333 ただいま
「お父君にも会いに行こう。おいで、フランチェスカ」
「平気、抱えられなくても自分の足で走れるよ! あと私、この屋敷の通路とかお部屋の配置とか、かなり、すっごく、詳しいの!」
「……君の無茶の話は必ず聞くとして……」
「それに」
耳を澄ますと、聞こえてくるのは銃声だ。記憶の欠如があるとしても、いまの状況は察せられる。
「抗争中だよね? だったら足手纏いにはなれない」
僅かに目を眇めたレオナルドを見据え、こう告げた。
「――ここにはまだ、クレスターニが居るはずだよ」
「…………」
***
礼拝堂を出たフランチェスカは、レオナルドに手を引かれながら、地下の廊下を走っていた。
「…………っ」
途中には、何人もの人が倒れている。給仕係だった黒服の男性や、清掃などをしてくれたメイドたちだ。
彼らがクレスターニに洗脳され、レオナルドを襲ったのであろうことは、尋ねるまでもなく想像できた。
「レオナルド。このお屋敷の結界を破ったのは……」
「ああ。『王子殿下』に力を借りた」
フランチェスカが見回った限り、内側からの強大な物理攻撃があれば、結界は破壊できそうに見えた。やはりそれには、ルキノの氷スキルが使われたのだ。
(聖夜の儀式では、ルキノに『仕掛け』をするために戦った。あのとき、エリゼオと協力して時間稼ぎをしたのは、レオナルドの支配スキルをかけるため……)
レオナルドも、他人を操るスキルを持っている。
これは他者から奪ったものではなく、レオナルドの元来のスキルだそうだ。他者の動きを支配し、その意識や願いに関係なく、思うままに操って操作する。
一方でクレスターニの方は、それに似た支配スキルに加え、フランチェスカが掛けられたような洗脳スキルを所有しているようだった。
クレスターニの洗脳スキルは、レオナルドの支配スキルよりも強力だ。そのためこれまでは、洗脳された敵に対し、レオナルドが干渉することは出来なかった。
(だけど、信奉者であるルキノは違う)
洗脳ではなく、心からクレスターニを崇拝している。
クレスターニの洗脳が掛かっていないルキノになら、レオナルドの支配スキルが通用するはずだ。とはいえクレスターニに対策が取られていた場合、効果が発揮されない恐れがある。
そのために聖夜の儀式では、フランチェスカがレオナルドの支配スキルを強化して、最大レベル10までに上げていた。
「ちゃんと、ルキノを支配できたんだね」
「ああ。君のお陰だ」
とはいえ、フランチェスカの心情は複雑である。
(自分を『裏切った』ルキノのことを、クレスターニはきっと許す)
あの男がどういった方法で人心を掌握するか、フランチェスカは少しだけ理解できた。
この一件はルキノにとって、ますますクレスターニに傾倒するきっかけになってしまわないだろうか。
「レオナルド。このお屋敷には、他にもクレスターニの部下が居たの。前に名前を知らせたうちの、アロルドとジュストとティーノ……」
「……ああ」
「クレスターニっていう名字が、あの人の本名な訳がない……」
階段の先をゆき、エスコートとしてくれる彼を見上げながら、フランチェスカは切り出す。
「――クレスターニは、セレーナの生き残りかもしれない」
「…………」
金色の瞳でこちらを見下ろし、レオナルドはやさしく微笑んだ。
「君が話したジュストという男は、セレーナ家の次期当主だった」
「!」
クレスターニに着せられたドレスの裾を、思わず途中で離してしまう。レオナルドは階段の途中で立ち止まり、フランチェスカが急がないように気遣ってくれた。
「ちゃんと殺したと思っていた。取りこぼしてしまったのは、ガキだった俺の失態だな」
レオナルドの動きを見ていると、屋敷の見取り図が頭に入っているのだと分かる。
(きっと、レオナルドはこの屋敷に来たことがあるんだ)
そう悟るのと同時に、クレスターニによってセレーナの記憶が乱されていた結果、混乱していた部分に思い至った。
「……あれ……?」
ジュストと呼ばれた青年のことを、フランチェスカは脳裏に描く。
「ジュストって。緑の髪で、不機嫌そうな……」
「ああ」
「…………」
レオナルドが、どうしてか口数を減らしてしまう。
「……クレスターニは、セレーナ家と関わりがある人だけれど」
フランチェスカを洗脳した美しい男は、灰色の髪を持っていた。
「次期当主のジュストじゃない。もっと別の、セレーナ家における主要人物……?」
五大ファミリーの直系は、家紋となる花の髪色を持つ。それがゲームの設定であり、この世界でも不変の事実だ。
(それでも、髪の色は薬草で染められる。クレスターニの髪色が、セレーナ家の緑色じゃないのは、そんなにおかしいことじゃないかもしれないけど……)
何処となく、胸騒ぎがした。
「あのね、レオナルド。クレスターニの髪は灰色で、緑じゃなくて」
「……ああ」
「瞳の色、は」
ジュストの瞳が何色だったのか、はっきりと思い出せない。
それでもクレスターニの瞳の色は、鮮烈に記憶に残っていた。
「……私のパパと、同じ……」
「フランチェスカ」
「!」
レオナルドが、フランチェスカの手を優しく引いた。
薄暗い地下の階段から、一階のエントランスへと引き上げる。銃声と叫び声が響き渡る中、フランチェスカを守りながら、そっと背中に手を添えた。
「ほら。ご覧」
「……あれは……」
どさりと鈍い音を立てて、クレスターニの配下らしき黒服が倒れる。
エントランスで剣を振るっていた人物の、フランチェスカと同じ赤薔薇色の髪を見て、フランチェスカは思わず声を上げた。
「パパ……!!」
「!!」
父が名前を呼んでくれる前に、全力で駆け出す。
その腕の中に飛び込んで、ぎゅうっと腕を回した。
「ありがとう。……帰ってきたよ、ただいま……!!」
「フランチェスカ……!!」
小さな頃と変わらない父の腕が、フランチェスカを抱き締めてくれる。




