表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第4部 知勇兼備の生徒会長〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

256/342

253 世界を変える



「馬車の事故。大雨のあとの土砂崩れ、川の氾濫……命を落とした人や、遺された人の声がする」

「……エリゼオ」

「どれもあの時、そうなることを、僕だけが知っていた。……ちゃんと、知っていたのに」


 俯いたエリゼオが、くちびるだけで微笑む。


「結局は何ひとつ変えられなかったことを、罵る声が聞こえ続ける」

「…………!」


 フランチェスカが浮かべたのは、何年も前に見聞きした、悲しい出来事の記憶だった。


(私たちが十歳のときに、王都の近くの村で火事があった。十一歳になった年、国境の近くでたくさんの雨が降った夏は、エリゼオの言ったような土砂崩れも)


 幼い頃のエリゼオは、それらを未来視で見ていたのだ。


(だけど、犠牲者は、たくさん居て……)


 未来を知る力を持つエリゼオにも、きっとどうにも出来なかった。

 いまのエリゼオに聞こえるのは、そのことを責める声なのだ。


「ごめんね。いまのはただの感傷だ、忘れて欲しい」

「…………」


 これまでの日々で、エリゼオの未来視に縋った人は、きっと大勢いるのだろう。

 強い願いを寄せられることも、深い叱責を向けられることも、決して少なくなかったはずだ。望む未来が訪れなかったのは、エリゼオの所為ではないはずなのに。


「未来を知る力は、未来を変えられる力だ。それを、聖樹に与えられた」


 その独白は、自らに言い聞かせているもののようにも聞こえる。


「僕はこの先、永劫に、そうした存在であり続けなくてはいけない。未来を、世界を、変えてゆく」


 フランチェスカの手首を握り締めていた指から、力が抜けた。


「……何も変えられないなんて、もう二度と、あっては……」


 自由になった手を見下ろしたフランチェスカは、納得して口を開く。


「――だからエリゼオは、学び続けてきたんだね」

「!」


 エリゼオが、フランチェスカを見上げて瞬きをした。


「未来を知っているだけじゃ、未来を変えることなんて出来ないよ。それが分かっているからこそ、『変える力』を手に入れられるように、ずっと努力をしてきたんでしょう?」

「……フランチェスカちゃん?」


 きっと、ロンバルディの一族に生まれたからだという、そんな理由だけではない。

 エリゼオが優秀な人であるのは、エリゼオ自身の信念に基づくものなのだ。


「未来を知るって、素敵なことでもある。だけど、人より早く絶望が見えることもあるよね。……エリゼオが、しょっちゅう何かを諦めたみたいに笑うのは、その所為なのかな」

「…………」


 フランチェスカが知っている未来など、エリゼオほど多い訳ではない。

 それでも、自分が誰かの未来や運命を左右するかもしれない重圧に、時々押し潰されそうになる。フランチェスカが選択を間違えれば、誰かが危険な目に遭うかもしれないからだ。


「エリゼオは誤解しているみたいだけれど、私には未来を見るスキルは無いの」

「……嘘だ」

「本当だよ。それでも、こんな未来は絶対に嫌だって思っている光景は、頭の中にいくつもある」


 懸命に言葉を探しながら、フランチェスカは俯いた。


「だからこそ、思うんだ。たくさん絶望を知っているエリゼオが、未来を諦めていないのは、本当にすごいって」

「…………」


 その耳には、いまも『助けられなかった』人の声が聞こえているのだろうか。

 フランチェスカは、レオナルドに告げられた言葉を思い出す。


『――君の望まない運命は、俺が必ず変えてあげる』

(私には、レオナルドみたいな約束をする力なんて、無いけれど)


 フランチェスカは、エリゼオへと手を伸ばす。

 そして、エリゼオの両耳にそっと触れると、祈りを込めてぎゅっと塞いだ。


「……!」

「あのね、エリゼオ」


 こうしたところで、幻による声は止まないだろう。

 それどころか、フランチェスカがこうして間近で話す声だって、遮ることは出来ないはずだ。それでもと、強く願った。


「覚えていて。知識だけじゃなくて、たくさんの人の希望も絶望も恨みも知っている、今のエリゼオは」


 エリゼオの目を見て、フランチェスカは告げる。


「……きっと、スキルなんかなにひとつ使えなくたって、大勢の人を助けられる力を持っているんだよ」

「――――……」


 その瞳が、小さな子供のように見開かれた。


「……僕が、人を助けられる?」

「うん」


 フランチェスカは頷いて、エリゼオの両耳から手を離した。


「スキルじゃなくてそれこそが、『世界を変える力』なんじゃないかな」

「……世界を……」

「現にこうして私だって、さっきから何度もエリゼオの知識に助けてもらってる。エリゼオが私を連れて逃げてくれたから、戦うレオナルドの邪魔をせずにいられる。だから……」

「…………」


 深く俯いたエリゼオが、微かに肩を震わせた。


「エリゼオ?」

「…………っ」


 やはり体調が悪いのだろうか。

 フランチェスカが再び彼の背中を撫でようとした、そのときだ。


「…………っ、ふふ、ふふふ!」

「!」


 聞こえてきたのは、笑い声だ。


「ああ、おかしいなあ」


 顔を上げた彼は、いつもの微笑みを浮かべている。


「――こんなにあっさり騙されちゃ駄目だよ。フランチェスカちゃん」

「…………」


 すぐ傍に両膝をついたフランチェスカを、エリゼオが下から覗き込んでくる。

 エリゼオが首を傾げると、紫色の髪がさらりとこぼれた。


「やっぱり君は、多少なりとも未来を知っているんだね。『スキルを持っていない』という言葉が本当であれば、それ以外の要因で知ったものだ」

「……エリゼオ」

「きっと、秘密にしてきたんだろう? ……レオナルド君辺りにだけは、話しているのかもしれないけれど。いずれにせよ、こんなに些細な引っ掛けで、僕に情報を与えたのは失敗だったね」

「…………」


 フランチェスカは少し呆れて、思わず大きく息をついた。


(やっぱり、こういう所がちょっとだけ、会ったばかりの頃のレオナルドに似てるなあ……)


 そんなことを考えながらも、立ち上がって膝の土を払う。


「失敗じゃないよ。エリゼオがどんな理由でも、元気になったならよかった!」

「!」


 そして、ふとあることに気が付いた。


「あれ。そういえば、いつのまにか嫌な声が消えてる」

「……君もかい?」

「エリゼオも消えたの? じゃあ……」


 フランチェスカは、先ほど自分たちが走ってきた道を振り返る。

 するとその先に、人影が見えるのだ。会いたかった彼の名前を、フランチェスカは大きな声で呼んだ。


「――レオナルド!」

「フランチェスカ」


 地面に置いた松明を手にすることなく、迷わず彼の方へと駆け出す。


X(Twitter)で次回更新日や、作品の短編小説、小ネタをツイートしています。

https://twitter.com/ameame_honey


よろしければ、ブックマークへの追加、ページ下部の広告の下にある★クリックなどで応援いただけましたら、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