294 遠回しな脅迫
そのことに思い至ったのは、数ヶ月前にレオナルドにシナリオを説明するため、改めてゲームの情報を整理していたからだ。
『レオナルド。これ、ゲームに出て来た人たちの名前!』
二枚の紙に、なるべく細かい内容を書き出した。そのうちの一枚が、主に人物周りの内容だ。
『イラストが出てないキャラクターのことも、出来る限り思い出してみたの。といっても、私が生きているうちに配信された五章までだけど……』
ソファーの隣に座ったレオナルドは、フランチェスカが書いた字を愛おしそうに見詰める。
『カルロは名前が出ているだけで、まだ登場していなかったんだな』
『そうなの。ここに書いた通り、カルロさんはゲームでも、レオナルドの部下として登場するんだけど……』
レオナルドと一緒にリストを覗き込み、下の方を指差した。
『この人たちも、ゲームのレオナルドの部下として名前が出てくるよ。知ってる人?』
『んー……』
するとレオナルドは、ふっと柔らかな笑みを浮かべ、こう言ったのだ。
『……いずれ、紹介できる日が来るかもな』
(あのときの、レオナルドの表情……)
クレスターニの屋敷で、実際の彼らを前にしたフランチェスカは、レオナルドが洗脳対策のために黙っていてくれたことに思い至る。
(カルロさんとは違って、この人たちはレオナルドの部下じゃなかったんだ。ゲーム通りの『黒幕』側で、レオナルドの敵……!)
「顔色も悪いし、心配ですね。部屋にお連れした方がいいのでは?」
ここにいる三人の青年は、六章以降に登場するキャラクターなのだろう。
それを認識するのと同時に、改めて不調を実感した。
(あたまいたい。きもちわるい。冷静に、ならなきゃ……)
「…………」
思わずふらふらと近付いたのは、青年たちが下りてきた階段の方だ。
折り返し式になっている階段は、吹き抜けとなっている空間に落ちないよう、手摺りが高く設けられている。フランチェスカはそこに身を伏せ、目を閉じた。
「ちょっと君、何やってんの。……大丈夫な訳?」
(クレスターニが、部下の情報を私に隠してない。記憶を消せるから平気だって思ってるだけ、なのかも、しれないけど)
ルキノの問い掛けにもすぐに返せず、嫌な考えを押し殺そうとする。
(……まるで、私を『ここから逃がさない』っていう、遠回しな脅迫を受けてるみたい……)
じわじわと首を絞められているような、そんな薄気味悪さを感じた。
(……駄目。これは当たり前に心理戦なんだって、覚悟しなきゃ)
「おーい。お嬢ちゃん?」
(だって相手は、レオナルドすら七年も追っていた黒幕だ)
ゆっくりと目を開けると、フランチェスカの視界に入るのは、吹き抜けの空洞から見下ろせる下の階だ。その高さにも眩みそうになるものの、ぐっと両手に力を込める。
(クレスターニは、このまま私を追い詰めてくる。だから戦う。ひとつでも情報を手に入れて、レオナルドたちのところに帰る……)
そう思いながらも、ふと目の前の光景に違和感を覚えた。
(あれ……この階段、なんだか)
「なあってば」
「!」
不意に首根を掴まれて、手摺りから引き剥がされた。フランチェスカの顔を覗き込んできたのは、アロルドと呼ばれた、橙色の髪を持つ不良青年だ。
「ひょっとして、気絶しすぎて壊れたか?」
「…………っ」
アロルドが笑うと、小さく尖った犬歯が見える。
人懐っこいふりをしていても、瞳に宿る光は好戦的だ。そんなアロルドを見て顔を顰めたのは、緑髪の不機嫌そうな青年だった。
「ちっ、よくそんな子供に構っている暇があるものだ。時間の無駄だろうに」
「ひっでえ! ジュスト君は優しさってもんを知らなくて困るよなあ、ティーノ?」
「あはは。関わりたくないので、回答を拒否します」
(アロルドに、ジュスト。ティーノ)
聞こえてくる名前を聞いて、やはりリストに書き出したキャラクターたちだと確信する。
(それぞれ自由な振る舞いをしているように見えても、この人たちの仕草は上品で、みんな高い教育を受けてるって分かる。絶対に、スキルを三つ持てる血筋の人だ)
なるべく情報を集められるよう、警戒しながら注視する。
(みんな、カルロさんと同じくらいの年齢なのかな。……この国の人なら、カルロさんと学院の同級生だったり、するかも……)
「なあ。お嬢ちゃん」
フランチェスカを揶揄うように、アロルドが笑った。
「脱出ならもう諦めな? このままクレスターニさまの物になるのが幸せだって、すぐに分かるよ」
「…………」
「ほら。親切なお兄さんたちが、部屋まで連れて帰ってやるから――」
「……大丈夫、です」
フランチェスカはアロルドから目を逸らさず、なんとか言葉を振り絞った。
「だから、離して……」
「……ふーん?」
にやっと笑ったアロルドが、フランチェスカから手を離す。彼から逃れたフランチェスカは、後ずさって再び手摺りを背にした。
「あはは、警戒する子猫みてえ。面白いな」
「子猫をいじめるのは良くないですよ、アロルド。……もっとも彼女は人間なので、ある程度の『教育』は可能ですよね」
「ちょっと、勝手な真似しないでくれる? 僕が監視してた子だ、横取りなんて……!」
「――待て」
ジュストと呼ばれた緑髪の青年が、静かな声で制止する。
(……? どうしてみんな、静かに……)
後ろ手に手摺りの柵を握ったフランチェスカは、浅く息をしながら顔を上げる。
そして後ろを振り返り、上の階から下りて来た人物の姿に息を呑んだ。
「クレスターニ……」
「やあ。昨日ぶりだな」
前髪で片目を隠した青年が、美しい笑顔で見下ろしてくる。
「下の階が賑やかだと思ったら、俺の『友人』と一緒だったのか」
「…………っ」
「君が退屈をしていたなら、ちょうどよかった」
クレスターニはこちらに手を伸べて、底知れないまなざしを向けてくる。
「――俺とも遊ぼう。フランチェスカ」
(……逃げられない……)
得体の知れない男を前に、フランチェスカは立ち尽くすのだった。
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