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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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330 届かない祈り

※昨日も更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。




【第5部6章】




(……どうしよう)


 屋敷の地下、美しい礼拝堂の中に蹲り、『フランチェスカ』は耳を塞いでいた。


(失敗してしまった。クレスターニさまのお役に立てなかった。記憶を取り戻しておいでって、そう命令を授けてくださったのに……!!)


 つい先ほど、クレスターニの執務室で、彼の前に立ったときのことを思い出す。


『やっぱり上手に出来なかったんだな。フランチェスカ』

『あ…………』


 神にも等しい存在は、フランチェスカの父と同じ色の瞳をこちらに向けて、甘い声で優しくフランチェスカを叱る。


『レオナルドに会えば、君から不自然に欠けた記憶が戻ると信じたんだが』


 この人を失望させてしまった。

 言外にそのことが伝わってきて、『フランチェスカ』は息を呑む。


『君に掛かっている洗脳は、本来のスキルから歪んでいる。……歪んだ洗脳状態においては、記憶の欠如という不具合が起き、俺に君の秘密が明かされない』

『…………っ』

『本来の、記憶を保持しているらしい君に話させようとすると、人格がこの状態に切り替わるんだものな。なるほど、君にとって都合の良いスキルに変質させられたものだ』


 クレスターニの笑顔は穏やかなのに、体の震えが止まらない。


『も……申し訳、ありません。クレスターニさま』

『いいや』


 クレスターニはそっと苦笑して、フランチェスカを見下ろした。


『君にとって難しいことを頼んでしまった、俺が悪いよ』

『…………っ』


 許しを授かったはずなのに、どうしてこんなにも怖いのだろう。

 見放されるという恐怖心が、『フランチェスカ』の内側に張り付いた。クレスターニは、それすら見透かしているような笑みのまま、フランチェスカの頭を撫でる。


『この屋敷で守り、大事にし続けるべき君を、安易に外に出してしまった。その所為で、怖い思いをしたんだろう? ……可哀想に』


 クレスターニはフランチェスカから離れ、執務室の扉へと向かった。


『ルチアーノが眠ってしまって起きないらしいな。君は何か知っているか?』

『いいえ、何も……あ、あの、クレスターニさま!』


 クレスターニは振り返ると、扉を開けて手で示す。


『部屋に戻って、ゆっくりおやすみ。――今夜は君の母の悪夢を、見ないといいな』

『…………っ!!』


 それから自分の寝室には戻らず、『フランチェスカ』は地下に向かって、礼拝堂に座り込んでいた。


(ごめんなさい。クレスターニさま)


 祈りを捧げる像はここにない。

 空虚な祭壇の前で項垂れて、フランチェスカはまだ耳を塞いでいる。


(ごめんなさい)

『フランチェスカが生まれて来なければ、母君は死なずに済んだのにな』


 クレスターニは、フランチェスカを心から心配してくれる。


『他の人間に打ち明けても、薄い言葉を吐かれるだけだろ? 母親が死んだのは、娘の君の所為じゃないって。……そんな嘘、聞かされたって辛いだけなのに』

(ごめんなさい。ママ)


 押し潰されそうになる不安な気持ちを、クレスターニだけが理解してくれた。


『君の大罪は俺が許すよ。フランチェスカ』

(クレスターニさま……)


 ぎゅうっと体を縮こまらせて、強く目を閉じる。


(クレスターニさまの役に立たなくちゃ。……だって、私のしてきた悪いことは、全部あのお方が許してくださる……!!)


 そうすれば、『フランチェスカ』は救われる。

 許されるためには、贖わなければならないのだ。そんなのは当たり前のことなのに、どうして頭が割れそうに痛いのだろう。


『フランチェスカ』


 頭の中に響いたのは、クレスターニとは少しだけ違う声だ。


『――君は、なんの罪すら犯していない』


 金色の瞳を持つ男の子は、フランチェスカを見据えてこう言った。


『君の大切な人は、誰ひとりそんな風に思っていないよ』


 クレスターニと同質のまなざしで、まったく反対のことを告げられる。

 あの瞬間を思い出し、フランチェスカは泣きたくなってしまった。


『君が生まれて来てくれたことで、幸福になった人しかいない』

(……そんなのは、嘘……)

