275 誓いを立てる
その結果、こうしてまた、レオナルドを助けてもらうことになってしまった。
「それと、エリゼオは?」
「地上に上がった。ダヴィードのスキルを解除するように伝えさせたが、たったいま聖樹も本物に戻ったようだ」
その言葉に、フランチェスカははっとする。
「よかった。……この国の聖樹、守れたね」
フランチェスカたちを見下ろしているのは、根元に黒い穢れの生じた、数日前と変わらない聖樹の姿だ。
「ルキノの剣でついた傷、大丈夫だったかな?」
「単純な外傷は、聖樹の治癒力で戻るようになっているみたいだ。君が寝ている間、試しにナイフで切ってみたが、すぐに塞がった」
「さり気なくとんでもないことしてる!!」
「まあ、問題は無いさ」
フランチェスカから身を離したレオナルドが、手のひらを見せてくれる。
そこには、一粒の宝石が輝いていた。
「ミストレアルの輝石。持って来てたの?」
「さっさと儀式を終わらせて、君を暖かい場所に帰さないとな」
その言葉に、フランチェスカは頷いた。
「ありがとう。レオナルド」
レオナルドに助けてもらいながら立ち上がると、聖樹の前に向き直る。
すると小さな光の欠片たちが、ゆっくりと舞うように降りてきた。聖樹の花だと教えられたそれは、やはりこうして見上げていると、淡く輝く雪にも見えるのだ。
「――聖樹を清めるための儀式には、どうして『花嫁』が必要なんだろう?」
フランチェスカは白い息をひとつ吐き、光の雪を見上げた。
すると、傍らに跪いたレオナルドが、ドレスの裾を綺麗に払ってくれる。
「俺が読んだことのある、いくつかの本には」
レオナルドは立ち上がり、自身の膝も軽く払って、それからフランチェスカを見下ろした。
「愛を知る者しか、王になるべきではないからだと書かれていた」
「愛?」
ぱちりとひとつ瞬きをして、フランチェスカは金色の瞳を見詰める。
「――自身が幸福でなくとも、他人の幸せを願える人間」
レオナルドは上着の内側に手を差し入れると、そこから美しい短剣を取り出す。
「自身が満たされていなくとも、他人が満たされることを願える。それが妃や想い人でなくとも構わない、ともあれ愛を知っている者のみが、王になれと……」
鞘を抜き、刃を聖樹の光に当てて確かめたレオナルドは、柄の方をフランチェスカに差し出した。
「かつて神とやらが、そう説いた。馬鹿馬鹿しいが、それが聖樹の言い伝えだ」
「……だからこの世界の人たちは、聖樹を清めるこの儀式に、結婚式を揃えたんだね」
フランチェスカは短剣を受け取って、それを見下ろす。
レオナルドはまるであやすように、フランチェスカへと笑い掛けた。
「聖樹を清める方法は、聖樹を穢す方法とよく似ているな」
「…………」
彼はきっと、フランチェスカの緊張なんて、すべてお見通しなのだろう。
「俺の血を、ミストレアルの輝石に落とす。すると輝石はそれに反応して、一時的に剣の形へと変化するはずだ」
「……うん」
「その剣を、聖樹の穢れに突き立てる」
誓約に血を用いることは、裏社会での約束にも使われる。
ひょっとしたらそれも、聖夜の儀式が始まりなのかもしれない。
「君はこの儀式が始まる前に、一通りの祝福を受けたんだろう?」
「うん。聖夜の儀式に必要な司教さまのスキルだって、教えてもらったよ」
「なら、俺の花嫁」
レオナルドが、フランチェスカの髪をやさしく撫でる。
「俺の手に口付けたあと、短剣で傷を付けてくれ」
「…………」
フランチェスカが口を噤むと、レオナルドは宥めるように笑った。
「大丈夫だよ。フランチェスカ」
レオナルドは、フランチェスカを宥めるように笑った。
「司教も言ってただろ? 指先のキスは、演技で良い――つまり、省略しても構わない。幸い、他には誰も見ていないしな」
「……キスの方が怖い訳じゃないって、分かってて言ってる……」
「ははっ」
拗ねた口ぶりになってしまった所為か、レオナルドは可笑しそうに笑った。だが、フランチェスカにとっては一大事だ。
「儀式でも、司教さまの治癒スキルですぐに治せるんだとしても、レオナルドに怪我をさせたくないの」
「…………」
ゲームの主人公は、短剣でエリゼオの指を傷付けることにひどく躊躇いを感じていた。だが、フランチェスカも同じ心境だ。
「いいよ。フランチェスカ」
「!」
フランチェスカを、やさしい声が促した。
「君に傷を付けられたとしても、痛みなんか感じない。……どれほど痛くても、構わない」
「……レオナルド」
レオナルドはそっと手を伸ばすと、フランチェスカの耳に揺れる飾りへと触れる。
「温かくて眩しい、俺のひかり」
「…………っ」
滑り降りた指が、今度はおとがいを掴んで上げさせた。
くちびるにキスをするときのように、フランチェスカのことを間近に見下ろして、レオナルドは目を細める。
「……俺の可愛い、フランチェスカ」




