312 とても似ている
【第5章4部】
フランチェスカの父エヴァルトは、亡き妻を心から愛している。
『お前を王都に戻したのは、やはり失敗だったようだ。――フランチェスカ』
『……お父さま……』
ゲームのシナリオによれば、母セラフィーナはフランチェスカを産む際に、不慮の事故で命を落としたそうだ。
そのしがらみから、ゲームの父はフランチェスカに冷たく接し、十七歳になるまで自身から遠ざけた。そして王都に戻されてからも、父娘のわだかまりはなかなか解けない。
『国王陛下のご意向に添い、当家は五大ファミリーの秩序を保たねばならない。お前が各ファミリーとの繋がりを得ることは、その均衡を大きく崩すものだ』
『ごめんなさい、お父さま……ですが皆はただ、私を助けてくれただけなのです!』
ゲームのフランチェスカは、父に向かって必死に言い募った。
『この国を破壊しようとする、レオナルドの所業に抗うため……!』
『――――……』
それでも父は、フランチェスカを謹慎させ、カルヴィーノ家の屋敷に軟禁したのだ。
『お父さま……!!』
同じ頃、別軸のシナリオも進行する。
セラノーヴァ、ラニエーリ、ロンバルディの家々は、エヴァルトが国家に反逆しているという疑惑について確かめるべく、カルヴィーノ家の調査を開始することになった。
『……お父さまは、この国を裏切ったりしていないわ』
ゲームのフランチェスカは、心からそう信じて決意する。
『私がその証拠を見付けるの。お父さまを、お助けしなくては……』
***
「…………!!」
夢から覚めたフランチェスカは、慌ててその場に身を起こした。
「っ、ここ……」
どうやら床に倒れていたらしく、体の芯まで冷え切っている。反射的に触れて確かめたのは、レオナルドにもらった耳飾りが無事であることだ。
(よかった)
壊れていないことに安堵しつつ、周囲の様子を見渡した。
「……クレスターニの屋敷の、地下みたい……?」
見上げた先、遙か高い位置に、屋敷の天井が見える。
吹き抜けの底になっているこの場所からは、フランチェスカが飛び降りた四階まで、各階の階段の手摺りが見えた。
フランチェスカが座り込んでいるのは、深緑色をした絨毯の上だ。
廊下の途中が開けた作りになっており、少しだけ広い空間が確保されていて、周囲には本棚や椅子が置かれていた。
(……飛び降りる作戦が、上手く行ったんだ。落ちた先で罰則を受けて気を失ったけど、時間経過で意識が戻ったのかな……)
周囲に誰もいないかを警戒しつつ、恐る恐る立ち上がって様子を見る。
(何処も、痛くない)
そのことに、フランチェスカは息を吐いた。
(レオナルドの結界が、やっぱり私を守ってくれた。どんなときも、何があったって……)
これほどの想いを注がれていると、離れていても実感する。
フランチェスカは目を閉じて、心の中でこう告げた。
(……ありがとう。レオナルド)
だが、のんびり留まってはいられない。
(ここにはまだ誰も来ていないし、新しい『罰則』も下されていないけど、敢えて泳がされてる可能性もある。クレスターニたちに捕まっちゃう前に、ゲーム通りの調査をしないと!)
黒いドレスの裾を払って、これですっかり準備万端だ。フランチェスカは気合を入れて、薄闇に伸びる廊下を歩き始めた。
この地下には窓もない。深緑の絨毯が伸びる廊下の中で、灯りが揺れるだけだ。
(こうやってランプに火が入っているなら、ずっと無人な訳じゃなさそう。急がなきゃ……)
なるべく足音を立てないように、フランチェスカは扉を確かめる。
(……どうしようかな)
意外なことに、今のところはどの部屋も、鍵は掛かっていないようだ。
(全部の部屋を、ひとつずつ見て回る時間はない。思い切って要点を絞らないと)
こんなときにフランチェスカが縋れるものは、ゲームの記憶である。
(ゲームだと、パパの真実が分かる証拠は、夫婦の寝室にあった手記だった。……ママが亡くなってからは、パパがママのために祈るときにしか使われてない……)
クレスターニの屋敷にも、そんな大切な場所があるのだろうか。
フランチェスカはそれぞれの部屋を覗き込みながら、クレスターニが温室で言っていた言葉を思い出す。
(クレスターニも、『大事な人を亡くしたことがある』って、そう言ってた)
あのときは、それについてを聞き返す余裕がなかった。
だが、やはりどうしても気に掛かる。
(クレスターニが、この国や隣国を揺るがすような事件ばかり起こす理由。それは復讐や、大事な人のため?)
これまでの情報に誤りがなければ、クレスターニが『悪事』に手を染め始めたのは、彼がまだ少年だった頃ということになる。
(十歳のレオナルドがクレスターニを追い始めたのも、小さなダヴィードが自分から洗脳されることを選んだのも、家族のためだった。……子供だったクレスターニの動機も、亡くなった『大切な人』っていうのも、家族なのかも……)
確認した部屋の扉を閉めながら、フランチェスカは憂鬱な気持ちになった。
(……嫌だな)
心臓が、嫌な鼓動を刻んでいる。
(……やっぱりレオナルドとクレスターニが、同じ人物みたいに感じられる……)
レオナルドは、どうしてゲームの黒幕とされたのだろう。
(私が、元の世界からゲームに転生したみたいに。ゲームのレオナルドも、この世界に……)
そんな想像をしながら扉を開けた、そのときだった。
「!」
目の前に広がった光景に、フランチェスカは息を呑む。




