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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部 ファレンツィオーネの剣〜

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280 心から愛する君への

【第五部 プロローグ】


 フランチェスカの美しい瞳は、いつだって真っ直ぐな光を湛えていた。


「……ゲーム?」


 こうして洗脳されていても、眩いほどの強さは変わらない。レオナルドは笑い、彼女の華奢な手首を掴む。


「やっぱりシナリオ通りになるんだな。フランチェスカ」

「…………っ」


 無理矢理に引き寄せようとすれば、フランチェスカはレオナルドを強く押しやり、拒むようにソファーから立ち上がった。


「触らないで」

「ははっ」


 鋭いまなざしに射抜かれて、レオナルドはことんと首を傾けた。


「『賢者の書架』は、書物を守るための結界に包まれている。本に害を成すようなスキルを使おうとすれば、処罰の棘に貫かれるが……」

「!」


 レオナルドがぱちんと指を鳴らせば、床から出現した蔦が、フランチェスカの右手に絡み付いた。


「対象が本でなく人ならば、使用自体は制限されない」

「…………」


 ぎりっと小さく軋んだ蔦が、フランチェスカをレオナルドへと引き寄せる。それに抵抗するフランチェスカが、嫌悪のまなざしでレオナルドを睨んだ。


「――ああ」


 なんだかいっそ可笑しくなって、レオナルドは笑った。


「俺と君は、どうあっても敵対する運命らしい。こんなイベントはさっさと終わらせて、正しいものに書き換えないとな」

「……さっきから、シナリオとか、イベントとか……」


 美しい形の眉がひそめられ、嫌悪感さえ滲んだ視線が返される。


「あなた、いったい何を言ってるの?」

(……へえ)


 その反応に、ひとつ新たな興味が湧いた。


(洗脳されたフランチェスカは、前世のことを覚えていないのか。転生者だという自覚も無く、ゲームを知らない……)


 彼女の耳に揺れるのは、レオナルドが贈った耳飾りだ。黒薔薇と赤薔薇、小さな飾りが連なった造りの中で、片方の赤薔薇が砕けている。


「……さあ。なんの話だろうな?」

「…………」


 レオナルドは、真意を取り繕うつもりもない笑みを浮かべた。


「おいで。フランチェスカ」

「…………来ないで」


 レオナルドはソファーから立ち上がると、拘束したフランチェスカの方に歩みを進めた。


「カルロに診せて、その洗脳への対処を考えよう。クレスターニに乗った君の作戦を尊重してやりたい気持ちもあるが、やはりどうしても心配だからな」

「来ないでって、言ってるでしょ」


 だが、そのときだった。


「……止まらないなら……」

「おっと」


 ぱっと膝をついたフランチェスカが、自由な方の手をドレスの裾に滑らせる。


(……あれは)


 彼女の左手に握られたのは、太腿のベルトに装着されていた、見覚えのある銃だった。


「私、もっと悪い子になっちゃうよ?」

「――――……」


 銃口の先は、壁の書棚だ。

 直後、結界の光が瞬いて、辺りに赤色が飛び散った。


「…………っ、あはは!」


 フランチェスカの笑い声が、無邪気に響く。

 絨毯に滴り落ちる血は、フランチェスカのものではない。彼女の盾とするために翳した、レオナルドの手から溢れたものだ。


「……やっぱり」

「…………」


 自分のために傷を負ったレオナルドを前にして、フランチェスカは嬉しそうに笑った。

 かつての夜会で、レオナルドがフランチェスカに貸した銃は、ずっと彼女のお守りだ。


「こうやって証明できて良かった。……あなたは洗脳された私であっても、傷付けられない」

「まあ、その身体は俺のフランチェスカのものだからなあ……」


 レオナルドはわざと大袈裟に肩を竦め、杭の貫通した手を見下ろした。


「だが」

「!」


 灼け付くような痛みの脈打つ手で、フランチェスカの顎を再び掴む。


「彼女の身体以外を傷付けることに、躊躇はない」

「……うそつき」

「嘘じゃないさ。フランチェスカに出会ったばかりの俺は、いくつも意地悪をしてしまった」


 なにせ無断で彼女を攫い、婚約破棄をわざと拒んで、泣いて嫌がることを重ねようとしたのだ。


「――だから」

「!!」


 ひとつ、スキル使用の光が走る。


「っ、うあ…………!!」


 苦しそうにぎゅっと目を閉じたフランチェスカに、レオナルドは微笑んだ。


「これでも優しくしたつもりだったんだが。……だって、痛くはなかっただろ?」

「私に、何、したの……!」

「ひみつ」


 わざと冗談めかして言えば、強い視線で睨まれる。これが本物のフランチェスカの感情であれば、どれほどレオナルドの心を揺らしただろうか。


「このまま『お前』を書架から引き摺り出して、手足の全部に枷をつけ、俺の寝室にでも閉じ込めてやろうかな」

「…………」

「いつかクレスターニも嫌気が差して、『お前』の洗脳を解くかもしれない。……そうなったら檻の中には、俺の愛おしいフランチェスカだけが残される」


 レオナルドは、覗き込んだ水色の瞳に告げた。


「『君』と一緒に、ずっと居られる」

「…………分かってるでしょ?」


 フランチェスカの細い身体を、淡い光が覆い始めた。


「こんな拘束も全部無駄なの。私は、クレスターニさまの所に帰るんだから」

「…………」


 数日前、大聖堂の地下でも見たスキルだ。

 クレスターニ側には、他者を転移させるスキルの所有者がいる。あのとき王子ルチアーノが消えたように、フランチェスカもここに留めてはおけないだろう。


「さようなら。次会うときは……」

「……『フランチェスカ』」

「!!」


 彼女を強く抱き締めて、レオナルドは告げる。


「――――愛している」

「…………っ」


 フランチェスカに想いを囁く度、何かに祈りたい気持ちになった。

 祈りを捧げる相手など、レオナルドには他に居ないのに。砕けた薔薇の耳飾りが揺れる耳元で、やさしく紡ぐ。


「必ず君を迎えに行くよ。……この世界の、すべてと引き換えにしようとも」

「……レオ、ナルド……」


 フランチェスカが何かを言い掛けた、その直後だ。


「――――……」


 レオナルドの腕から、温もりが消えた。

 賢者の書架に残されたのは、静寂だ。レオナルドは、彼女の髪色と同じ赤色が滴る手のひらを見下ろして、それをぐっと握り込む。


「……フランチェスカ」


 そして、誓いを立てる騎士のように、絨毯の上へと片膝をついた。

 そこに散らばる宝石の屑は、黒色を帯びた赤のガーネットだ。その欠片をひとつ指で拾い、窓に透かす。


「君が『使った』のは、黒薔薇ではなく赤薔薇の方か」


 フランチェスカらしい選択に、レオナルドは笑みを歪める。


「こんな所まで、俺ではなく自分の方を犠牲にするんだな」


 その欠片を、血塗れの手で握り込んだ。

 選択するべきことは明白だ。レオナルドは静かに立ち上がると、賢者の書架を後にするのだった。




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悪党一家の愛娘 第5部開幕

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