表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

320/342

316 人形と薔薇


「…………」

「セレーナの一族が絶えたあと、ここは王家の所有地となりました」


 レオナルドは、にこやかなままで門を潜る。

 教会は既に閉所の時間で、礼拝者の出入りはない。中庭を経由して聖堂に向かう造りになっているが、雪についた足跡もまばらだった。


「セレーナ領がその後どうなったのか、俺たちの意識からは抜け落ちていた。この教会は王都の一部として、当たり前に機能を続けていたようです」


 いつかの日、兄と話したことを思い出す。


『にいさん。きょうは、セレーナの屋敷で遊ぶんじゃなかったの』

『国王陛下のご訪問が決まったそうで、中止になったんだ。いつもの別荘も、使用人が割けないから駄目だって』

『ふうん……』


 子供だったレオナルドは、あまりセレーナの家が好きではなかった。

 それに比べれば、ロンバルディの図書室の方がずっと良い。そんなことを口には出さず、黙って兄に頭を撫でられる。そんなレオナルドの視線の先に、ひとりの少年が存在していた。


 その少年も、やがて十歳になったレオナルドが、ちゃんと殺したはずだったのに。


「……フランチェスカは、ここに居るのか」


 エヴァルトの問いに、レオナルドは首を横に振る。


「今はまだ」

「ならば」


 深い溜め息をついたエヴァルトが、銀色の筒を取り出した。

 その中に吸い殻を放り込むと、ぱちん、と音を立てて閉ざす。


「――まずは、ここに居る連中を片付けるぞ」

「…………」


 中庭を囲む回廊の、柱の影がゆらりと揺れた。

 歩み出てきたのは、虚ろな目をした聖職者たちだ。一様に貼り付けたような薄笑みを浮かべ、レオナルドたちを取り囲む。


「二十人。さくっと殺せれば楽ですけど……」

「馬鹿を言うな。フランチェスカの意に反する」

「ははっ」


 分かりきった応酬を遮って、頭上にいくつもの光が瞬く。

 直後、そこから具現化した火の槍が、こちらへ降り注いできた。


 レオナルドは笑って右手を翳し、炎のスキルを使用する。吹き上がった炎が大蛇となって、槍を一瞬で消し炭にした。

 その攻撃を掻い潜るかのように、別の神父がスキルを放つ。


「死ね……!」


 こうした洗脳中でもなければ、聖職者からは聞けない暴言だろう。レオナルドは笑い、放たれた光弾を土壁で弾く。

 直後、隆起した地面を踏み台にして、エヴァルトが敵の中に飛び込んだ。


「が……っ!!」


 スキル『剣聖』によって操られた剣先が、洗脳された神父の腹にめり込む。鞘から刃は抜かないまま、的確な一撃と共に失神させて、エヴァルトはレオナルドにこう告げた。


「拘束しろ」

「はいはい」


 ぱきん! と高い音を立てて、中庭の一角が凍り付く。レオナルドが、十人ほどを一気に氷の枷で留めるのと入れ違いに、別の神父が指を鳴らした。

 途端、敵の不快な音が空気を揺るがす。


「!」

「うるさ……」


 レオナルドは自身の両耳を塞ぐと、靴の踵をとんっと鳴らして後ろに退いた。防護用の土壁が崩れ落ちると同時、それを死角に飛び出した蔦が、他の数人を絡めとる。


「お義父さま。右手前方」

「分かっている」


 一発、二発、三発と、神父たちの銃声が辺りに鳴り響いた。けれどもそれはすべて外れ、エヴァルトの振り下ろした剣によって、敵がまたひとり地面に伏す。


(俺が持っているスキルの大半は、殺傷力が高すぎるものばかりだ)


 神父たちとの戦闘に対処しながら、レオナルドは目を眇めた。


(フランチェスカの信条に反さないスキルとなると、使えるものは限られる。……カルヴィーノに戦闘の大半を預けられるのは、都合が良い)


