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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第4部 知勇兼備の生徒会長〜

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268 洗脳


***




『――僕は将来、お祖父さまの正当な後継者として、恥じない人間になりたいな。カルロ兄さん』


 密かに訪れた診療所で、エリゼオはカルロにそう告げた。


『お祖父さまは、ロンバルディ家の誇り高き当主だ。国王陛下にお仕えする使命を果たすために、心血を注がれてきた』


 最近は滅多に会えなくなった従兄に、エリゼオは微笑む。


『だったら僕も、それに倣わなくては。そうでしょう?』

『……だが、全てを真似ることは不要』


 ロンバルディ家のものではない白衣を纏ったカルロは、エリゼオが祖父から持たされた焼き菓子を齧りながら言う。


『お祖父さまは陛下への忠誠のため、躊躇なく憎まれ役を演じる。あれは、明白な悪癖』

『そんなのは、カルロ兄さんだってそうじゃないか。僕に後腐れなく次期当主の座を譲るために、おかしな研究をしているふりまでして』


 長椅子に腰を下ろしたエリゼオは、苦笑しながら横髪を耳に掛けた。


『兄さんの追放劇を偽装するよりも、後継者争いに口出ししてくる分家の人を排除しちゃった方が、ずっといいのに』

『人員もお祖父さまの武器のひとつ。排除するよりも、利用するのが最善――それに、研究したい事柄があるのは事実』


 カルロの望む研究について、エリゼオは知らない。祖父も知らないと言っていたので、きっとよほどの内容なのだろう。


『カルロ兄さんを他家に取られるとしても、相手があのレオナルド君なら、不服はないよ。アルディーニ家の主治医として、ロンバルディ家を見守ってほしいな』

『……俺は』


 掛けていた眼鏡を外しながら、従兄が柔らかな声でこう言った。


『お前が当主となったあの家が、どんな未来を築き上げるのか、見たいと願う』

『……うん』


 従兄の愛情表現が下手なのは、間違いなく祖父譲りのものだろう。

 けれどもエリゼオは祖父のお陰で、それが不器用な愛なのだと分かっているのだった。


『お祖父さまの築き上げてきたロンバルディ家を守るために、この国を守る』


 それを果たすのに、未来視のスキルだけでは足りるはずもない。


『お祖父さま。あの川が、たくさんの人を押し流す未来を見たんだ』


 未来が見えていたところで、実際にそれを変えるためには、必要なことがいくつもあった。

 知識や頭脳、それを応用する力。手を動かしてくれる協力者、それを指導する能力と、従わせるための権力。


『……救えなかったのは、お前の所為ではない。エリゼオ』


 たった一時間先を見通せるスキルだけでは、未来など変えられない。

 ましてや世界など、変えられるはずもない。


『私が間に合わなかった。お前が教えてくれた「未来」を回避できなかったのは、すべて私の責任だ』

(……ううん)


 祖父に抱き締められながら、エリゼオはもちろん自覚していた。


(僕の所為だよ。お祖父さま)


 エリゼオが救えなかった人の断末魔や、遺された人のまなざしが、そのことを言外に物語る。

『未来が分かっていたくせにどうして』と、彼らはエリゼオを睨んでいた。時にははっきりと声に出して、罵ってくる者も居た。


(この慟哭を受け入れるのも、未来を変えられたはずの人間が負う、当然の責務だ)


 だからエリゼオは、最善のための選択を模索し続ける。

 尊敬する祖父と従兄がそうであるように、自分が憎まれ役になってでも、未来と世界を変える努力を惜しまない。


(だから僕は、聖夜の儀式においてルキノ君の行動を誘導するため、お祖父さまに願った)


 フランチェスカとレオナルドが屋敷を訪れた先日、図書室と同様に防音仕様となっている祖父の書斎で、エリゼオはこう切り出したのだ。


『……お祖父さま。ひとつ、お願いがあるのです』

『お前が、私に? は、これは珍しい。日頃から優秀な孫の願いだ、言ってみろ』


 エリゼオは足音を立てずに歩を進め、書棚から一冊の本を取り出した。


『ありがとうございます。……それでは』


 微笑みを絶やさぬまま、静かな声で祖父へと告げる。


『僕に、当主の座を譲ってください。そうねだれば、あなたは叶えてくださいますか?』


 目元に皺の刻まれた祖父の双眸が、大きく見開かれる。


『――いずれ来る未来の話ではなく、「今すぐに」』


 そして同時に、祖父へと本を手渡した。


『……なに……?』

(ファウスト・サンスが死ぬ前に書いた、晩年の代表作。……お祖父さまなら、僕がこの本を手に取った理由を、すぐに理解してくださるはずだ)


 見た祖父の双眸が、わずかに見開かれる。


(主人公の男は、物語の中で大きな事件に巻き込まれる)


 視線を向けてきた祖父に対して、エリゼオはとんっと自身の肩口に触れたあと、頷いた。


(――王室の会話を、『スキルによって盗聴した』結果の惨劇だ)




***




「スキルが覚醒したばかりの子供の頃は、お祖父さまによく言われたよ」


 大聖堂の地下、聖樹を擁したその空間で、エリゼオはルキノにこう告げた。


「優れたスキルの力だけに傾倒すれば、必ず足元を掬われる――世界を変える力は、自分自身を害する力でもあるって」


 何かを固く握り締めたルキノは、静かにエリゼオたちのことを睨んでいる。


「ふふ、本当だったみたいだね。ルキノ君はその盗聴スキルの力を過信しすぎて、自分の盗み聞きが誰にもバレてない上に、聴いたことのすべてが正しいと思い込んでいたようだし」

「……馬鹿みたい。一体、なんの話?」


 ルキノは敵意を剥き出しにして、刺々しい声音で反論した。


「盗聴なんて、人聞きの悪いこと言わないで。それって僕の国に対する王室侮辱罪ってやつだけど、分かってる?」

「おや」


 エリゼオに少しは懐いていた振る舞いも、演技だったと隠す気はないらしい。

 その様子がある意味で微笑ましく、エリゼオは笑った。


「だってルキノ君がここに居るのは、お祖父さまと国王陛下の会話を聴いて、スキル使用制限が解除されたのを知ったからだよね?」

「…………」

「もちろんその会話は、君が盗聴していることを前提にした上で、誘導のために交わされたもののはずだけれど。陛下とお祖父さまがどんな会話をしたのか、僕も聴いてみたかったな」


 もちろん、誘導はそれだけではない。


「お祖父さまはああ見えて優しいお人だから、隣国からお預かりした王子さまが悪者だって伝えるのは、僕も抵抗があってね。ある程度の準備が整うまでは、僕ひとりで君への誘導を続けた」


 それはたとえば、フランチェスカたちがロンバルディ家の屋敷を訪ねて来た際、賢者の書架を防衛するための方法を質問された時などのことだ。


 レオナルドは、『スキル使用が禁止された賢者の書架のような場所で、戦闘をする方法』を問い掛けてきた。

 だからエリゼオはわざとこんな風に、聴いているはずのルキノに囁いたのである。


『あるいは、こんな手段もある。――スキルの使用禁止そのものを、お祖父さまに撤回いただく方法』


 そんな言葉を耳にしたルキノは、大聖堂で大きな戦闘を勃発させて、制圧のためにスキル使用制限が解除される策を考え始めたはずだ。


 それが、エリゼオによる無意識下の『洗脳』とも呼べる、誘導だと知らずに。


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