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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第6部1章〜

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337 大切なもの


 クレスターニが、僅かに目を細めた。

 そのくちびるに、レオナルドとよく似た微笑みを浮かべたままで。


(……私やレオナルドをここまで連れてきた、転移スキルも)


 他の誰かに指示したとは思えないほどに、勝手の良い使い方をされている。


(このお屋敷を守る結界。外から見付けられないような偽装も? クレスターニが、配下の誰かに使わせたスキルじゃなくて……)


 すべて、クレスターニ自身のスキルだったのだろうか。


(それだけじゃない。ひょっとしたらレオナルドが話してくれた、『他者のスキルが分かる』鑑定スキルだって)


 そうだとすれば、レオナルドの兄は十歳の頃から、ずっと周囲を偽り続けていたことになる。

 だというのに、クレスターニは何処か人懐っこく朗らかな表情で、満足そうにこう続けた。


「なるほど、色々と考えを巡らせたんだな。……だが、どれも決定打には欠ける」

「まったくだ。あんたがもう少し、露骨な証拠を残してくれていればよかった」


 レオナルドは少し大袈裟に肩を竦め、嘆くようなふりをした。


「だから遠回しに確かめたんだよ。偽名を名乗るときに、わざわざあんたの名前を選んで」

(レオナルドが、小さな子供の姿に変えられた、魔灯夜祭……)


 レオナルドは、まさしく『シルヴェリオ』と名乗った。

 それを聞いたとき、フランチェスカの父は渋面を作った。国王のルカは、こう言った。


『ああそうだ、そうだったな、ようやくその名を思い出せたぞ』


 そしてリカルドは、こう呟いたのである。


『……死人が、帰ってきた…………?』


 あれもきっと、レオナルドがシルヴェリオの偽名を使ったことで、一時的に記憶が攪拌されたからなのだ。

 フランチェスカがリカルドに問い返しても、その記憶はすでに消えていて、『忘れた』と戸惑っていたことを反芻する。


(考えてみれば、おかしかったんだ。……私だって、この世界に生まれてから十七年間ずっと、王都で生きてきた)


 前世の記憶を取り戻してからでさえも、十二年が経っている。


(いくら裏社会から距離を置こうとしていても、レオナルドの名前を聞く機会は、何度もあったのに。それなのに)


 ようやく気が付いた違和感に、フランチェスカは顔を顰める。


(私、レオナルドのお兄さんのことは、どうしてか名前さえ知らなかった)


 レオナルドの父と兄が死んだとされたとき、フランチェスカは十歳だ。

 ゲームの知識は既にあり、シナリオ回避のための行動も開始している頃である。それなのに、事件が起きた日を覚えていないどころか、意識の中に留まっていない。


(……些細な情報や認識ごと、消されていたから?)


 レオナルドだけが、誰よりも早くそのことを自覚した。


「俺の名乗った『シルヴェリオ』に反応したのは、高貴な血を持つ者……国王や上位貴族だけ。学院の女子生徒たちには、引っ掛かる人間すら居なかった」


 フランチェスカを迎えるため、小さなレオナルドが学院に来てくれたことの意味を知る。


「クレスターニによる集団支配は、同じく高貴な血を持つ者に効きにくい、と分かっていたからな。つまり、クレスターニのスキルに近しい能力で、俺の兄貴の名前が掻き消されていることになる」

「……」


 兄の名前を名乗ることも、それをあちこちで聞かせることも、確認行為のひとつだったのだろう。


「レオナルド。……夏休み、ラニエーリの森で、私を助けに来てくれたとき」


 フランチェスカは、祈るような気持ちで問い掛ける。


「レオナルドは、私を探しながら、お兄さんが『黒幕』かもしれない可能性も考えてた?」

「――――……」


 レオナルドは小さく笑い、フランチェスカと繋いでいない方の手で、やさしく頭を撫でてくれる。


「君のことしか、考えていなかったよ」

「…………っ」


 あのとき、ずぶ濡れでフランチェスカを抱き締めたレオナルドのことを、もう一度抱き締め返したい。

 そんな想いでいっぱいになったフランチェスカを、レオナルドはもう一度撫でてから言った。


「まだ続けるか? ――兄貴」

「いいや。十分だ」


 クレスターニは、片手を肘掛けへと無造作に置きながらも、レオナルドにまなざしを注いでいる。


(どうして?)


