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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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309 狼の憤り

***




 ラニエーリ家の当主補佐であるダヴィードは、強い苛立ちを抱えていた。


(……今、何処に居る)


 夜の娼婦街は、世界にあるすべての醜い感情を、ひと塗りの煌びやかさで覆い隠した場所だ。

 聞くに耐えない大声の酔客が、嘘という甘い蜜に溺れてゆく。香水と煙草の香りが混じり、笑い声と歓声の混濁する通りの中、何もかも全てが煩わしい。


(どうしてお前が、クレスターニに洗脳されなくちゃならねえんだ)


 脳裏に浮かぶのは、赤い薔薇色の髪を持った少女のことだ。

 彼女がクレスターニ側に落ちたと聞いたとき、焼き付くような怒りと吐き気が湧いた。あの男に乗っ取られるときの苦しみを、ダヴィードは鮮明に覚えている。


(今日で五日目。まともな進展もないままで、夜が来やがった)


 身体中の血管が沸騰しそうなほどの憤りに、舌打ちをした。

 ダヴィードの殺気が漏れ出ているのか、泥酔した男すらもこちらを避けて歩く。そんな中、わざわざダヴィードに声を掛ける者が居た。


「あら。ダヴィード坊や」

「…………」


 近付いてきたのは、夜風に泳ぐドレスを纏い、その上に毛皮を着込んだ女だ。


「この所よく見掛けるわね。ひょっとして、ここにお気に入りの女の子でも出来たのかしら?」

「有り得ねえ。俺はただ、姉貴を商談に送って来ただけだ」

「怖あい。せっかくの男前なのに、そんな顔をしていたら台無しよ?」


 くちびるを薔薇のように赤く塗った彼女は、こちらを見上げて妖艶に笑う。

 その甘い声が、他の誰にも届かない囁きを口にした。


「――赤い『薔薇』は、今夜も売り出されていないみたい」

「…………」


 彼女の危険が報告されなかった事実と、依然として行方は分かっていない現状が、ダヴィードに複雑な心境を生み出す。


「館でスープでも飲んで行く?」

「いらねえ」

「そ。残念」


 何事もなかったように歩き出したダヴィードのことを、女はもちろん呼び止めない。そんな調子でダヴィードの傍には、更に幾人かが近付いてくる。


「港に着いた大きな船。重い荷物を下ろしたみたい、人買いは関与していなさそうね」

(どんな筋から集めた情報も、あいつの行方には届かない)

「最近様子がおかしいって噂だった伯爵は、大きなご病気が見付かったそうよ。ご乱心の理由はそれだって」

(鑑賞品のように閉じ込めて、何処にも出さないつもりか。……気色悪い真似をしやがって、冗談じゃねえ)

「人探しに特化したスキル持ち、お客さんに当たってみたけど駄目。みんなカルヴィーノ家かアルディーニ家に雇われたんですって、何処かと戦争でもするのかしら?」


 娼婦街の出口まで歩き切ったダヴィードは、煉瓦造りの娼館の壁を強く殴った。


「っ、くそ……」


 数時間前、焦燥に駆られるダヴィードに、姉は言った。


『こういう時こそ格好付けな、しっかりするんだ。……フランチェスカちゃんは絶対に大丈夫、そう信じて行動するしか無いんだよ』

(相手はあの、クレスターニだぞ)


 ダヴィードは、その卑劣さをよく知っている。

 姉のソフィアだって、クレスターニを軽く見ている訳ではない。ダヴィードを冷静にさせるための叱責だと理解しているが、感情が納得を拒むのだ。


(クレスターニに洗脳されて、現実がすべて塗り潰される。何もかもが曖昧になって、自分のことすら信じられないまま、いつまた思考が乗っ取られるかも分からない……あの屈辱と苦痛を、あいつが味わっているのなら)


 どうして自分は、差し違えてでもクレスターニを殺しておかなかったのだろうか。


(こうしていても埒が明かねえ。カルヴィーノ家から姉貴に情報提供依頼が来ている、俺もその線を辿って……)


 深く息を吐き出した、そのときだった。


「――ああ。居た居た」

「!」


 聞こえてきたのは、耳を疑いたくなるほどに普段通りの声音だ。

 軽薄な話し方のようでいて、誰もが耳を傾けてしまう。そうしていつのまにか、すべての言葉を信じてしまいたくなる。


(まるで、洗脳されているみてえに……)


 そんな話術の持ち主が、ダヴィードの前に立っていた。


「情報収集をご苦労だったな。ダヴィード」

「……アルディーニ……」


 アルディーニ家の当主であるその男が、鮮やかな微笑みを浮かべている。

 色街の煌びやかな灯りを背にし、外套のポケットに両手を入れたアルディーニは、白い息を吐き出してこう言った。


「な? リカルド。今の状況なら美術館よりも、ソフィアの仕事場に居るはずだって言っただろ」

「……確かに、お前の言う通りだったと認めよう」

(風紀委員まで……?)


 アルディーニの後ろにいた銀髪は、日頃からダヴィードによく絡んでくる人物だ。ダヴィードが警戒心を露わにすれば、アルディーニはこんな風に笑う。


「ここは寒いから、ラニエーリの屋敷にでも寄らせてもらおうかな」

「は? てめえ、何を勝手に……」

「――さあ。可哀想な狼」

「!」


 アルディーニが浮かべる表情さえ、いつもとなんら変わらない。


(こいつ……)


 だというのに、その金色の瞳には、研ぎ澄ました刃のような光が揺らいでいるのだ。



「薔薇の捜索を手伝わせてやろう。俺たちは同志だ」

「…………」



 甘い蜜を与えるふりをして、他者の全てを支配する。

 その振る舞いが、誰かを思わせるような気がした。


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