314 パパとママ
「……嫌……」
拒絶の言葉を紡いでも、クレスターニは軽薄に笑うだけだ。
「我が儘を言っても可愛いな。……だが、簡単な質問だよ」
「いや。やめて……!」
低くて優しく、何処か甘さを帯びた声が、こう尋ねてくる。
「大聖堂の地下で、どんな幻聴を聞いた?」
「…………っ」
聖夜の儀式を前にしたあの日、レオナルドとエリゼオと落ちた場所で、聖樹を守る敵からの『攻撃』を受けた。
あのとき耳にしたことを、フランチェスカは思い出す。
「……ママが」
父が聞いたら傷付く事実を、クレスターニなんかに教えたくない。けれど、くちびるが勝手に開かれる。
「ママが、死んだのは、私の所為って……」
抵抗したいのに、抗いきれない。
「……私を責めるパパの声、です」
フランチェスカは、喉を微かに震わせながら、目の前の男をこう呼んだ。
「……クレスターニ、さま……!」
「……良い子だな」
くすっと小さく笑いながら、クレスターニが再びフランチェスカのおとがいを掬う。
「君自身は、どう思う?」
「わたし……」
「君の母親が死んだのは、一体誰が悪いんだろうな?」
世界がゆっくりと揺らぐ中で、フランチェスカは浅く息を吐いた。
「……私の、所為」
「うん」
「私が居なければ、ママは今でも、パパの傍で……」
「うん。……そうだな」
クレスターニの紡ぐ言葉は、フランチェスカをあやすかのようだ。
「……ママだけじゃ、ない……」
「ん?」
「パパもママも、ふたりとも」
『お嬢。あんたの親父さんとお袋さんは……』
泣き出したい気持ちを堪えながら、フランチェスカは口にする。
「『ふたり』のことも、私が死なせた……」
「…………」
頭の中に、ちかちかと光が瞬いた。
「話してごらん。フランチェスカ」
「……っ、嫌……」
「ほら」
耳障りだけは良い声が、懺悔を促す。
「どうやって『両親』を殺したんだ?」
「……う、あ……!」
強い痛みに苛まれ、意識が一段と遠かった。
床に蹲りそうになるものの、クレスターニの手がそれを許さない。
「聞かせてくれ」
「……私が」
あのとき、前世のフランチェスカが耳にしたのは、ずっと隠されていた事実だった。
「赤ちゃんの頃に、熱を出したの」
「そうか。……可哀想に」
前世で亡くした両親も、きっとフランチェスカにそう言った。
「パパとママは、何日も私の看病を、してくれて。寝てなくて」
「優しいご両親だったんだな。それから?」
「それでも夜中に、熱がひどくて……」
生まれて数ヶ月だったフランチェスカに、その頃の記憶は残っていない。こうして頭に浮かんでくるのは、想像が作り上げた光景だ。
「車で病院に、連れて行こうって」
「…………」
前世の両親は、フランチェスカを深く愛してくれていた。
そのことを、最期まで疑ったことはない。こうして生まれ変わった今でも、前世で愛されていたことを知っている。
(だけど)
いいや、だからこそ。
「……私を助けようとした所為で、死なせちゃったの……」
「……あーあ……」
クレスターニが微笑んで、甘やかな声でこう紡ぐ。
「――『親殺し』」
「…………っ」
心臓が、冷たい言葉で縛られた。
「君の所為で、大切な人が死んだんだな」
「……あなたの、仰る、通りです」
くちびるが、クレスターニにこんな返事をする。
「全部、私が……」
生まれて来なければ、きっと死なせずに済んでいた。
(……ごめんなさい)
小さな頃、泣きじゃくって父に告げた謝罪を、もう一度心の中で繰り返す。
(ごめんなさい。前世のパパとママも、今世のママも、私が……!!)
「フランチェスカ」
「!」
そんな思考を、クレスターニの声が堰き止める。
「大丈夫だよ」
「クレスターニさま……?」
フランチェスカの頬に手を添えて、クレスターニはこう紡ぐのだ。
「――君の罪は、何もかも俺が、すべて許そう」
「…………!」
目の前に、眩ゆい光が溢れた気がした。
「あなたが……?」
「ああ」
クレスターニに頷かれて、体の強張りが解けてゆく。
「苦しまなくていい。君は、君を愛する者たちに囲まれて、ただ幸せに生きてゆく」
「……わたし……」
「そんな世界を、俺が与えよう。だから」
フランチェスカの父と同じ水色の瞳が、淡く揺らいだ。
「君がいま話してくれた『世界』のことも、もっと俺に教えてくれないか?」
「――――……」
そうすれば、温かな光の中で生きていける。
そんな予感をいだきながら、フランチェスカはゆっくりとくちびるを開いた。
「私が居た、前の世界は――……」




