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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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310 軽薄な男

***




「――俺の頭を、壊してみてくれないか」

「…………」


 ラニエーリ家の応接室で、ソファーの向かいに座ったアルディーニを、ダヴィードは静かに睨み付けた。


「……どういう了見だ」

「聞こえなかったか? 『試してみたいことがある』」


 右手のソファーでやりとりを見守っている風紀委員は、今のところは何も発言しない。ダヴィードは全てに苛立ちを感じながら、その場から立ち上がる。


「帰れ。あいつの捜索に無関係の話なら、お前に用はねえんだよ」

「ははっ、気が短いな。そんな様子じゃ、ラニエーリ家が信条とする優美さとは程遠い」

「……お前こそ、随分と余裕があるようだな」


 テーブルを蹴り飛ばしてやりたいのを堪え、アルディーニを見下ろした。


「あいつが今どんな苦痛の中にあるのか、お前には想像も付かねえだろ。無駄話をしている時間があるなら……!」

「無駄かどうかは、お前が決めることじゃあないかな」

「ああ!?」

「アルディーニ」


 溜め息をついたセラノーヴァが、ダヴィードの味方のような顔をして言う。


「ダヴィードの苛立ちも当然だ。まずは、俺たちに説明をしろ」


 ここに連れて来られたセラノーヴァも、アルディーニの目的を聞いていないらしい。


「俺はてっきり、ダヴィードの持つ『真実の姿を暴く』スキルで、フランチェスカの洗脳解除を試みるのだと思っていたが。違うのか?」

(そうだ。……洗脳なんざ、俺のスキルで消してやる)


 ぐっと両手を握り締め、甲へ血管が浮くほどに力を込める。


(あいつが俺に教えてくれた能力だ。このスキルに、異常を正常に戻す力があるのなら、洗脳にだって……)

「駄目だ」

「……なに?」


 アルディーニがはっきりと述べた否定に、セラノーヴァが渋面を作った。


「そのスキルを、フランチェスカに使うことは許可しない。フランチェスカに施したスキル防御の結界は、ダヴィードを拒む」

「……てめえ……」


 言いようのない憤りが込み上げてきて、ダヴィードはアルディーニの襟首を掴んだ。


「いい加減にしろ……!! あいつを管理下に置いて、自由にできる支配者にでもなったつもりか!? 誰がお前の許可なんざ必要とした、俺はあいつを……!!」

「ダヴィード、やめておけ!」

「――なんであろうと」


 アルディーニはその顔から微笑みを消し、冷めた表情でダヴィードを見遣った。


「フランチェスカにどう影響するか分からないスキルの使用を、俺が認める訳がないだろ?」

「何を、訳の分からねえことを……」


 反論をしようとしたところで、ダヴィードは顔を顰める。


(……あいつに何か、秘密があるのか?)


 真実の姿を暴くことが、フランチェスカに悪影響を及ぼすとでも言うのだろうか。

 ダヴィードが見てきた限り、彼女は嘘を吐くことが出来ない。大きな秘密や隠し事を抱えているようにすら見えないほど、純粋に透き通った女性のはずだ。


(アルディーニは知っている。俺の知らない何かを)


 アルディーニは、ダヴィードに襟首を掴ませたまま立ち上がると、目線をこちらに合わせて笑った。


「そもそもお前は、洗脳された状態のフランチェスカに会うべきじゃない。ダヴィード」

「あ?」


 ダヴィードの手に、アルディーニが自身の手を重ねる。


「誰かがフランチェスカのために心を痛めれば、フランチェスカ自身がさらに悲しむ」

「…………」

「お前が何を見ても傷付かないなら、本当はもっと楽なんだが」


 アルディーニはわざと揶揄うような口ぶりで、ダヴィードの手を離させた。どうしてかそれに抗う気の起きなかったダヴィードは、代わりに尋ねる。


「……そう言うお前は、洗脳されたあいつを見たんだろ」

「ああ」

「お前の敵になったあいつを。だったらお前こそ――」

「俺は、フランチェスカじゃなくなった彼女には、傷付けられることはないよ」


 言い切って、アルディーニは再び軽薄に笑った。


「だから、この捜索で最前線に立つべきは俺だ。――父親のカルヴィーノでもなければ、お前でもない」

「……ふざけんな……」


 腹の奥底で煮えるのは、やはり痛烈な苛立ちだ。


「アルディーニ。殺気を抱えた状態で、余裕があるふりすら危うくなっているお前が、そうやって全てを被る気か?」

「おい……冷静になれ、ダヴィード」

「俺はガキの頃、自分から望んでクレスターニに洗脳された身だ。言ってみれば『裏切り者』と変わらねえ、本来ならあいつに心配されるような立場ですら無い、分かってんだろ!!」

「ダヴィード!」

「…………っ」


 風紀委員が、静かな声音でこう言った。


「本当は、お前も自覚しているのだろう。フランチェスカを案じるからこそとはいえ……」

(…………くそ)


 客観的な指摘を受けて、それを認められないほど子供ではない。


(分かってる、これは八つ当たりだ。俺がいま一番ムカついているのは、アルディーニやクレスターニ相手にじゃなく……)


 やるべきことは、無力さを嘆くことでも、自暴自棄な怒りを振り撒くことでもない。


「…………アルディーニ」


 ダヴィードはソファーに腰を下ろし、アルディーニに尋ねた。


「全てを話せとまでは言わねえから、せめて分かるように説明しろ。……俺に、何を望んでいる?」

「真実の姿を暴くスキルだが」


 アルディーニはにこっと笑い、ダヴィードの左胸辺りを指さした。


「フランチェスカへの使用は許可できない一方で、それ以外の人間を使った検証には興味がある」

「……おい。待て」


 アルディーニの言った言葉を思い出して、嫌な予感が湧き上がってくる。


「お前の頭を壊してみろって提案、まさか……」

「恐らくクレスターニは、この国の大多数の人間に記憶操作を施している。そのスキルが掛かっていない状態が『真実の姿』と呼べるなら、お前のスキルによって欠けた記憶が戻る……かもしれない」


 この男にしては曖昧な物言いだ。だからこそ、『検証』と表現したのだろう。

 しかし、安易に頷くことなど出来なかった。


「クレスターニがわざわざ消した記憶だぞ? 他のスキルで補完させることに対して、対策を講じていない訳がねえだろ」

「そうだな。下手に弄った場合、脳がどうなるかは未知数だが」


 アルディーニは、続いて自身の頭を指で示す。


「壊してしまってもいいから、やってみてくれ」

「……お前……」


 本当に、何を考えているのだろうか。

 アルディーニは、軽薄な笑みの中に何処か暗い影を滲ませて、ダヴィードのことを見据えるのだった。




***




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