 それでも恐らく、エヴァルトは勘付いているだろう。

 レオナルドのスキルが、到底三つに収まっていないことや、部下のスキルを使わせている訳ではないこと。複合型スキルなどではなく、四種類以上の異なるスキルを使用していること。


(この世界の人間は、たとえ王族であろうとも、最大三つまでのスキルしか生まれ持たない)


『死体からスキルを奪うスキル』を持つレオナルドは、そんな世界の原則からすれば、異常とも呼べる存在だ。


(俺が明らかにおかしいと気付いているのに、指摘してこないのは……自分の娘が、同じように『世界における例外』スキルを持っているからか)


 フランチェスカ自身は、恐らく今でも自覚していない。

 彼女のスキルは、他者のスキルに影響を与えるものだ。スキルの強さは生まれ持ったものから変わらないという、この世界に原則に干渉している。


 しかし、フランチェスカのスキルには『もうひとつ』、この世界の法則から外れている点があった。


(……本当に、この世界は忌々しく出来ている)

「アルディーニ」


 レオナルドは返事をする代わりに、スキルの使用でエヴァルトに応えた。雷鳴と共に、神父たちの間へ閃光が走る。


「ぐああっ!!」


 それと同時、エヴァルトが右手に剣を構えたまま、左手で外套の中の銃を抜いた。

 レオナルドに襲い掛かろうとしていた神父たちの、その足を淡々と撃ち抜いてゆく。スキルとは別の腕前を知っていたレオナルドは、わざと明るく笑った。


「さすが。フランチェスカの射撃の技術は、あなた譲りだ」

「自分を守る手段を教えるのは、親の義務だからな」

「はは。ノーコメント!」


 その守り方は少々ずれていると思うが、束縛めいたスキルでフランチェスカを囲うレオナルドも、正常だとは言えないのだろう。洗脳された人間たちとの戦いの中で、レオナルドはつくづく実感する。


(俺たち『裏』の人間は、人を愛すときも何処かおかしい)


 挙げ句の果てに、こうして奪われている始末だ。自嘲の笑みを浮かべながら、生まれる痛みを抑え込んだ。


(……ああ、くそ)


 頭の奥が、ぐちゃぐちゃに擦り潰されているような感覚がある。


(煩わしいな)


 ダヴィードのスキルを受けた代償と、フランチェスカに施したスキルの長期使用。戦闘によるスキルの多発と、単純な休息不足。それらの負荷が、レオナルドに警告を向け続けていた。


(……フランチェスカの為ならば、壊れてもいい)


 はっと短く息を吐き、レオナルドは目を閉じる。

 次の瞬間、ひとつの気配が生まれたことを察知して、弾かれたように振り返った。


「――――……」

「アルディーニ! 余所見を……」


 エヴァルトが、レオナルドと同じく聖堂を見上げる。彼が息を呑む気配を感じながら、レオナルドは静かに目を眇めた。


「……あーあ」


 転移スキルによって生じた光が、残滓となって夕暮れへと溶けてゆく。

 聖堂の前に現れた人影は、レオナルドが知らないドレスを纏っていた。黒い裾をふわりと揺らし、同じ色の靴で雪に跡をつけて、こちらにゆっくりと歩いてくる。


「神父さまたち、動けなくなっちゃった。全部、ふたりが壊したの?」


 その声は、冷たい響きを帯びていた。


「わあ、すごい、ちゃんと生きてる。だけどクレスターニさまのお人形なのに、勝手に遊んで駄目にしちゃうなんて……」


 空を映した水色の瞳も、薔薇の妖精のような美しい髪も、レオナルドの愛おしい女の子そのものだ。

 けれども明確に違うのだと、その表情でよく分かる。


「あなたたち、やっぱり悪い人なんだ」

「――フランチェスカ」



 洗脳された『フランチェスカ』が、妖艶さを帯びた微笑みを浮かべた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ここからどうなる?展開が気になる!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