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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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325 運命の約束


『あのね、エヴァルト』


 セラフィーナはぽすっとエヴァルトに身を預け、とある事柄を切り出してくる。


『あなたはきっと、フランチェスカを大切に育ててくれるって分かってる。だけどもうひとつ、約束をしてほしいの』

『約束?』


 セラフィーナはひとつ頷いて、こう言った。


『これから先の未来で、フランチェスカを取り巻く子供たち。その子たちのことも、どうか一緒に気に掛けてあげて』

『セラフィーナ』

『先に生まれたリカルド君や、これから生まれるソフィアの弟か妹。私の所為で巻き込んでしまったロンバルディの子供たちも、それから……』


 エヴァルトの指に指を絡めて、セラフィーナは目を閉じる。


『レオナルド君もよ。特にこの子は、私たちの未来の息子になるんだもの』


 その願いに、エヴァルトの胸がざわついた。


『……どうしたんだ?』


 出産を間近に控えており、不安が募っているのだろうか。

 その物言いは、まるで不在を託すかのようだ。アルディーニ家の夫人が臥せっていることを、勘付かせてしまったのかもしれない。


『なんでもないわ』


 その声音は、自分に言い聞かせるようでもある。


『幸せだから、未来の約束を増やしたかっただけ。……それだけなの』

『…………』

『きゃ!』


 そのまま柔らかく抱き締めると、セラフィーナは驚いた様子のあと、溶けるような笑みを浮かべてこう言った。


『ありがとう。……大好きよ、私のエヴァルト!』



 セラフィーナが、『裏切り者の聖女』として命を狙われたのは、その翌日のことである。




***




『……セラフィーナ!!』

『……ごめん、なさい……』


 夥しい血が溢れる中、屋敷の門前に蹲ったセラフィーナは、両手で必死に腹部を守っていた。


『ごめんなさい。……エヴァルト、ごめんなさい、フランチェスカ……』

『話すな……!』


 彼女が襲撃者に撃たれたのは、心臓に近い左の肩口だった。

 すぐさま致命傷になる負傷ではない。ただし、あまりにも出血が多すぎる。エヴァルトは傷口を手のひらで押さえながら、セラフィーナに向けて何度もこう告げた。


『しっかりしろ、大丈夫だ。傷を塞がせる、待っていろ』


 治癒スキルを持った人間なら、屋敷に何人も抱えている。安心させるために呼び掛けながらも、状況のまずさは理解していた。


(母親がこれほどの血を流せば、赤子は……)


 スキルで傷は塞がっても、流れ出た血液が補える訳ではない。胎内で守られる子供にとって、それがどれだけの危機を意味するだろう。

 それと同時にセラフィーナの命も、傷の治癒だけでは維持できない。子供を身籠もっている状況下で、どれほどの手段が取れるだろうか。


『私の、所為で……』

『違う』


 セラフィーナが呼吸をする度に、傷口から新しい血が溢れる。


(セラフィーナは聖樹浄化のスキルを失った。それを信じなかった聖樹の管理者が、隣国からセラフィーナを追ってくるとは……)


 セラフィーナが聖樹育成の試みを放棄し、裏切ってファレンツィオーネに逃げたのだと、そんな妄執に駆られたらしい。

 すでに息絶えたその愚者によって、妻と子の命が奪われようとしているのだ。


『エヴァルト。……エヴァルト……』

『ここにいる』


 治癒スキルを持った構成員たちが駆け付ける中、エヴァルトはセラフィーナの手を握った。

 いくつもの光が迸るものの、深い傷はそれだけでは塞がらない。何人もの人間がスキルを重ねるが、セラフィーナの指先は、どんどん白く染まってゆく。


『当主、王城医務室への転移準備を。血液増幅のスキルを持つ医者が……!!』

『頼む』


 部下に指示を出しながらも、絶望的であることを知っていた。その医者はここ数日、アルディーニ当主の妻を救命するために、スキルを使用し続けているのだ。


(このままでは、セラフィーナと赤子は……)


 最悪の事態が過ぎった、そのときだった。


『……あなたは』


 セラフィーナの指が、弱々しい力で握り返してくる。


『私のことを、ぜったいに、守ってくれる?』

『……当たり前だ……』


 それならば、目の前の現状はなんだろうか。

 矛盾をしていると分かっていても、否とは答えられなかった。ただただ縋るような心情で、セラフィーナの手を握り込む。


『よかった。……それ、なら』


 セラフィーナは、そのくちびるを微笑みに綻ばせた。


『私のそんな運命を、この子にあげる』

『……セラフィーナ……?』


 エヴァルトと固く結んだ手を、そのまま腹部に押し当てる。

 妻が何をしようとしているのか、エヴァルトはようやく気が付いた。


『ファレンツィオーネの剣。世界最強の剣聖である、私の夫……』

『……やめろ』

『これからは、この子を、守ってあげてね』


 我が子に向けた祝福の言葉が、エヴァルトにとっては絶望に響く。




『……フランチェスカ。私たちの、大切な……』

『やめてくれ、セラフィーナ!』




 次の瞬間、出会った日に見たものと同じ光が、彼女の手の中で瞬いた。


『…………っ』


 同時に、エヴァルトのくちびるへ押し当てられたのは、血の気の失せたくちびるだ。

『運命変化』のスキルを使った反動に、いまのセラフィーナが耐えられるはずもない。それでも、冷たいキスを交わした後、セラフィーナは淡く笑っていた。


 世界で一番美しい微笑みは、今もなお鮮やかなままだ。



***




 あれから十七年の月日が経ってすら、すべてが色褪せることはない。


「……私は妻を、守れなかった」

「…………」


『数日前に生まれた』と聞いていたはずの赤子は、今やアルディーニ家の当主になっている。


 当然ながら、出来事のすべてを仔細に話した訳ではない。たとえば、王室の医者が彼の母親を診ていたことなども、エヴァルトの胸の中だけに留めたことだ。


 それでも長くなってしまった話を、アルディーニは黙って聞いていた。

 その上で、ぽつりとこう呟く。


「……それが、フランチェスカの母君の最期」

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― 新着の感想 ―
そうだったんだ。フランチェスカはパパの反対を無視したママのスキルのおかげで助かったんだね。てっきり出産中に命を落としたんだと思い込んでたけど、そうじゃなくてセラフィーナはフランチェスカのママはフランチ…
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