293 青年たち
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それから、しばらく時間が経った頃。
「……気絶しすぎて、気持ち悪くなってきた……」
「馬鹿じゃないの?」
何度目かの『罰則』を受けたフランチェスカは、口元を右手で押さえながらも、ふらふらと廊下に出た。
ルキノは呆れた顔をして、それでもついてきてくれる。フランチェスカを部屋に留めておこうとしないのは、クレスターニの命令があるからなのだろう。
「逃げ道なんて無いって言ってるだろ。愚民って、学習しない生き物なのかな……ああ! ひょっとしてファレンツィオーネの国民性だったりして」
「ルキノ……」
フランチェスカは吐き気に耐えつつ、なんとか隣国の王子を見遣った。
「そういうの、負けるフラグみたいになっちゃうから、よくないと思う……」
「は? フラグ……ってなに?」
「そんな言い方をしてると、立派な王さまになれないよってこと。うう、ふらふらする……」
恐らくは、気絶してその前後の記憶が飛ぶだけの、単純な罰則ではないのだろう。
(それはそうだよね。クレスターニの支配に、無理やり逆らってるんだから)
それでも今のフランチェスカに出来ることは、こうした地道な探索しかない。
(レオナルドやパパ、グラツィアーノもみんなも絶対に、私を探してくれてるもの。私はここで、私にしか出来ないことをする)
深呼吸をして、背筋を正す。
(ぼんやりとだけど、この屋敷の全貌も見えてきたはず。結界自体は、すごく強力な物理スキルさえあれば、内側から壊せそうな気もするけど……とはいえ、クレスターニに逆らわない人か、洗脳で逆らえない人しか出入りしないんだもんね)
フランチェスカは一度だけ窓を見遣り、すぐに視線を逸らした。
(ここはきっと四階建て、私の部屋があるのは二階だ。私が連れて行かれたクレスターニの執務室は一階で、エントランスに近付くと気を失う)
出入り口に向かうと罰を受けるのは、単純な脱走対策だろう。強固な結界を張り続けている窓に比べて、扉にはある程度の緩みがあるらしい。
(扉に近付けないようにされてるのは、私以外の人がそこを使って出入りしてるからだ。クレスターニ側には転移スキルを持った人がいるはずだけど、全員がいつもそれを使ってここに来る訳じゃないみたい)
そうなるとクレスターニ側の転移スキルは、複数人の転移が出来ないか、移動距離が限られているものかもしれない。
(とはいっても、そもそもここにやってくるのは、本当に少人数みたいだけど……)
そんなことを言っている間に、ちょうどすぐ傍にある階段から、三人の青年たちが下りてきた。
(……あのお兄さんたち)
顔触れの中に、クレスターニは居ない。
けれども彼らは、先ほどクレスターニと対峙した際、フランチェスカに銃弾を撃ち込んできた面々である。それぞれに違う系統の美貌を持ち、二十代前半くらいの見た目をしていた。
「っ、はは!」
揶揄うように笑ったのは、オレンジ色の長い髪を後ろに結った、少し柄の悪そうな青年だ。
「マジかよ、本当にずっとうろうろしてるんだな。お散歩が大好きなのか? お嬢ちゃん」
(元気な不良っぽい、怖いお兄さんだ!)
続いて、ぴりぴりとした雰囲気を纏った緑髪の青年が、フランチェスカを静かに睨む。
「お前、くれぐれもあまり勝手な真似をするんじゃないぞ。……まったく、ボスの気まぐれにも困ったものだ」
(こっちは、神経質そうな怖いお兄さん……)
じりっと後ずさったフランチェスカを前に、ふわふわしたクリーム色の髪の青年が、こんな風に微笑んだ。
「怯えさせてしまいましたよね? 彼らのことは私が叱っておきますので、どうかお許しを」
(優しく謝ってくれてるけど、この人さっき私の心臓を狙って撃ってきた、すっごく怖いお兄さんだ……!)
クレスターニとの対面時は、そちらにばかり気を取られていた。
けれどもここにいる青年たちは、明らかに幹部のような振る舞いだ。恐らくはルキノと同じく、クレスターニに洗脳された犠牲者ではなく、自ら望んで忠誠を誓った者たちだろう。
(クレスターニの信奉者。それが一気に三人も、登場するなんて……)
オレンジ髪の青年が、面白そうに目を眇めてルキノに言う。
「ルチアーノ『さま』もご苦労なこったなあ。お前、自主的にお嬢ちゃんを見張ってくれてるんだって?」
フランチェスカは驚いて、思わずルキノを振り返った。
(クレスターニの命令で、仕方なく付き合ってくれてるんじゃないの?)
「……クレスターニさまのお役に立つためなら、なんでもするさ」
ルキノは物凄く不本意そうだ。
あまり仲が良い訳ではないのか、青年たちをライバル視しているらしい。ルキノはオレンジ髪の青年を睨み付けて、挑発するように名前呼んだ。
「あんた達だってそうだろ? アロルド」
(…………あ)
その瞬間、フランチェスカは思い出す。
「ああーーーーっ!!」
「!?」
思わず叫んでしまった所為で、ルキノがますます嫌そうな顔をした。
「ちょっと、何!?」
「あははっ、お嬢さまの癖に声でっかい。どしたの?」
アロルドと呼ばれた青年に見下ろされながら、フランチェスカは頭を抱える。
(この人たち……! 多分ゲームに名前だけ出てきた、『黒幕』側のキャラクターだ……!!)




