42 甘やかに溶ける
「ひどいな、フランチェスカは。俺というものがありながら」
そう言われてしまうと、なんだかとても悪いことをしているような気がしてきた。だが、騙されてはいけない。
「で、でも。レオナルドこそ、私以外にたくさん友達いるでしょ」
「他の連中なんて、利害が一致して一緒にいるだけだ。あいつら百人集まったって、君に並ぶことすら有り得ないさ」
(……どこまで冗談で言ってるのか、よく分かんないなあ……)
むむむと悩みつつ、チョコレートミントのアイスクリームを食べ進める。
元々が日本で作られたゲームの世界だからか、この世界に存在する食べ物やお菓子は、前世の日本とよく似ているのだ。
「……他の友達は欲しいけど、レオナルドが最初の友達っていうのは変わらないよ。だから、レオナルドは特別」
「君にとっての特別?」
「うん」
そう言うと、レオナルドは満足そうに笑う。
「それじゃあ約束だ。……この先、もしも君に他の友達が出来ることがあっても、君にとっての一番は俺。な?」
「……それって、もしかして」
アイスクリームコーンの端っこを齧り、飲み込んだあとで、フランチェスカはどきどきしながら尋ねた。
「つまりは親友ってこと……!?」
「……っ、ふ」
レオナルドが小さく笑ったのを不思議に思うも、彼ははっきりと頷いてくれた。
「ああそうだ、我が親友。だからこれからもふたりっきりで遊んだり、食事をしたりしよう」
「ふへへ……」
夢にまで見た友達に、思わず頬が緩む。そしてフランチェスカは、レオナルドが手に持っているアイスクリームの様子に気が付いた。
「レオナルド、アイスが溶けてるよ」
「おっと」
溶けたアイスがコーンを伝い、レオナルドの指を汚した。彼がそれをぺろりと舐める、それだけの仕草がとても艶っぽい。
(本当に、綺麗な男の人だなあ)
そう思いつつも、フランチェスカは尋ねた。
「そのアイス、私の知ってるチョコと違う。何味?」
「ん? ……ほら」
溶けかけたアイスを口元に差し出される。これは、食べてみろということだろう。
それに甘え、ぱくりと噛み付いた。柔らかくなっているアイスクリームは、フランチェスカの舌の上ですぐに溶ける。
「んむ、おいひ……」
独特の甘い味だ。苦いような、反対に甘すぎるような、不可思議な感覚に苛まれる。
「なんか、大人っぽい味する……」
フランチェスカが、そう呟いた瞬間だった。
「……あれ?」
視界がふわりと柔らかく揺れて、ぱちりと瞬きをする。
目の前にいるのはレオナルドだ。けれども彼は、これまでに一度も見たことのない、驚いた顔でフランチェスカを見下ろしていた。
「フランチェスカ? 君、まさか」
「なんか、ふわふわする……」
そう呟いた瞬間、とろんとした眠気に襲われた。
「おい嘘だろ。アイスに入ってる程度の酒で酔うなんて、子供でも……フランチェスカ!」
(あれれれれ……?)
気持ち悪くはない。頭も痛くないし、辛くもない。
(ただひたすら、ふわふわ気持ち良くてあったかくて、すごくねむい……)
フランチェスカは、そのままとろんと目を閉じると、レオナルドの方にずるずると倒れ込んでしまったのだった。
***
ゲームの主人公としてのフランチェスカが、どれほど酒に弱い体質であるのかを、ストーリーで語られた機会は一度もない。
このゲーム世界で、お酒を飲めるのは十八歳になってからだ。
フランチェスカは十七歳で、その解禁は来年であり、シナリオ上では一度も飲酒することはなかった。
しかし、『アイスクリームに含まれた酒にも酔う』という体質は、ゲーム設定によって定められたものなのだろう。
(……んん……?)
ふわふわした心地で目を開けたとき、そこにはよく知っている天蓋が見えていた。
そしてフランチェスカの傍らでは、ふたりの青年が話しているようである。
「だから、あんたはさっさと帰れって言ってんでしょ」
(……グラツィアーノ?)
弟分の声のあと、『友達』の声が返事をする。
「そういう訳にはいかないな。俺はきちんと責任を持って、フランチェスカが目を覚ますのを見届ける」
(レオナルド……)
ぴりぴりしたグラツィアーノの声に対し、レオナルドは飄々とした余裕があった。恐らくは、わざとグラツィアーノのことを煽り、それを楽しんでいるのだろう。
それを受け流せないグラツィアーノは、ますます不貞腐れたように言い返した。
「ここが誰の部屋だと思ってるんだ、早く出てけよ」
「番犬がおかしなことを言う。ここはフランチェスカの部屋なんだろ? だったら俺だけじゃなく、お前だってここに居座る権利はないはずだが」
「酒にやられて寝込んでるお嬢を、ひとりで放っておける訳がない」
「同感だ。俺が見てるから、お前はさっさと下っ端の仕事に戻りな」
そう言われて、とうとうグラツィアーノが耐えかねたらしい。
「っ、大体! あんたがお嬢に妙なものを食わせたから……」
「んんん……」
「!!」
グラツィアーノが慌てたように、フランチェスカの眠る寝台に手をついた。その前に、レオナルドが呼び掛けてくる。
「おはよう、俺のフランチェスカ。具合はどうだ?」
「……わたし……」
「お嬢!! 大丈夫ですか、すぐに医者を……!!」
フランチェスカはぱちぱちと瞬きをしたあと、唯一はっきりと覚悟できる事態を口にする。
「……チョコレートミントのアイスクリーム、最後まで食べ損ねちゃった……?」
「………………」
「……っ、くく……!」
グラツィアーノが顔を顰め、レオナルドが何かを堪えるように俯いた。だが、何も我慢できていない。
まだどこかふわふわするような気がするものの、寝台から身を起こし、辺りの様子を確かめる。
「私の部屋……レオナルドが運んで来てくれたの?」
「すまなかった。まさか、君があんなにも酒が苦手だとは」
そう言ってレオナルドは、まだ火照っているような気がするフランチェスカの頬に触れた。
「冷たくて気持ちいい……」
「そう? よかった」
「……お嬢に気安く触るな」
「おっと」
グラツィアーノがむすっとして、レオナルドの手首を掴む。
レオナルドは至って楽しそうに、けれども暗い目で見下ろしながら言った。
「ははっ! 本当に、躾がなってない番犬だな。主人にとっての客人が誰かも区別がつけられないとは」
「主人に危険が及んだときは、首輪を噛みちぎってでも敵を殺しに行けって躾けられてるんで」
(な、なんでこんなに対立しあってるの……!?)
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