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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
~第1部 極悪非道の婚約者~

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62 奪ったものは


 荒い呼吸を繰り返しながら、指先がなんとか父に届く。しかし、それによって事実が明確になった。


(……動かない)


 レオナルドは、ぐっと歯を食いしばる。

 会合の途中、それまでこちらの顔色を窺うようだったセレーナ家当主が、突然懐に手を突っ込んだ。取り出された二丁の銃は、それぞれ真っ直ぐに父へと向けられたのである。


(信用に値する相手じゃないと、俺だけは分かっていたはずなのに……)


 レオナルドは、咄嗟に父の前に出ようとした。

 それこそが愚行だ。本当はそんなことをしなくとも、父ひとりなら避けられたのに。


 結果として父は、自分を庇おうとしたレオナルドを庇い返し、抱き込むようにして守ってくれたのだ。


 その背中に、十発以上の弾を受けただろう。そのうちの一発が父の体を貫通し、レオナルドにも当たった。


『――父さん、レオナルド!!』


 最後に聞こえたのは、兄の声である。

 一瞬意識が遠のいた後、目を覚ませば辺りは火の海だ。動かない父に触れたレオナルドは、もう片方の手で、血の溢れる腹部を押さえこむ。


 何もかも甘かった。父と兄の信じる世界を守りたいと思うあまりに、肝心なものが守れなかった。


『レオナルド……』

『っ、兄貴』


 何処かを負傷しているのだろう。荒い息をつく兄が、炎の中、掠れた声で言う。


『……お前のスキルを、父さんに使え』

『――……!?』


 レオナルドは目を丸くする。兄は、苦しげな表情の中にやさしいまなざしを込めて、レオナルドに微笑んだ。


『まだスキルが覚醒してないなんて、嘘だろう? お前は、俺と後継者争いになるのを避けるために、スキルを使えるようになったことを隠していた。……自分自身でも、自分のスキルが気付けないように』

『……それを、父さんに使えって?』


 今更そんなことをして、一体何になるというのだろう。だって父はもう、手遅れなのに。

 そう考えた瞬間、一縷の希望が見えた気がした。だって、兄はレオナルドのスキルを知っているのだ。


『――っ』


 スキルの使い方なんて分からない。いままでに意識して、絶対に発動させないようにしてきたのだ。けれどもレオナルドは縋るような気持ちで、夥しい量の血を流した父に触れる。


 念じるように力を込めた瞬間、父に触れた指先に、ばちんと雷鳴のような痺れが走った。


『……!?』


 いまのは一体なんだったのだろうか。スキルが発動出来たのかと思ったのに、目の前の光景は変わらない。

 それどころか黒煙はどんどん勢いを増して、こちらに迫り来るばかりだ。頬がぴりぴりと熱く、呼吸をする度に喉が痛んだ。


『駄目だ、兄貴。失敗する……!』

『…………それなら』


 兄はやっぱりやさしい声音で、レオナルドにこう告げた。


『今度は試しに、父さんじゃなく、俺にスキルを使ってくれるか?』

『――――!』


 レオナルドは頷いて、兄に触れた。


(せめて、兄貴だけでも)


 何かが不自然だということに、本当は気が付いていたはずだ。

 レオナルドのスキルが誰かを救えるものならば、兄は絶対にあの場面で、父ではなく自分にスキルを使えなんて命じるはずもなかった。


 けれどももはや、レオナルドの守りたいものというのは、兄しか居なかったのだ。


(この人だけは、生かさないと……)


 兄が絡めてくれた指を、ぎゅっと握り締める。

 てんで子供でしかない十歳の自分と違い、十七歳の兄の手は大人のそれだった。


 温かくて大きな兄の手は、アルディーニ家当主として、これから先の未来にたくさんの人を救うことが出来る。


(俺には作れない。人を信じて、救える未来)


 太陽のように眩しい兄を、炎の中で目を眇めながら見上げた。


『――――……!』


 祈りを込めた瞬間に、ばちんと同じような電流が弾ける。

 光が生まれ、兄の周りをふわりと舞った。炎の中でもはっきりと見えるそれを見詰め、レオナルドは絶句する。


(なんだ? この光)


 目の前の兄は、満足そうに笑った。


(さっきと違う。これは確か、父さんがスキルを使ったときの――……)

