263 監視対象
***
「……なんだよ、この散らかった診療所。医療機関として有り得ない、最悪!」
カルロの診療所に通されたルキノは、刺々しい声音で言い放った。
そのままずんずんと進んで行くと、窓辺にある長椅子を覗き込む。座面に積み上げられた本と書類を見て、あからさまに顔を顰めてみせた。
「僕が座る場所すら無いんだけど。一体どうなってるの?」
「良い質問だな、留学生」
鮮やかに笑って答えたのは、この診療所の提供者であるレオナルドだ。
レオナルドは暖炉の前にある椅子に向かい、そこにある本の束を持ち上げると、当然のような顔でルキノに持たせる。
「この本はあそこの本棚へ」
「は……っ!?」
何冊もの本を抱えたルキノに対し、レオナルドは引き続きにこやかに告げた。
「そこの椅子にある分は、入り口の近くの本棚だ。そっちのはカルロが読んでいた途中らしいから、診察机の上にでも積んでおいてやってくれ」
「おい待てよ! なんで僕がこんな雑用を……」
「最低限のお片付けくらい、出来るだろう?」
緩やかに眇められたレオナルドの双眸には、余裕のある挑発の色が滲む。
「箱入りで大切に育てられた、『王子さま』でも無い限り」
「…………っ」
かっと頬を赤くしたルキノは、悔しそうに一度レオナルドを睨んだあと、すぐさま本棚へと歩き出した。
「当然だろ! これくらい、すぐに終わるに決まってる!」
「ははは、ご苦労だな。――フランチェスカ、暖炉に火を起こすからこっちにおいで」
(本物の王子さまが相手なのに、すっごく手のひらで転がしてる……!)
フランチェスカは内心で冷や冷やしながらも、暖炉の前にある長椅子に腰を下ろした。
いくらアルディーニ家の当主といえど、ルキノが本当の王子であることを理解した上での行為と知られれば、不敬罪になってもおかしくない。
「あんまりルキノと喧嘩しないで、レオナルド」
フランチェスカはレオナルドに身を寄せ、ひそひそと囁いた。
「ルキノは六章のメインキャラクターだから、もうすぐ長時間一緒に行動するかもしれないの。レオナルドと私とルキノが三人で居るときに、気まずくなるよ?」
「俺はただ、『後輩』を可愛がっているだけさ。君の家の番犬と同じ」
「グラツィアーノはなんだかんだレオナルドのこと認めてるけど、ルキノとはそんな感じにならなさそう……」
そもそもグラツィアーノとだって、一緒にいると喧嘩になるのは変わらない。にこやかなレオナルドを見ていると、それもすべて確信犯なのだろうとよく分かる。
「ルキノさま」
「!」
そのとき、これまで口を閉ざしていた人物が、ルキノの前に歩み出た。
「書物をお預かりいたします。僕が、お片付けをいたしますので」
「…………」
そう告げたのは、司教の小間使いである少年だ。
少年はルキノの手から、レオナルドが持たせていた本を回収する。しかしルキノは、この小柄な男の子を不本意そうに見下ろしたあと、引き留めるように彼の肩に触れた。
「待ちなよ」
その上で、今度はルキノの方が少年の手から、数冊の本を奪い返す。
「頼んでない。言っただろ、これくらい僕が片付ければすぐに終わるって」
「ですが……」
「大体お前、僕よりもずっとチビなんだから、僕の分も本を運ぼうなんて生意気だよ。……そんなことよりも」
ルキノはふいっと視線を逸らし、構わずに本棚へと歩き始めた。
「さっさと『話』を終わらせて、解放してよね」
「お言葉に甘えさせていただきます。――では、フランチェスカさま」
少年が、長椅子の前に座ったフランチェスカたちの前に跪く。
「改めまして。僕はユークという者で、司教ラディエルさまのお世話をさせていただきながら、神の道について学んでおります」
「フランチェスカ・アメリア・カルヴィーノです。ユーク君は十歳くらいかな? すごくしっかりしてるね!」
「恐れ入ります」
大人のような返事をした少年ユークは、そのまま静かにフランチェスカを見上げた。
「率直に申し上げますと。……エリゼオ・ノルベルト・ロンバルディさまの目的は、あなたのようです」
「――え」
唐突に告げられたその言葉に、フランチェスカは目を丸くする。
「こちらにいらっしゃるルキノさまが、その言葉を確かに耳にされたと。ルキノさまはその旨を手紙にしたため、あなたに送ろうとなさいました」
「ま……待って、ユーク君」
「我々教会は、聖樹を害する可能性のある存在として、エリゼオさまを監視していたのです。ロンバルディ家から出された手紙の内容をすべて改める中で、ルキノさまの『告発』を確認いたしました」
フランチェスカの制止に構うことなく、ユークは続けた。
「エリゼオさまの目的は祖父を排除して、フランチェスカさまを手に入れること。そうすれば国王陛下に認められ、アルディーニさまを超えたと証明できる――ルキノさまが聞いておられるとも知らず、はっきりとそう口になさったそうです」
「私を手に入れて、ルカさまに認められる……?」
その言葉だけ聞いていれば、あまりにも飛躍した無茶苦茶な理屈だ。
(エリゼオが私を欲しがっているふりをするのは、レオナルドを挑発するための嘘に見えた。だけど、レオナルドが隠したがっている私の秘密をエリゼオも知っているのなら、そうとは言い切れなくなってくる。それに)
フランチェスカはこくりと喉を鳴らし、ルキノに尋ねた。
「ルキノ君。それは本当に、エリゼオの発言だった?」
「そうだよ。誰もいなかった図書室に、エリゼオがひとりで閉じこもったんだ。……地下に落ちたって聞いてたからちょっと気になって、扉の前でうろうろしてたら、偶然そんな声が聞こえてきて……」
「…………!」
ルキノから告げられたその事実に、フランチェスカは俯いた。
「……何か、様子が変だったりしなかったかな。例えばいつものエリゼオらしくない、少し取り乱したような雰囲気とか……」
「え?」
僅かに面食らったような顔のあと、ルキノが少しだけ思案する。
「まあ確かに、変な感じだったけど」
(聖夜の儀式を妨害する手先は、クレスターニに洗脳された人じゃなくて、自分の意思で従う信奉者の可能性が高い。でも……)
「そんなことよりエリゼオは、あんたが自分の未来を変えた女の子だって、そう呟いてた」
フランチェスカの目の前にやってきたルキノが、冷たい表情でこちらを見下ろす。
「あんたは一体何者なの? 『フランチェスカ』」
「……私、は……」
言葉に詰まったフランチェスカの背に、レオナルドがそっと触れる。
「彼女は俺の、愛しくて可愛い婚約者だよ」
「……レオナルド」
微笑みながら、フランチェスカを優しく抱き寄せた。
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