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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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288 守ってくれる

 クレスターニは、フランチェスカの父と同じ色の瞳を楽しそうに細め、ゆっくりと立ち上がる。


「君への洗脳は、随分と面白い効き方をしている」

「……来ないで」


 その片目から視線を逸らさず、フランチェスカは僅かに後ずさった。

 周囲にはルキノを含め、クレスターニの配下が控えている。複数の監視のまなざしの中、それでもたったひとりの男が放つ空気が、この部屋を支配していた。


「分かっているさ。きっと、俺の洗脳スキルを捻じ曲げたんだろう?」

「…………」


 その話し方は朗らかで、人懐っこい印象すら受ける。

 それなのに、何処か冷たくて恐ろしい。こうした雰囲気を纏う人を、フランチェスカは他にも知っている気がした。


 それが一体誰なのか、どうしても頭に浮かんでこない。


「君はあのとき『賢者の書架』で、自分から俺に洗脳されることを選んだが……」


 その言葉に、内心ではっとする。


(やっぱり。あの前後の記憶が飛んでいる所為で、自分が何をしたかの自信はなかったけど)


 先ほど意識を取り戻した後、その可能性は頭によぎっていた。


(きっと私は、自分からクレスターニの洗脳を受けることを選んだんだ。洗脳下から抜け出して、レオナルドやパパたちの所に戻ったとき、クレスターニの情報をひとつでも持って帰れるよう)


 その方法が浮かんだのは、ダヴィードという前例を知っているからだ。

 女性当主ソフィアの弟は、幼い頃に姉を守るため、クレスターニの駒になることを選んだ。その結果か、ダヴィードにはクレスターニの記憶のうち、いくつかの断片が残されたのである。


「あれは愉快な状況だったな。君は健気にも『洗脳を受け入れるから、他の人間には手を出すな』と啖呵を切った」


 その行動を選んだ理由は、後から想像しても明白だ。


(きっとどれだけ抵抗しても、『賢者の書架』でクレスターニに洗脳されることは、避けられなかったはず。レオナルドの結界も、全部を完璧に防ぎ切れる訳じゃない)


 結界は、レオナルドが他者から奪ったスキルだ。恐らくは、クレスターニの洗脳スキルの方が勝るだろう。


(それなら今の私でも、抵抗して結局洗脳されるより、記憶が残せるかもしれない方を選ぶ)


 そんな場面の想像を浮かべ、ここにいる理由について納得した。


(……私が望んで受けたから、レオナルドの結界は、反応すらしなかったんだ……)


 そのときのクレスターニは恐らく、面白がるように笑い、フランチェスカの提案を飲んだのだろう。


「だが、ひどい話だ。君は俺の手を掴んで、騙し討ちのようにスキルを使った」

「……防ごうと思えば、それくらい簡単に防げた癖に」

「ははっ!」


 正面に立ったクレスターニは、前髪で顔の片側を隠したまま、こちらを覗き込んでくる。


「他者のスキルを増強するスキルと、複合的な効果を追加するスキル。更には、これまでと異なるものに、変化をさせてしまうスキル……」

「!」

「ああ」


 手袋に覆われたクレスターニの手が、フランチェスカの眼前に広げられる。


「……本当に君は、退屈しない」

「…………っ」


 その瞬間だ。


「!!」


 クレスターニを拒むように、結界の光が彼を弾いた。


「クレスターニさま!!」

「このガキ、ボスに何を……!!」


 周囲の青年たちが一斉に、フランチェスカへと銃を向ける。そして彼らは躊躇なく、何発もの銃弾を撃ち込んできた。

 けたたましい銃声が立て続き、結界がそれを拒絶する。ばちばちと光が迸り、フランチェスカの周囲を渦巻いた。フランチェスカはその中で、クレスターニを見据え続ける。


「……はは。驚いたな」


 フランチェスカへの銃撃が止んだのは、クレスターニが右手を挙げたからだ。


「いくら結界が弾くとしても、こんなに撃たれては怖いだろうに。銃弾の雨が降り注ぐ中、まばたきひとつしないとは」

(だって)


 フランチェスカは、心から信じている。


(――レオナルドが私を守る結界は、銃なんかに負けない)


 もうひとつ、これで得られた確証もあった。


(こんなに強力な物理攻撃を弾く結界なんて、いつのまに掛かってたんだろう? ……やっぱりレオナルドは、私が知らないスキルも使って、守ってくれてる)

「だが……」

「!?」


 クレスターニが微笑んだ。

 直後、フランチェスカの足から力が抜けて、がくんとその場にくずおれる。


「謝るよ、可愛いフランチェスカ。せっかく俺のもとに来てくれた君に対し、『ルール』を教え忘れていた」

「っ、う…………」


 絨毯についた両手が、小さく震えた。


「俺に危害を加えようとすると、君には罰則が発生するんだ。俺の忠実な部下たち以外にも、この屋敷に施した各種の結界……」


 その手で銃を形作ったクレスターニが、指先を自身のこめかみに当てる。


「それから、君の頭の中に仕込んである、その『命令』によって」

(……体が、動かない……!)


 以前にも、この感覚に支配されたことがあった。


(初めての夜会で、レオナルドに支配スキルを使われた。あのときと、おんなじ……!)

「さっきの拒絶は不可抗力だろうから、これくらいで許してやりたいんだが」

(屈服しそう。跪いて、この人の手を取って……心からの忠誠を誓うと、そう示したくなる)


 クレスターニは両手を上着のポケットに入れ、フランチェスカを見下ろして、声音だけはやさしく告げてくる。


「罰則の反動を制御するのが面倒なんだ。……ごめんな?」

「…………っ」


 フランチェスカは短く息を吐き、再びクレスターニを見上げた。

 そして、フランチェスカの父と同じ色の瞳を、下から真っ直ぐに睨み付ける。


「……あなたは」

「お?」

「レオナルドや、うちのパパを攻撃するために、私を洗脳した訳じゃない……」


 頭の奥に、締め付けられるような痛みを覚える。

 それでも絶対に気圧されないよう、前世の祖父に教わったことを、改めて自身に言い聞かせた。


(大事なのは度胸。見栄を張る、自分を鼓舞する! 私には、戦うような力はないけれど……)


 深く呼吸をしたあとで、ゆっくりと紡ぐ。


「私の、スキルに興味を示したふりなんかして、それも嘘」


 強い頭痛に阻まれて、顔を顰めてしまいそうだ。

 それでもフランチェスカは顔を上げ、笑顔を作る。


「あなたは『私』が欲しいはず。――国王ルカさまの、切り札が」

「…………ははっ!」


 クレスターニが膝をつき、フランチェスカの顔を覗き込む。


「……何も分かっていないのに」

「…………っ」


 前髪に隠れた側の瞳も、フランチェスカを見据えていた。


「随分と可愛いはったりだな? フランチェスカ」

(……やっぱり、押し通せないよね)


 それでもフランチェスカは笑み続ける。そして、クレスターニに告げるのだ。


「私自身が目的じゃないって言い切るなら、賭けをしませんか?」


 クレスターニはくすっと笑い、何処か甘い響きを帯びた声で言った。


「……この状況で、面白いことを言う」




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