『レオナルド』


 兄の腕が、レオナルドを抱き寄せる。


『お前は父さんにとって、間違いなく自慢の息子だ。……俺にとっては、自慢の弟』

『……兄貴……?』

『だからな』


 いつのまにか、先ほどよりも容易く呼吸が出来るようになっていた。

 焼け付くようだった腹部の痛みが、すっかり消えてしまっている。どうしてか胸の辺りが痛むが、先ほどまでよりは随分とマシだ。


 けれど、代わりに恐ろしいことが起きていた。


『……兄貴、その怪我』


 シャツの上に赤色の花が咲くかのように、兄の腹部から血が滲んだ。

 レオナルドがそれに気付いた瞬間、兄はいっそう強い力でレオナルドを抱き締め、こんなふうに笑う。


『父さんや、俺と同じものを目指す必要なんてない。それだけは忘れるな』

『兄……っ』


 レオナルドを抱き上げた兄が、窓硝子を蹴破るように叩き割った。


『――お前は、お前がこうあるべきだと思う生き方をしてくれ』

『…………!』


 そう言って笑ったあと、そこからレオナルドを優しく落とす。

 落下する中、手を伸ばしても届かない。兄は満足そうに微笑んだまま、最後にこれだけを口にした。


『レオナルド。お前のスキルは……』

『兄貴!!』


 その直後、崩落の音がする。

 周りを囲んでいた構成員たちが、血相を変えてレオナルドに駆け寄ってきた。落下したレオナルドを受け止めると、彼らは青褪めて叫ぶ。


『レオナルドさま!! ご無事ですか!?』

『当主と若は……!? セレーナめ、裏切りやがって……!!』

『離せ!!』

『レオナルドさま!?』


 渾身の力で彼らを振り払い、持っていた銃を奪う。レオナルドはそれを手に、燃える屋敷の中に飛び込んだ。


(くそ……!!)


 恐らくは、肋骨が折れている。これはレオナルドが負った傷ではなく、恐らく兄のものだった。


(兄貴が、俺を生かすために)


 動いた激痛で脂汗が滲む。

 それでも、腹に銃弾を受けた痛みに比べれば、なんということもない。


(俺を逃すために、こんなことをした。あのままじゃ、俺と兄貴がふたりで逃げても、俺が助からないと踏んで……!!)


 レオナルドの銃創が致命傷であることを、兄は見抜いていたのだろう。血を失いすぎてくらくらするが、兄はいまも血を流し続けている。


『おい、まだ餓鬼がいるぞ!! 殺せ!!』

『っ、退け……!!』


 襲って来たセレーナの構成員に、迷わず銃を向けて引き金を引いた。

 人を殺すのは初めてだったが、一切の恐怖心を感じない。つくづくレオナルドは、あの優しい父や兄よりも、この家業に向いていた。


 死体をいくつも作り出しながら、燃え盛る三階へと向かう。父と兄を、いいや兄だけでも、あそこから助け出さなければならないのだ。


 炎の中に飛び込もうとした、そのときだった。


『レオナルドさま!!』

『く……!!』


 後ろから、大人の手に肩を掴まれた。


 レオナルドの目の前で、轟音を立てて火が上がる。

 開け放たれた扉の中は、凄まじいほどの炎で埋め尽くされていた。


『お戻りください。……何卒……!!』

『離せ……』


 痛みが一気に競り上がり、吐き気と共に意識が遠のく。


(守れなかった。……俺の所為で死なせた。俺なんかよりも、生きていなきゃいけない人たちを)


 レオナルドが、父と兄を殺したようなものだ。


『――レオナルドさま』


 目が覚めたとき、病室にはアルディーニ家の幹部たちが全員揃っていた。


 正しくは、当主である父と、次期当主だった兄だけがそこに居ない。

 正装に身を包んだ大人たちは、これまでレオナルドには見せたことのなかった真摯な顔で、こう言い切ったのだ。


『いいえ、新たなアルディーニ家の当主さま。……我々はこれより、あなたの配下に下ります』

『…………』


 レオナルドはこのとき、心の底からこう感じたのだ。


(俺が奪った。何もかも)


 そして、手のひらを見詰める。


(父さんたちの命も、地位も。それから――……)




***





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