、それだけでぬるついた感触がある。傷口周辺は熱を帯び、燃えるように熱かった。
それなのに、肌には冷たい汗が滲んでいる。
(……フランチェスカの大切な父親に、これを負わせずに済んでいる)
ふ、と息を吐き出した。
(彼女を泣かせずに済んでいるなら、なんでもいい)
そして扉を開け放す。
何度も転んだらしく、髪も乱れて無様な姿になったセラノーヴァ家当主ジェラルドが、チェストの引き出しを引っ掻き回していた。
決して呼吸が乱れないようにしながら、レオナルドは微笑む。
「探し物は見付かったか? セラノーヴァ」
「……!!」
ジェラルドの肩が跳ね、必死の形相でこちらを振り返った。
当主の会合では、いつも余裕のある態度を取っていたはずの男だ。けれどもいまは見る影もなく、焦燥と怒りによる揺らぎが見えた。
ジェラルドは銃口をこちらに向けると、激昂して叫ぶ。
「死ね!!」
「おっと」
照準が定まっていない、馬鹿げた乱射だ。最小限に身を引くだけで、十分にかわすことが出来る。
無駄に動くことによる出血の方が、いまのレオナルドにはよほど脅威だ。
そんなことを思いながら、ふっと笑った。
「仕事が雑だな。そんな有り様だから、俺だけじゃなくフランチェスカにも見破られる」
「うるさい……!!」
レオナルドは目を細め、殊更ゆっくりと尋ねる。
「……『黒幕』に繋がる証拠は、隠滅できそうか?」
「……っ!!」
再びの銃声と共に、弾丸がレオナルドの顔の横を掠めた。
「なんのことだ……!」
「シラを切るつもりならやめておけよ、おっさん。いくら困窮していたといえど、あれほど頭の固かったあんたが、こんな大仰な筋書きをひとりで用意出来たはずもない」
レオナルドの知るジェラルドとは、心から『伝統』を重んじる、そんな人物だったはずだ。
リカルドは、ある意味で父親によく似ている。親子揃ってそっくりだったはずの考え方が、父親の方だけいつのまにか大きく捻じ曲がってしまっているのだ。
「それだけ様子がおかしくて、誰にも洗脳されてないなんて言い分は通らないぜ。分かったら観念して、俺とゆっくりお話ししようじゃないか」
「貴様……」
レオナルドの足元に伝う血のことに、ジェラルドは確実に気が付いていない。そのことを確信しながら、レオナルドは微笑む。
「この国におかしな動きが出ているのは、今回の薬物事件だけじゃない」
もっと前から、何かが少しずつ歪んでいっている。裏社会が起因なのか、王族を始めとした表の人間によるものなのか、それすらも今は不透明なままだ。
「あんたの手に握られているその銃も、ある意味で異常の証明だろ? この屋敷に銃は持ち込めない掟で、それを取り締まる『管理人』は王家の所属だ。家業に関わっていない女の子のフランチェスカならまだしも、当主が銃を所有していることを見逃すなんて、普通に考えれば有り得ない」
「黙れ……」
「何年も前から、この国はどこかおかしくなりつつあった。だからわざわざ、『黒幕』にとって都合のいい動きを取ってやっていたのに――……俺じゃなくてあんたに接触するとは、フラれてしまって残念だ」
「黙れ……!!」
「ああ。そうだな」
軽い口調で答えながらも、気取られないように短く呼吸をした。
(――これ以上時間を稼いでも、それほど意味は無さそうだ)
諦めて、目を伏せるように笑った。
先ほど使用したスキルは、まだ使えるようになっていない。それも当然で、スキルを一度使用したあとは、一定以上の時間が経たなければ再使用出来ないのだ。
(俺が知る限り、短時間で同じスキルを立て続けに使う方法は、ただひとつ……)
ひとりの少女の姿を思い出し、ふっと柔らかく自嘲する。
レオナルドは、静かに呼吸をしながら顔を上げ、余裕のある笑みを浮かべたまま告げた。
「……あんたを操る黒幕は、どうやら精神操作系のスキルの中でも、かなり優秀な使い手のようだな」
夜会のホールに居たうちの、大多数を一気に洗脳したのだ。
ジェラルドの様子を見ているだけでも、その技術の高度さが窺える。常に支配するのではなく、普段は本人そのものの言動を取らせておいて、行動原理の根幹だけを操作しているのだろう。
「俺がそれほどの力を持った『黒幕』なら、あんたの頭に罠を仕掛ける」
「罠……?」
「まずは第三者にバレたとき、何よりも『自分と繋がっている証拠を隠滅する』ことを最優先するように仕込むな。たとえば、いまのあんたがそうさせられているように」
ジェラルドが、心底不快そうに顔を歪めた。
「それともうひとつ、次なる優先事項はこれだ。特に、黒幕の証拠隠滅に失敗したときは、こちらが重要になってくる」
「……ぐ……?」
「つまりは――……」
両手で頭を押さえたジェラルドを見て、レオナルドは戦闘態勢に入る。
「――秘密を知った人間を、どんな手段を使ってでも殺させること」
「っ、ああああああああああ!!」
その瞬間、目の焦点が合わなくなったジェラルドが、再び構えた銃の引き金を引いた。




