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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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318 愛と祈り

 エヴァルトの足元に伏したのは、フランチェスカがけしかけたことで負傷した、神父や司祭だ。彼らは洗脳されているだけで、決して悪人ではない。

 娘がこの状況を作り出している事実は、エヴァルトにとって耐え難いものだろう。


「こうすることで傷付くのは、お前自身で……」

「どうしたの? パパ」


 フランチェスカの声に、エヴァルトが言葉を止める。


「大事に育ててきた愛娘が、パパの知らない一面を見せているだけで、そんなに嫌なんだ」


 父親とまったく同じ色をした瞳が、冷たさを帯びて眇められた。


「赤ちゃんの頃の私すら、知らないパパが?」

「……!」


 エヴァルトが、フランチェスカの言葉に息を呑む。


「私、大聖堂の地下で幻聴を聴いたよ。昔パパに言われた酷いこと、思い出しちゃった」

「フランチェスカ……」

「パパに嫌われていたときの夢を、今もまだ見る。でも、仕方ないよね」


 そうしてフランチェスカは、寂しそうな微笑みを作るのだ。


「ママが死んだのは、私の所為だから」

「…………っ」

(……まずいな)


 周囲の殺気に気を配りながら、レオナルドはエヴァルトに声を投げる。


「お父君、彼女の言葉を聞き入れては駄目です。それは意味のない音の羅列、あなたを惑わせるための攻撃だ」

「……違う。これは紛れもなく、フランチェスカ自身の言葉……」

「だが、今は洗脳されている」


 そう言い切ったレオナルドを、エヴァルトが強く睨み付ける。それはまさに、子を守ろうとする親の殺気だった。


「たとえ洗脳されていようと、フランチェスカは私の娘だ」

(……俺がセレーナに撃たれそうになったとき、父さんも同じまなざしをしていた)


 父の殺気に触れたのは、あのときのただ一度きりだ。


(これが、父親というものか)


 洗脳された娘が、どれほど普段と異なる振る舞いをしていようとも、絶対に受け入れてしまうのだ。


(自分の子供がどのように変わろうと、どんな選択をしようとも、変わらない想いを注いで止まない。……それも、深い愛情の形なんだろう)


 その感情を知ることはなくとも、理解に近いものを抱くことは出来る。

 だからこそレオナルドは、エヴァルトとは異なる選択をするのだ。


「……あなたを傷付けるために選ばれた言葉を、フランチェスカの言葉と受け取るな」

「!」


 フランチェスカが最も悲しむのは、父親に娘として大切にされないことではない。

 母の死を、自分の所為にされることでもない。彼女のやさしさが何処にあるのか、この男の方が知っているはずだろう。


「フランチェスカなら、あなたを否定する言葉の選択はしない。こんな風に洗脳された彼女を、フランチェスカと同一視することすら論外だ」

「アルディーニ……」

「フランチェスカの魂は、洗脳されても、生まれ変わってすらも穢れない。そうだろう?」


 レオナルドは、真っ直ぐにフランチェスカのことを見据える。


「――俺の愛おしい、フランチェスカ」

「……何を、勝手に……」


 フランチェスカが、レオナルドのことを悔しそうに睨む。


「変なことを言わないで。私はクレスターニさまの物になったからこそ、本物なの」

「有り得ない。フランチェスカの美しい本質は、『お前』の中にはない」

「クレスターニさまが全部正しい……!! あのお方は、私を、許してくださって……」

「許す?」


 本当に、このフランチェスカは訳の分からないことを言う。


「そんな必要はないだろう。だって」


 不快な頭の痛みを押し殺しながら、レオナルドは笑った。


「君は、なんの罪すら犯していない」

「…………っ」


 フランチェスカなら、自分以外のすべてにそう告げる。


「私、は……」


 顔を顰めたフランチェスカが、両手で強く耳を塞いだ。


(いつだって、自分が犠牲になることを厭わない、優しい優しいフランチェスカ)


 レオナルドの知るフランチェスカは、他人のために命を投げ出すようなことを、平気で選ぶ女の子だ。

 フランチェスカの耳元には、レオナルドの贈った耳飾りのうち、彼女を示す赤薔薇だけが砕けている。


「私は、悪い人間で」

(君の行動の奥底には、確かな罪悪感が存在する)


 前世のフランチェスカが死んだのは、祖父を庇ってのことらしい。

 つまりはきっと前世から、何かを懺悔し続けている。直接聞いたことはないが、彼女が祖父に育てられていたことからも、両親の死に理由があるのだろう。


「……だって、ママを……」

(クレスターニは、それを揺さぶったのか)


 体の傷は存在しなくとも、害されたことに変わりはない。

 あの男は、やはり我々の敵なのだ。


「フランチェスカ、お前の所為ではない。あれは……!!」


 レオナルドは、エヴァルトの言葉を視線で制した。

 その上で、彼女に向かって呼び掛ける。


「『フランチェスカ』」


 いまのフランチェスカは、これまでに見て来た洗脳対象者が、それを打ち破ろうとしている様子を思わせた。


「君は、悪党なんかじゃないよ」

「……嘘」


 確かにレオナルドは嘘吐きだ。

 だが、フランチェスカに向ける想いのすべてに、ひとつも嘘はないと言い切れる。


「君の母親が死んだのは、君の所為じゃない」

「違う、私の所為……!」


 フランチェスカが首を横に振る。レオナルドは一歩踏み出して、彼女にそっと手を伸べた。


「私が居なければ、ママは今でも、パパの傍で……」


 結界はレオナルドを拒まない。

 レオナルドは、フランチェスカに微笑んで告げた。


「君の大切な人は、誰ひとりそんな風に思っていない」

「…………っ」


 エヴァルトだけではない。

 きっと彼女の亡くなった母、前世の両親や祖父だって、フランチェスカを責めた者はいないのだ。


「君が生まれて来てくれたことで、幸福になった人しかいない」

「そんなの、有り得ない……!!」

「君の罪は、何もかも存在しないと、俺が証明するから」


 彼女の震える肩に触れて、奥底の魂にこう告げる。


「苦しまなくていい。君は、君を愛する者たちに願われて、ただ幸せに生きてゆく」

「……わたし……」

「そうならない世界なんか、俺が壊すよ」


 レオナルドはやはり、フランチェスカに想いを囁くたび、何かに祈りたいような気持ちになる。


「愛している」

「…………っ」


 誓いを立てて、その華奢な体を抱き締めた。


「だからどうか」


 薔薇の飾りが揺れる小さな耳へ、レオナルドはひとつ願いを紡ぐ。


「君自身の想いで、ちゃんと俺の名前を呼んで」

「…………」


 フランチェスカが、僅かに息を呑んだ気配がした。

 これは、まだフランチェスカに出会ったばかりの暖かな春に、初めてレオナルドが望んだことである。



「――俺が名前を呼んで欲しいのは、世界でただひとり『君』だけだ」



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