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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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331 捧げる想い


「……駄目」


 紡いだ声が、震えてしまう。


「私、パパにもひどいことを言って、傷付けた……」

「違うよ」


 レオナルドの親指が、フランチェスカの耳元を辿った。眠るときにすら外したくなかった薔薇の耳飾りを、愛おしそうに撫でてくれたのだ。


「父君も、君が大事で仕方がないだけだ」

「…………っ」


 ぶんぶんと強く首を横に振り、レオナルドの手と言葉を否定する。


「ママを死なせた」

「……フランチェスカ」

「ずっと前、もっと別の遠い何処かでも、大切な人を死なせた気がする……」


 そのことが、とても悲しくてたまらない。

 悲しむ資格すらないように思えて、口にすることも出来なかった。


「私の所為なの。ママを死なせて、パパを悲しませて、私が全部――……!!」

「俺の父親は」


 フランチェスカを遮ったその声は、いつもよりいっそう穏やかだ。


「俺を庇って、死んでしまった」

「……!」


 淡く微笑んだレオナルドが、フランチェスカの横髪を指で梳き、柔らかく耳に掛けてくれる。


「俺が居なければ生きていた。君の母君と、おんなじだ」

「それは……」


 呆然と見上げたフランチェスカを前にして、レオナルドが淡く苦笑する。


「俺が殺したと、そう思うか?」

「……っ」


 答えようとした喉が震えて、フランチェスカはくちびるを閉ざした。


(そんなはず、ない)


 思わずレオナルドの上着を握り、ぎゅっと握って俯いてしまう。


(レオナルドは、お父さんを殺したりしていない……!)


 声に出すことが出来ないのは、体が支配されているからではない。

 この想いが、大いなる矛盾だと分かっているからだ。


(私のママが死んだのは、私の所為……)

『ああ。君の所為だ』


 頭の奥が強く痛み、誰かの声が響く。その男の姿が、ゲームのレオナルドと重なった。


(私が死なせた。だけど、レオナルドは違う。お父さんとお兄さんを助けたかっただけの、小さな子供で……)

「……やっぱり君は、そうなんだな」


 頬から離れたレオナルドの手が、今度はフランチェスカの指に触れた。


「君に救われた人間は大勢居る。それなのに、事態が好転したのはそいつ自身の強さだと、明るく笑って」

「…………っ」

「他人の罪を真っ向から許す。あるいはそんなもの、最初からなかったと受け入れる。それなのに」


 満月の色をしたレオナルドの瞳が、ほんの少しだけ眇められる。


「自分のことは、極悪非道の悪党だと思っている」

(……だって、本当に悪党なんだもの……)


 泣きそうになったフランチェスカに、レオナルドが眉根を寄せた。


「俺に罪がないと言ってくれるのなら、君自身にだってそんな風に言えるはずだ」

「……それは」

「フランチェスカ」

「っ、嫌……!!」


 頭の奥が、再びずきずきと痛んでいた。苦しいことが見抜かれたのか、レオナルドも何処か苦しそうだ。


「君の敵は全て、俺が殺す」


 そう言って、フランチェスカの右手を掬い上げる。


「君を苦しめる世界を壊して、なんでも欲しいものを捧げるから」


 レオナルドが指を絡め、幼い子供をあやすように繋いだ。そうして手の甲にくちびるを寄せ、小さなキスを落とすのだ。


「君は、悪党なんかじゃない」

(……どうして……)


 すべてに込められている想いを感じて、フランチェスカはくちびるを結ぶ。


(いまなら私、この男の子のことを、すごく上手に傷付けられる)


 そうすれば、クレスターニに褒めてもらえる。


(それなのに、なんで?)


 分かっていても、どうしても口を開くことが出来なかった。


「……もしも君が、本当に悪い女の子だったとしても、構わないんだ」


 くちびるを押し当てたままの彼を、泣きそうになったまま見つめてしまう。


「君を君として形作る、その全部が愛おしい」

「……レオナルド」

「だからどうか、自分を責めて傷付けるようなことを、しないでくれ」

「!」


 フランチェスカは息を呑む。


「フランチェスカ」


 レオナルドの手が離れたあと、その腕に強く抱き締められ、こんな言葉を向けられたからだ。


「どうやったら、君がただ笑っている世界をあげられる?」

「…………!」


 それはきっと、フランチェスカへの問い掛けというよりも、祈りと呼ぶべきものだった。


(……レオナルドは)


 大きな手が、フランチェスカの頭を引き寄せるように添えられた。

 とても強い力なのに、それでいて大切に触れてくれる。決してフランチェスカを壊さないよう、やさしく腕の中に閉じ込められるのだ。


(私のことを、いつも守ろうとしてくれる)


 家族が死んだ日のことなど、思い出したくもないはずなのに。

 フランチェスカの洗脳を解くため、取り戻すために選んでくれた。彼の体温を感じ取り、視界がじわじわと滲んでゆく。


(私にこんなお願いをするのに、自分の幸せは望んでない。怖くないふりや、さびしくないふりがとても上手な、格好良くて可愛い男の子……)


 そうして、ひとつの想いに気が付いた。


(そっか。……私も)


 フランチェスカは、レオナルドが泣いているところを見たことがない。

 だからこそ、ぎゅうっとその背に腕を回す。愛おしくて大切で、遠ざけることなど選べないただひとりのことを、彼と同じ強さで抱き締めた。


「――フランチェスカ?」


 レオナルドに笑っていてもらうために、どんなことでもしてあげたい。




(……この人を泣かせないためになら、なんだって出来る)




 この感情に名前が付くのなら、レオナルドがくれる想いと同じ名だ。






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