305 見せたい光景
「俺としては、彼女を友人だと呼びたい所ですが……」
「はは。駄目だよ」
リカルドが一瞥すると、アルディーニは冗談めかして笑う。
「お前みたいな『良い奴』が友達になったら、俺が構ってもらえなくなるだろ?」
「何を言っているのか全然分からん。フランチェスカは誰に対しても、至って平等な接し方をすると思うが」
「うん。だから駄目」
「まったく。お前の独占欲にはほとほと呆れる……あ、いえ、申し訳ありません。カルヴィーノ殿」
「…………」
こんな話を父親の前でしても、差し支えはないものなのだろうか。カルヴィーノの無表情に隠された感情は、リカルドには判別が難しい。
カルヴィーノがひとつ息を吐き、新しい煙草に火を付ける。
「本来ならば」
白い煙を深く吐き出し、落ち着いた水色の瞳でリカルドを見据えた。
「娘のために力を貸してほしい、そのために継承式を延期してくれと、当家から頭を下げて願い出るべきだった。セラノーヴァ家の早急な判断に、心から感謝する」
「滅相もないことです。カルヴィーノ殿にはそれ以上に、日頃から力を貸していただいているのですから」
目の前にあった父の背中が消え、急に当主を継ぐことになったリカルドを、代わりに導いてくれたのがカルヴィーノだ。
「父も、あなたとフランチェスカに深く感謝しております。同時に、どれほどお詫びを申し上げても足りないと」
そしてリカルドは、内心でこんなことも考える。
(かつてのアルディーニは、僅か十歳で当主の座に放り出された。……カルヴィーノ殿はそのときも、アルディーニに力を貸したのだろうか)
リカルドの知るアルディーニとは、他人に気安く接するように見えて、絶対的な一線を引いている男だ。
軽薄に近付いてくる癖に、相手から近付くことは許さない。目的のために手を汚すことを厭わないが、人間に対しては何処か潔癖だ。
けれども意外なことに、アルディーニは平気な顔をして、カルヴィーノの隣に腰を下ろす。
「さて。堅物が無事に、筋を通し終えたところで……と」
革張りのソファーは確かに大きいが、フランチェスカ以外の他人に対して、アルディーニがこんな態度を取るのは珍しい。
「集音スキル持ちの配置を変えませんか? うちとカルヴィーノ家の諜報に加え、各ファミリーから全ての集音スキル持ちが提供されたことですし」
「情報屋が出入り出来ない場所に、当主の権限を使って通す。お前の情報筋では、フランチェスカはどこかの屋敷に捕らわれている可能性が高いのだろう?」
「鳥も全羽を飛ばしています。とはいえ、範囲がさすがに広過ぎるな」
「どうせ結界が張られている。痕跡を辿る方が早い」
「もしくは、ラニエーリの客筋に……」
アルディーニとカルヴィーノのやりとりから、ここまでに多くの議論を交わしてきたことが伺える。リカルドが注視していることに気が付いたのか、アルディーニが軽い調子で尋ねてきた。
「どうした? リカルド」
「失礼した。……フランチェスカがこのことを知れば、喜ぶだろうと思い」
「?」
首を傾げたアルディーニに、説明が足りなかったかと補足する。
「お前は随分と、カルヴィーノ殿に懐いている」
「…………」
「っ、はは!!」
可笑しそうに笑ったアルディーニとは反対に、カルヴィーノが僅かに眉根を寄せた。妙なことを言ったのだと自覚して、リカルドは慌てて謝罪する。
「ご無礼を。面目次第もございません、かくなる上はいかなる償いをも……」
「大丈夫だよ、リカルド。面白かったから問題ない」
「俺はお前に謝罪している訳ではない。カルヴィーノ殿に対してだ」
「あはははは」
何がそんなに愉快なのか、アルディーニは一頻り笑ったあとで、こんな風に紡いだ。
「フランチェスカの大切なお父君だ。それなら俺も、敬意を持って接するさ」
「ふん。……心にもないことを」
「ははっ」
こうした何気ない光景も、リカルドの父が目にすれば驚くだろう。
(かつて、父上は仰っていた。五大ファミリーはそれぞれに信条を持ち、優先順位が異なるゆえに、決して相容れないものなのだと)
カルヴィーノ家は『忠誠』を、アルディーニ家は『強さ』を信条とする。
セラノーヴァ家の『伝統』、ラニエーリ家の『優美』と、ロンバルディ家の『知勇』。それぞれに通じるところはあれど、自分の家の信条を取るならば、他家のそれは切り捨てる場面もある。
(だが今は、フランチェスカのために全てのファミリーが協力し合い、自分の家のことは二の次にしている。……それもひとえに、フランチェスカ自身のしてきたことが、それぞれの家を救ったからだ)
フランチェスカに感謝しているのは、リカルドの家だけではない。
フランチェスカを救いたいという想いも、彼女に幸せでいてほしいという祈りも、すべての家にとって心からの願いなのである。
(フランチェスカ)
リカルドは拳を握り込み、改めて誓う。
(五大ファミリーは総力をもって、お前を必ず迎えに行くぞ)
そんなリカルドを、カルヴィーノが静かに見据えた。
「カルヴィーノ殿?」
「……いいや」
普段より幾分穏やかに聞こえる声が、こう言ってくれる。
「力を借りる。……頼んだぞ、セラノーヴァ」
「……!」
カルヴィーノが父を呼ぶときと同じ呼び方に、リカルドは大きく頷いた。
「お任せください。必ずや、お応え致します」
「……ああ」
そうして背筋を正したリカルドに、アルディーニがこんな提案をするのだ。
「ちょうどいい。俺はこれからラニエーリに行くんだが、リカルドも付き合ってくれないか」
「…………」
アルディーニの金色の瞳には、相変わらず鋭い光が揺れている。
(いまのこいつを放っておけば、この国をも平気で滅ぼしかねない。……そんな危険な想像が、当たり前のように浮かんでくるな)
リカルドは溜め息をつき、頷いた。
「……もちろん、それは構わんが」
「助かった。手綱を取る人間は、多い方がいいからな」
「手綱?」
アルディーニは膝の上に頬杖をつき、意味深に微笑む。
「不良の一匹狼相手なら、風紀委員長が適任だろ?」
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