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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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300 師への心配


「…………なに?」

「俺たちのことを休ませようとしてくださるのに、当主こそ寝てませんよね」


 他の構成員たちからは、そのことについて、くれぐれも触れてはいけないと釘を刺されていた。


『グラツィアーノ、当主に差し出がましい口を利くなよ。父親にとって、娘の有事は命の削り所……俺たちには、どうあっても立ち入れない一線だ』


 いわゆる『先輩』にあたる面々が、エヴァルトへの忠誠心ゆえに発言していることは、グラツィアーノだって理解している。

 彼らの中には娘が居る者も、フランチェスカを幼い頃から見守っている者も、大勢存在しているのだ。先輩たちは皆、エヴァルトの心情をよく理解した上で、グラツィアーノを窘めたのだろう。


(大人は皆、いつだって正解を選んでいるのかもしれねえけど。……それでも)


 グラツィアーノはどうしても、その一線を踏み越えずにはいられなかった。


「お嬢のことで動揺している俺たちのことを、気遣ってくださっているのは分かってます。だけど俺にとってはお嬢の次に、当主のお体も心配で」

「……グラツィアーノ」

「ガキの癖に生意気を言っているのも、自覚してます。ですが」


 どんな風に継ぐべきかを少し迷って、グラツィアーノは俯いた。


「……あなたが無理をしているって知ったら、お嬢が泣く……」

「…………」


 フランチェスカの代弁をするなど、流石に過ぎた真似だっただろうか。

 だが、本心であることに代わりはない。グラツィアーノは叱られるのを覚悟しつつ、ぐっと顔を上げてエヴァルトを見上げる。


 そのときだった。


「…………その言葉は」


 エヴァルトがひとつ、溜め息をつく。


「……そっくりそのまま、お前にも返そう」

「当主……?」

「フランチェスカは、お前が無理をすることも望まない」


 エヴァルトが指に預けた煙草から、細い煙がのぼっている。エヴァルトはゆっくりと瞑目し、独り言のように呟いた。


「……分かっている」


 まるで、自身に言い聞かせるかのような物言いだ。

 エヴァルトは、煙草を吸って煙を吐くと、エントランスの階段へと向かった。


「話は終わりだ、もう休め。ただでさえ就寝が遅くなることも多い中で、睡眠時間まで削ることは得策ではない」

「……当主」


 その上で、こちらを振り向くことをせず、たったこれだけを約束してくれる。


「私も、もう休む」

「!」


 グラツィアーノはほっとして、その大きな背中に言い募った。


「……明日、もう一度俺の父に話を聞きに行きます。あのひょろひょろ医者のお陰で、クレスターニの情報と洗脳中のことについて、何か思い出してるかもしれないんで」

「ああ」

「それと」


 両手をぐっと握り締め、改めて願う。


「あなたがお嬢のために人を動かすなら、一番に命じるのはこれからも、俺にしてください」

「…………」


 すると、エヴァルトは階段の途中で立ち止まり、一度だけこちらを見遣って言った。


「当たり前だ」

「!」


 なんでもないことのように、それでもすぐに返ってきた言葉を受けて、グラツィアーノは息を吐く。

 深い礼の姿勢を取って当主を見送り、やがてエヴァルトの足音が聞こえなくなった頃、その場にゆっくりとしゃがみ込んだ。


「はー……」


 そして、エントランスの隅に声を掛ける。


「……先輩たち、気配を消しててもバレバレっすからね。当主も思いっ切り気付いてましたけど」

「…………」

「だんまりかよ。別にいいっすけど」


 数人の大人たちが息を殺して、必死にしらを切っている。グラツィアーノはその光景に呆れつつ、自身の膝の上に頬杖をついた。

 そして、ずっと昔のことを思い出す。グラツィアーノがこの家に拾われたばかりの、十年近く前の出来事についてだ。


『……パパのことは、わたしが守らなくちゃ』


 フランチェスカとグラツィアーノは、エヴァルトの書斎を覗いていた。


『まもるって、なにからですか?』

『色んなことだよ!』

『いろんなこと……』


 グラツィアーノには分からなかった。だってエヴァルトは、グラツィアーノが知っているどんな人よりも強いのだ。


『痛いことや、怖いことからだけじゃないの』


 扉の隙間から見えるエヴァルトは、先ほどから難しい顔で書類を睨んでいる。


『みんなに疑われたり、ひとりになったり……そういうことからも、まもりたい』

『当主は、おとななのに?』

『おとなでも!』


 フランチェスカはきっぱりと答え、グラツィアーノに教えてくれた。


『グラツィアーノも覚えていてね。どんなにおおきくなっても、りっぱな男の子になっても、ひとりで戦わなくていいんだってこと』

『……でも』


 あのとき思い浮かべたのは、亡くなった母のことだ。


『母さんは、おれのためにひとりで死にました』

『……グラツィアーノ』

『おれだって、いつかはひとりになって、だれにも頼らずに……』


 だが、そのときだった。


『ちがうよ!』

『!』


 フランチェスカは小さな体で、グラツィアーノを抱き締めたのだ。


『……おぼえていてね』


 年齢もひとつしか違わない、たった七歳くらいのフランチェスカが、母のようにやさしい声でこう言った。


『グラツィアーノのことだって、私とパパが守るんだから。絶対にもう、そんな思いをさせたりしない』

『……お嬢』

『辛いときはひとりで居なくていいよ。悲しいときは教えてね。グラツィアーノの傍に、ちゃんと居るよ』

『…………』

『約束、だから』


 フランチェスカはいつだって、そうした誓いを捧げてくれる。


『……はい』


 そのために、たとえ自分がどうなろうとも。


『おれも、お嬢と当主を守ります。……ぜったいに』


 幼い頃のそんな誓いを、グラツィアーノは死んでも違えない。

 だからこそ、フランチェスカが戻らない日々の中でも、エヴァルトだけは守り通すと決めていた。


(当主は俺との約束を守ってくださる。これで、今日の夜は寝てくれる気になったはずだ。……アルディーニは)


 二時間ほど前、夜の港で見た姿を思い出す。

 フランチェスカの婚約者であるあの男は、至っていつも通りに見えた。余裕があって掴み所がなく、世界中の全てを知っているかのように笑う、気に食わない態度までそのままだ。


 けれど金色のあの目には、鋭い光が揺らいでいた。


(あんな奴がどうなろうと、どうでもいい。けど)


 フランチェスカ以外に、あの男のことを心から心配して、気遣う人間は存在するのだろうか。


「……くそ」


 なんだか無性にそのことが気に掛かり、そんな自分も不本意で、グラツィアーノは舌打ちをするのだった。




***






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