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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第4部 知勇兼備の生徒会長〜

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278 芽生えたもの



「ねえ。やっぱりいつもレオナルドがお家に呼んでる、アルディーニ家お抱えの宝石商さんを紹介してもらうのはどうかな……?」

「駄目だよ。フランチェスカ」


 レオナルドはフランチェスカの耳飾りに触れると、それを指でなぞりながら目を眇める。青空の下、冷え切った耳は感覚が弱くなっているが、それでも少しくすぐったかった。


「この耳飾りのお返しなら、こうして一緒に街で選んでくれたものがいい。俺のおねだり、聞いてくれるんだろ?」

「……それは、もちろん、そうなんだけど!」


 レオナルドは、こうして選んでいるフランチェスカを眺めているのが、楽しくて仕方がないようだ。


「ここにあるもの全部をプレゼントするって提案しても、怖いこと言うし」

「怖くはないさ。君が俺にひとつ贈ってくれるごとに、同じ数だけ返礼をすると約束しただけで」

「それだと、終わらないプレゼントの贈り合いになっちゃうよ!」


 レオナルドがくれるものの合計金額を想像して、フランチェスカは恐れ慄いた。


(そうだ、ヴァレリオさんにもお礼を買いたいな。特別に発行してもらえた賢者の書架の、許可証の分……)

「――昨日、ロンバルディ家に行ったんだよな」


 まるで思考を読んだかのような問い掛けに、思わず肩が跳ねそうになった。


「エリゼオに、ちょっかいを出されたりしなかったか?」

「だ、大丈夫だよ。もう作戦も終わったんだし、エリゼオはそんなことしないでしょ?」


『また取り合いをしよう』という冗談を言伝られたことは、もちろん口にしない。

 けれどもふと思い出したことがあり、レオナルドに告げた。


「そういえば。ヴァレリオさんがエリゼオたちに態度で伝えるようになったのは、うちのパパがアドバイスしたんだって」

「ああ。きっと、そんな所だろうと思っていた」

「レオナルド、知ってたの?」


 意外な答えに驚くと、レオナルドはこう教えてくれる。


「ゲームのシナリオで起きるイベントは、この世界でも似たような出来事が起きるんだろう? つまりシナリオで処理される『ロンバルディ家の家族不和の解消』は、とうの昔に君が完了させていたんだ」

「私が……?」

「幼い頃の君が、父君と和解したことによって開かれた道だ。君が父親に向き合った勇気が、そのままエリゼオとカルロを救った」


 店先に並ぶ装飾品を覗き込みながら、レオナルドは続ける。


「もしも小さな君がそうしていなければ、エリゼオは祖父への鬱屈を抱えて育ち、クレスターニ側の人間になっていたかもしれない。エリゼオにとって君はまさに、『運命を変えた女の子』だ」

