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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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322 運命の聖女

 マッチを擦って火をつけると、深く吸うことで肺を満たす。フランチェスカが連れられて以降、目に見えて本数が増えたとグラツィアーノが案じていたが、エヴァルトにも当然自覚はあった。


「……あなたは」

「?」


 エヴァルトが煙を吐き切るのを待たず、アルディーニはこう続ける。


「娘の為に、俺を都合よく使い捨てるべきだ。休息など、悠長な指示をしている場合ではないでしょう」

「フランチェスカの幸福を願うのであれば、あの子の大切な人間も尊重しなければならない」

「…………」


 そのことを、アルディーニ自身も理解しているはずだ。


「お前の言葉が、フランチェスカの洗脳を解く可能性がある。そのことは、先ほどの光景を見て理解した。――その鍵は、母親の死に伴うフランチェスカの罪悪感を、晴らすことかもしれないという点も」

「だったら尚更、さっさと教えてもらえませんか」

「言っただろう。私の妻と娘、それぞれに交わした約束があると」


 聖夜の儀式のリハーサルで、フランチェスカを久し振りに背負って帰る際、こんな風にねだられた。


『パパがママと結婚するまでのお話を、今度はその子にも、聞かせてあげてほしいな』

「これから話すのは、私と妻の話だ。……ただし」


 紫煙の苦みに眉根を寄せながら、エヴァルトは切り出す。


「フランチェスカには伝えたことのない真実を、お前に話す。『アルディーニ』」

「…………」



***




 運命の日、当時十六歳だったエヴァルトは、腹から夥しい血を流していた。

 撃たれた場所は他にもある。右脚と、左の肩口だ。土砂降りの雨の中、とある馬車を庇って転落したのは、死角の多い崖の下だった。


『……隣国の「聖女」奪取を阻止することが、我らの国王陛下より賜った命令だ』


 地面に広がる血を眺めながら、カルヴィーノ家当主である父の言葉を思い出す。


『同盟国に裏切り者がいる。隣国の「聖女」はどうやら、その国に身柄を狙われているのだ。隣国から我が国に援軍の要請が入り、当家がその栄誉ある任務を遂行することとなった』


 聖女とは、随分大仰な呼び名だった。

 教団にも、そんな役職を持つ者は存在しない。それは隣国ヴェントリカントが独自に付けた、とある女性の肩書きだという。


『エヴァルトよ。陛下への忠誠、その命をもって示せ。――たとえ死ぬことになろうとも、ご期待に背くな』

『……は。父上』


 結果として、『聖女』と呼ばれた女性を乗せた馬車は、壮絶な襲撃に遭ったのである。

 隣国側の兵は、思った以上に統率が取れていなかった。王室や貴族家の間のしがらみ、教団との軋轢によるものだと聞いてはいたが、このままでは聖女を守り切れない。


(敵の狙いは彼女の誘拐、あるいは殺害だ。他国に『聖女』を誕生させるくらいなら、脅威となる前に殺す気でいる)


 エヴァルトはそう判断し、戦略を単騎突破に切り替えた。

『剣聖』のスキルが使用不可となり、残るふたつのスキルも使い切って、残る盾は自分の体しかない。そう考えて吊り橋の前でひとり留まり、一台の馬車だけを逃したのだ。


 こうすることで、命令を守れる。


(恐らくは、このまま死ぬだろうが……)


 実際のところ、本当は全てがどうでもよかった。

 カルヴィーノの次期当主として、さまざまな期待が注がれる。しかし、エヴァルトが『忠臣』として完璧に振る舞えるのは、こなすことが出来たからというだけの理由だ。


 命じられた通りに生き、家の意向に沿って王に仕え、やがて命令を果たして死ぬ。

 こんなものを、忠誠と呼ぶはずもない。だが、幼い頃から赤い血溜まりの中で生きてきたエヴァルトには、そうした人生さえも色のないものに思えていた。


 そんなとき、彼女に命を救われたのだ。


『――見付けた!!』

『!』


 死に掛けたエヴァルトの前に現れたのは、美しいひとりの女性だった。

 甘そうな紅茶の色の長い髪に、赤い瞳。その赤は、エヴァルトの髪色と同じ色のはずなのに、見たこともないような鮮烈さを感じさせた。


『君は……』


 土砂降りの中、蹲ったエヴァルトを見下ろす彼女に、信じられない気持ちになる。


『逃したはずだ。「聖女」が何故、ここに……?』

『決まっているわ』


 その髪もドレスも雨に濡らし、瞳に強い光を灯らせて、聖女と名付けられた女性は言った。


『私の剣士。――あなたのことを、助けに来たの』

『……!』


 守護対象として紹介されたときから、奇妙な令嬢だとは思っていた。

 表情を動かさないエヴァルトを見て、『殺し屋みたいな怖い顔ね』と言った割には、エヴァルトに菓子を差し出して笑う。


 自分が命を狙われているというのに、前後を走る他の馬車のことを心配して、逃すため囮になろうとした。

 エヴァルトがひとり残る判断をしていなければ、彼女は間違いなく、今頃生きてはいなかっただろう。


『ごめんなさい。私があなたを、巻き込んだ』

『……早く逃げろ。君の世話係にも裏切り者がいる、すぐに新たな追っ手が来る……』

『……あなた、この傷……』


 血とは無縁に生きてきた令嬢も、出血の多さを察したのだろう。


『もう、助からない』


 ただでさえ血を流しすぎた上、この雨で体温が低下している。受け身によって骨は無事でも、この崖を登ることは難しい。


『私はここで死ぬ。それで構わない、分かったら……』

『……いいえ』


 女性はひとつ呼吸をして、エヴァルトの手を強く握り込んだ。


『――あなたの運命は、私が変える』

『…………?』


 そうして溢れ出した光と共に、『聖女』は美しく笑ったのである。


『……これ、は……』


 その日から、聖女セラフィーナの存在は、エヴァルトの運命のすべてを変えた。




***




『……私の持っているスキルのうち、変わっているものはふたつかしら』


 数日後、高熱を出したままのセラフィーナは、寝台の中でそう笑った。



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― 新着の感想 ―
フランチェスカちゃんって、やっぱりお母さんと似てるんだなあ...。自分の身を顧みず周囲の人を助けようとするところとか、どんな状況でも最善を目指して自ら行動するところとか、重なる部分がいっぱいあるなと思…
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