『君の罪は、何もかも俺が、存在しないと証明するから』


 離れた場所で、礼拝堂の扉が開く音がする。


『苦しまなくていい』


 フランチェスカは顔を上げ、ゆっくりとそちらを振り返った。


『君は、君を愛する者たちに願われて、ただ幸せに生きてゆく』


 姿を見せたのは、クレスターニではない。

 どこか近しい空気を持って、それでも明白に異なる想いを持つ、フランチェスカと同じ年の青年だ。


『そうならない世界なんか、俺が壊すよ』


 短く切られてふわふわと毛先の跳ねた、吸い込まれそうな漆黒の髪。それと相反する、陶器のような白い肌。

 長くくっきりした睫毛に、通った鼻筋、酷薄そうなくちびる。


 それから、フランチェスカが選んで彼に贈った、その髪と同じ黒の耳飾り。


「……レオナルド……」


 こちらに歩いてくる彼は、たとえこんな状況であろうとも、呆然とするほどに美しい。


「フランチェスカ」

「……っ、来ないで……!!」


 満月をそのまま象ったような、金色の瞳がこちらを見る。


「君のことを、迎えに来た」

「!」


 レオナルドの纏う香水は、クレスターニとは違った甘いムスクの香りだ。その香りを傍に感じると、どうしてかまた泣きそうになるのだった。


「……今度こそ、俺と帰ろう」

「嫌……!!」


 はっきりと言葉にした裏側で、別の思考が揺らぎ始める。


(……どうして『私』は、レオナルドを拒むの……?)


 そんな疑問が、頭の中に浮かんで来たのだ。


「私はそんなこと望んでない。クレスターニさまのお傍に居るの、放っておいて……!」

(本当にそれが、私の願い?)


 クレスターニの傍らで、レオナルドの敵になることを選んだ自分を、他人のように見詰めてしまう。


「あなたもパパも、みんな、嘘ばかり」

(……ふたりは、嘘なんて、ついたかな……)


 レオナルドが、座り込んだ『フランチェスカ』の前で立ち止まった。彼を強く睨んだまま、嫌な言葉がいくつも溢れる。


「私を大事にするふりで。本当は、どうでも良いくせに……! 言ったでしょう!? 私は、平凡な人生を望んでいるの……!!」


 何度も口にしたはずの願いが、どうして上滑りするのだろう。


(……やめて)


 心の中で、思わずそんなことを唱えていた。


「私が大事? だったら叶えて。あなたたち悪党から、解放してよ」

(駄目。私の声で、レオナルドに嘘をつかないで)

「裏社会の人同士が起こす問題に、どうして私のことを巻き込むの!?」

(そんなこと、願ったことなんて一度もない……!!)


 叫びたいのに、自由に動くことなど出来なかった。

 レオナルドを拒む言葉も、父を傷付けるような言葉も、口にすらしたくなかったのに。それでもすべてがままならず、途方に暮れたそのときだ。


「――フランチェスカは、そんなことを望まない」

「…………!」


 レオナルドの言葉に、息を呑む。


「だって俺は、知っている」

「レオナルド……?」


 ほとんど呟くような声音で、フランチェスカは彼を呼んだ。

 月の瞳でこちらを見据え、レオナルドは優しい声で言う。


「君が望む『運命』は、自分ひとりが平穏で、平凡な幸せの中で生きられる世界じゃない」

「!」


 そう告げて、まるで跪くように片膝をついた。


「自分の選択で救えるもの、すべてを巻き込んで『光』へと進む。どんな悪党だろうと、絶対に見捨てないのがフランチェスカだ」


 その手が、フランチェスカの頬に触れる。

 賢者の書架でも、セレーナ家の跡地に建った教会でも、この男の子に抱き締められた。それなのに、触れられたのは久し振りのような気がして、心地良い温かさに戸惑ってしまう。


「俺の愛おしい、フランチェスカ」

「…………!!」


 レオナルドは、いつもフランチェスカを助けてくれた。


「戻っておいで。――君が、大切だ」


挿絵(By みてみん)


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◆ドラマCDキャストの皆さま◆


【悪党一家の愛娘】フランチェスカ: 戸松遥さん

【極悪非道の婚約者】レオナルド: 内田雄馬さん

【忠臣義士の番犬従者】グラツィアーノ: 大塚剛央さん

【継往開来の風紀委員】リカルド:梅原裕一郎さん

【狷介孤高の同級生】ダヴィード:松岡禎丞さん

【過保護な冷徹パパ】エヴァルト: 浪川大輔さん

【少年国王】ルカ:釘宮理恵さん

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― 新着の感想 ―
レオナルドがちゃんとフランチェスカの事分かってて良かった。じゃなきゃ、2人はどんどん離れていってフランチェスカは一生このままだもんね。
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