「……それは……」

「君は自分が自覚している以上に、色んな人間に光を与えている」


 そう告げられて、思わず頬が熱くなった。


「……そんなのは、レオナルドも同じだよ」


 フランチェスカが慌てて『反論』すると、レオナルドがひとつ瞬きをする。


「同じって?」

「レオナルドがそんな風に言ってくれるだけで、すごく嬉しくて心強いの」


 気恥ずかしいのを隠しながら、フランチェスカは視線を逸らす。


「だから私にとってのレオナルドも、そういう『光』で……」


 そのとき、レオナルドの手がフランチェスカの頬に触れた。


「やっぱり君を、誰にも渡したくないな。フランチェスカ」

「ど、どうして急に!?」

「いつだって、俺は心からそう思っているさ」


 真っ直ぐな言葉を向けられて、心臓が跳ねる。


「君がこうして俺の傍に居てくれる時間以上に、欲しいものなんて存在しない」

「……レオナルド」


 月の色をした双眸は、真っ直ぐにフランチェスカだけを見詰めていた。


「君に惹かれない人間がいるなんて、俺には思えない。こんなに暖かくて、愛おしい」


 低くて甘い声が紡ぐ。

 それは、祈りの言葉にも近しい囁きだった。


「……俺の世界の、大切な光」

「…………っ」


 そう微笑んだレオナルドに、フランチェスカは息を呑んだ。


「……れ、レオナルド」

「ん?」


 少しの困惑を露わにすると、レオナルドが続きを促してくれる。


「どうしよう」


 フランチェスカは外套の上から胸元に触れて、戸惑いながら口にした。


「……心臓が、ちょっとだけドキドキするかも……」

「…………」


 レオナルドは僅かに目をみはると、それからすぐに優しく笑った。

 その上で、フランチェスカと緩やかに手を繋ぐ。


「だったらもっと、そうなってもらわないとな」

「ちょっとどころか、すっごく心臓に悪い気がする!」


 慌ててそう口にすると、レオナルドは屈託なく喉を鳴らした。その顔を見ていると、なんだかとても幸せな気持ちになる。


(……私、色々考えて決めたんだ。レオナルド)


 純白の雪に染まる街で、こんなに頬が熱くなる理由は、きっともうすぐ辿り着けることだろう。


(許可証はもう手に入れたけれど、『賢者の書架』にひとりでは行かない。レオナルドとちゃんと話をして、それから自分のことを調べるんだって。……だから、安心してね)


 そのために、もっと知らなくてはいけないことがある。


(ゲームの第五章は、私のパパの章。ママの代わりに、私がパパを守らなきゃ――――……)


 フランチェスカの記憶は、そこでふつりと途切れていた。




***



 本棚に囲まれたその場所で、フランチェスカは目を覚ました。


「……え」


 ゆっくりと体を起こしてみれば、どうやら長椅子で眠っていたらしい。そのことは理解できるのだが、他の状況は飲み込めなかった。


「――ここ、何処?」


 フランチェスカの独り言は、書棚の作り上げた静寂に吸い込まれる。


(私、さっきまでレオナルドと街に出て、贈り物を買いに……ううん、それは数日前の、年末の記憶だ)


 何処か痛む頭を押さえながら、周囲を見回した。


(今日は一月一日、新年祭の日。ルカさまへの挨拶で登城してるレオナルドが、夜になったら迎えに来てくれるから、私はその支度をしていて……)


 ここはどうやら、小さな図書館のようだった。

 吹き抜けの三階建になっているこの場所は、すべての壁が本棚になっている。その光景を見て、嫌な予感が湧き上がってきた。


(――まさか、賢者の書架?)


 その可能性に辿り着くと同時に、想像が半ば確信へ変わる。


「……帰らなきゃ」


 フランチェスカは立ち上がり、急いで出口を探そうとした。


(多分そうだ、いつのまにか『賢者の書架』に来ちゃってる。私にはその記憶がない……もしくは、転移させられた?)


 心臓の鼓動が大きくなり、うるさく感じられるほどだ。赤い絨毯の敷かれた上を、足早に駆けようとしたそのときだった。


「――――!」


 本棚の死角から現れた人物を前にして、足を止める。


「おっと。これは失礼」


 背の高い青年に微笑まれて、フランチェスカは息を呑んだ。


「こんな所へ、こんな日に。これほど可愛らしい女の子が来るなんて、幸運だな」

(――――あ)

「まあ、もっとも……」


 その人物は肩を竦め、美しい顔立ちでやさしく微笑む。


「君のことは、俺がこの場所に招いたんだが」

(…………っ)


 その柔和な微笑みから、好意的な感情は見出せない。

 フランチェスカは硬直したまま、その人物のことをただただ見上げていた。


(……だめ)

「こうして会えて、嬉しいよ」

(こっちの思考を、無理やり止められる。やるべきことは、分かっているのに)

「なあ?」


 そして彼は、甘さを帯びた低い声音で、フランチェスカにこう言った。



「……可愛い可愛い、『フランチェスカ』」


次話、第4部の最終話です。

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