 数日前、フランチェスカと対話をしたときのクレスターニは、レオナルドを憎んでいるように見えていた。


(それなのに、いまは)

「改めて、背が伸びたな」


 クレスターニは、本当に穏やかな声で言う。



「レオナルド。……俺の、弟」

(…………!!)



 フランチェスカと繋いでいるレオナルドの指へ、ほんの僅かに力が籠ったような気がした。


(どうして、そんなに、愛おしそうに……)


 クレスターニのその声音に、フランチェスカまでもが苦しくなる。




(……レオナルドのことが、大切で仕方ないみたいに、笑ったりするの……?)




 兄弟で同じ色をした月の瞳が、レオナルドに慈しみを注いでいた。


「やっぱり、アルディーニ家をお前に託して正解だった。ひとりぼっちにされてしまっても、お前なら大丈夫だと信じていたよ」

「……やめて。『シルヴェリオ』」


 大切な男の子の手を強く握って、フランチェスカは敵を睨む。



「たった十歳だったレオナルドが、どんな想いで家を継いだか……!!」

「分かっているさ」


 クレスターニは、執務椅子の背凭れに深く身を預け、目を細める。


「……俺の大義に、たったひとりの弟を巻き込んだ」

「大義……!?」

「それでも、俺は」


 クレスターニが紡いだのは、誓いを立てるような響きの言葉だ。


「――何を失ってもと、決めている」

「!」


 微笑みを消して、彼自身の右手のひらを見下ろした。


「大切なものを自分で全て壊して、それでも成すべきことがある。こんな愚行を正当化するつもりも、許しを乞うつもりもないさ」

(この人は、一体、何を目的にしているの?)


 ここにいるのは、正真正銘の悪党だ。

 たくさんの人を巻き込んで殺した。頭ではちゃんと理解しているのに、どうしても分からなくなってしまう。月の色をした彼の双眸は、透き通った光を湛えていたからだ。


(……まるで、世界を守るための役目を持った、救世主みたいな……)

「だが、ひとつだけ言い残すなら」


 美しい男は、残酷なことを口にする。

 黒幕の『クレスターニ』ではなく、レオナルドの兄『シルヴェリオ』としての微笑みで。


「お前のことを、今でも大切に思っているのは本当だよ。……レオナルド」

(――――……っ)


 フランチェスカはレオナルドの手を強く引き、背中に庇ってこう告げた。


「レオナルド、聞いちゃ駄目……!」

「……フランチェスカ」


 こんなやさしさに、レオナルドを晒すことは出来ない。

 今すぐ連れて逃げなくてはと、突破口を探したそのときだ。


「大丈夫だよ」

「!」


 レオナルドの腕が、後ろからフランチェスカを引き寄せる。


「俺は、フランチェスカ以外のものに傷付けられたりしない」

「……レオナルド」

「大切なものは君だけだ。だから……」


 振り返って見上げた金の瞳に、強い戦意の光が瞬く。


「――俺から君を奪った『黒幕』に、惑わされるはずもないだろう?」

「あ……!」


 次の瞬間、レオナルドのスキルによって吹き上がった炎が、『シルヴェリオ』へと襲い掛かった。

挿絵(By みてみん)


『悪党一家の愛娘』あくまなシリーズ、アニメ化企画が進行中です!!

関わってくださった、すべての皆さまのお陰です。本当にありがとうございます!!


動いて話すフランチェスカたちを、皆さまと一緒にテレビで観る日がとっても楽しみです!!

続報をお待ちくださいませ!!

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