25 強敵との対峙
どう考えても、何かを企んでいる。
なにせレオナルドは、指同士を絡めるようにフランチェスカと繋ぎながら、こう続けるのだ。
「そうすれば俺は、薬物沙汰を終息させるべく動こうじゃないか」
(条件が釣り合ってなくて怪しすぎる!!)
レオナルドが掟を守るかどうかに、フランチェスカは無関係である。
逆を言えば、フランチェスカから『掟を守るべきだ』と言う権利はない。
それでも辞めてほしいならば、レオナルドの言うように、交換条件を飲むしかないのだろう。
(なんだか、どんどん深みに嵌っているような気がしてきたけど……)
心の中で嘆きつつ、溜め息をつく。
(――『物語』から逃げ出した私が、王都に薬物が広まる事件から目を逸らす訳にはいかない。ケジメはつけないと……)
「わかった。するよ、デート」
「……」
フランチェスカが返事をすると、レオナルドは目をみはった。
(自分から交換条件を出して来たくせに、受け入れると驚くのはやめてほしい!)
そう思っていると、彼はふわりと笑うのだった。
「……光栄だ。楽しみにしている」
「……!」
まるで本心のように思えてしまい、びっくりする。
(だめだめ。騙されない)
そんなことよりも、レオナルドの提案を飲む以上、もうひとつ難関があるのだ。
(夜にお出掛けとなると、説得しなきゃいけないのは――……)
***
夜もすっかり更けたころ。
室内用ドレスに着替えていたフランチェスカは、食堂にやってきた人物の姿を見て、ぱっと笑顔を作った。
「おかえりなさい! 今日もお仕事、お疲れさま」
「……なんだ。食べずに待っていたのか?」
彼はそう言いながら、フランチェスカの向かいの席へと腰を下ろす。構成員がすかさず歩み出て、食事を運ぶ準備を始めた。
「私に構わず、先に食事をしていても構わないと言っただろう」
「でも、今日は早く帰れそうって朝に話してたでしょ? 一緒にご飯、食べたかったから」
フランチェスカはにこにこしながら、目の前の人物を促した。
「さあ食べよう。――パパ!」
「……ああ」
フランチェスカと同じ薔薇のような赤髪、水色の瞳を持つ美しい父は、無表情に少しだけ微笑みを混ぜた顔をした。
だが、フランチェスカが内心で戦略を練っていることに、果たして気が付いているだろうか。
(……抗争沙汰にならないように話さなきゃ。『レオナルドと夜会に行くから、夜に外出させてほしい』って……!!)
内心でものすごくどきどきしながらも、スープスプーンを持つ手に力を込める。
フランチェスカの父、エヴァルト・ダンテ・カルヴィーノは、ゲームであれば五章の終盤で和解するキャラクターだった。
年齢は三十六歳だが、見た目は二十代の半ばか後半くらいだ。フランチェスカと街を歩けば、年の離れた兄妹だと勘違いされることがほとんどである。
フランチェスカが参加したことのない社交界では、父の後妻の地位を狙って、女性たちが静かな戦いを繰り広げているらしい。
前世でも、人気がかなり高かった。冷たく無口で、有能な大人のキャラクターとして、最上級のレアリティで実装されていたキャラクターだ。
(私が前世の記憶を取り戻した直後のパパは、娘の私にまったく関心が無かった。それどころか邪魔にさえ思われていたはずだけど、そこから何とか親子関係を修復して、いまはとっても大事にしてもらってる……)
だからこそ、問題がある。
(――男子と夜に出掛けるなんて、下手したらいますぐアルディーニ家に乗り込んじゃうかも……!!)
だらだらと冷や汗を掻きながら、どう切り出そうかを思案した。
「そ……それにしてもパパ。いつも早く帰って来てくれてありがとう!」
まずは簡単な日常会話から始めようと、フランチェスカはぎこちなく微笑んだ。
「忙しいのに、本当にごめんね。パパが夜に家にいてくれるお陰で、私もすごく安心できるよ」
「娘を守るためなら当然だ。どれほど厳重に警備をつけようと、私がお前の傍にいる以上の抑止力は無いからな」
いまの時刻は二十時近いが、カルヴィーノ家の当主である父にとって、まだまだ仕事が残っているはずの時間だ。
当主の仕事は多岐に渡る。けれども父は、どれほど多忙であろうとも、なるべく毎日二十二時までには帰ってくるように努めてくれていた。
無理矢理にでも帰宅してくるのは、ひとえにフランチェスカのためなのだ。
(パパが早く帰ってくれてるのに。『夜会に出たい、それもレオナルドに頼まれて』なんて話したら……)
「フランチェスカ? 食べないのか」
「!」
手が止まっていることにはすぐに気付かれ、父が眉根を寄せる。
整ったそのかんばせには、フランチェスカを慮る感情が浮かんでいた。
「今夜のスープが気に入らないか? 待っていろ、すぐに料理人を呼んできてやろう」
声音だけはとても優しいが、この後に続く父の言葉は、冷え切った響きを帯びていた。
「――……口に銃口でも突っ込んでやれば、お前の口に合わない品を作った舌も学習して、料理の腕が上がるだろう」
「そそそ、そんなことないよ、パパ!!」
慌ててスプーンを口に運び、父を宥めながら褒め称えた。
「今日のスープもすごく美味しい!! ほ、ほら見て、具材もお花の形に切ってある! 嬉しいなあ!」
「気に入ったのか? ならいいが」
父は食事を再開する前に、念押しのようにこう続ける。
「苦手な食材があるならすぐに言いなさい。――この王都に、二度とお前の嫌う食材が入ってこないよう、流通経路から生産者まですべて潰してやるからな」
(……パパだったら絶対に本気でやる……!!)
笑顔を張り付けたフランチェスカは、冷や汗を掻きながらこくこくと頷いた。
実のところ、今日のスープには苦手なニンジンが入っているのだが、父に嫌いな食べ物を教えたことはない。




