23 黒幕婚約者と弟分
※本日2回目の更新です。朝6時に更新した前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
「ど、どうしたの? 一体」
「一年の校舎に行くって言ってただろう? リカルドも一年の校舎にいるって情報を仕入れたから、気になって」
(情報収集能力が高すぎない!?)
フランチェスカが先に図書室を出てから、それほど時間は経っていない。ひょっとして、何かのスキルでも使ったのだろうか。
(レオナルドの残りふたつのスキルに関係が……いやいやでも、やっぱり違和感があるんだよね。『敵の動きを支配する』スキルだって、レアリティ最上級のラスボスキャラにしては地味だし。敵として戦うときはともかく、操作可能として実装されたときに、もっと強いスキルが良かったって不満が出そうだもん)
あのゲームでの強さとは、戦闘が始まった瞬間に、最初のターンでボス級を倒せるほどの力だ。
そのため、『強いキャラクター』といえば、そもそも敵の動きを封じる必要すら無いのだった。
レオナルドのスキルのうち、一枠がそんな能力で埋められているとは、どうしても考えにくい。
(前世では、クラスの子たちのゲーム考察に混ざれるかもと思って、自分でもあれこれ予想してみたんだ。だけど結局混ざれなくて……)
「それで? 可愛いフランチェスカ」
「!」
まるでエスコートでもするかのように、レオナルドがフランチェスカの手を取った。
フランチェスカの顔を覗き込み、優しく微笑むと見せ掛けて、その目の奥に暗い光が宿っている。
「――セラノーヴァに、何か怖いことをされていないか?」
(……さっきのリカルドよりも、ずっと冷ややかで怖い目だ……)
フランチェスカの背筋にも、ぞくりと寒いものが走る。
殺気の矛先は向けられていないのに、本能的な警戒心が疼くのだ。
この男を敵に回しては、きっと無事ではいられないと、体がそんな警告を発する。
「それは……」
フランチェスカが答える前に、レオナルドから引き剥がされる。
「!」
彼との間に割って入ったのは、むっと口元を歪めたグラツィアーノだ。
「悪いけど、お嬢に馴れ馴れしく触んないでもらえますか」
「おや、番犬」
レオナルドは面白がるように目をすがめ、グラツィアーノを見下ろした。
「今日も忠実なようで何よりだ。その調子で、俺のフランチェスカを守ってくれ」
「は? 誰があんたのだって?」
「間違ってないだろ。彼女は俺の婚約者であり、未来の花嫁なんだから」
「ちょっと、レオナルド!」
心にもないことを言ったレオナルドが、グラツィアーノを挑発しているのは明らかである。グラツィアーノは、フランチェスカを背に庇ったままレオナルドを睨んだ。
「このお方はカルヴィーノ家当主のひとり娘だ。……俺たちのお嬢に、無礼な真似をするな」
「へえ?」
「~~~~っ、ああもう!!」
この状況に耐えかねて、フランチェスカは声を上げた。
「ふたりとも、勝手なことで張り合わないで!!」
「ぐえっ」
「おっと」
グラツィアーノの首根っこを後ろから掴み、フランチェスカの前から退いてもらう。フランチェスカは両腕を組むと、自分より遥かに背の高い美青年ふたりを睨み付けた。
「私は別にレオナルドのものでも、家のものでもない! レオナルドは思わせぶりな発言をして、私を理由にあちこちに喧嘩を売るのは禁止! グラツィアーノも助けようとしてくれたのは嬉しいけど、他家の当主に下手な真似しないの!」
「……すんません」
「ははは、まさかこの俺が怒られるとは! 実に新鮮だな、悪くない」
渋々俯いたグラツィアーノはともかく、レオナルドのことはもう一度睨んでおく。
「レオナルド。少し話があるんだけど……」
そのとき、昼休みの終了十分前を告げる予鈴が鳴った。
「……フランチェスカ。次の体育、女子は校庭じゃなかったか?」
「そうだった!!」
レオナルドに教えられ、びゃっと慌てる。
「私もう行かなきゃ! ふたりとも、これ以上は喧嘩しないでね!」
フランチェスカはふたりに言い残し、大急ぎで一年生の校舎を後にするのだった。
***
グラツィアーノは、早足で校舎を出ていくフランチェスカの背中を見送りながら、溜め息をついた。
(……はー。せっかくの昼休みだったのに、慌ただしい……)
挙げ句の果てにどうしてか、アルディーニの当主とふたりで残される羽目になっている。
こんな馬鹿げたことはないので、さっさと教室に戻ろうとしたときだった。
「お前、フランチェスカのことが好きなのか?」
「……はあ?」
アルディーニの当主にそんなことを言われて、グラツィアーノは振り返る。
飄々とした雰囲気の男だ。制服のポケットに両手を突っ込み、軽薄な笑みを浮かべているのが気に入らない。
なによりも気に入らないのは、そんな無防備な立ち姿でありながら、一切の隙がないところだった。
(……ムカつくな。俺が本気でこいつを殺そうとしても、まず敵わないのがやる前から分かる……)
苦虫を噛み潰すような心境で、アルディーニ当主を睨み付けた。
「有り得ないっすね。俺にとってのあの人は、そういうんじゃない」
「へえ。じゃあ、どういう存在なんだ」
「……」
少し考えたあとで、口にする。
「……あの人は俺の、姉貴のようなものです」
「ははっ! 姉ときた。……なるほどねえ」
含みのあるまなざしが、こちらに向けられて不快だった。アルディーニ当主の金の瞳は、心の内を何もかも見透かそうとするかのようだ。
「安心した。どうやらお前は、俺の敵にはならなさそうだ」
「……言っておきますけど」
たとえ、戦って敵わなくとも構わない。
そんな心境でもう一度、目の前の男を睨み付ける。
「――俺の『姉』に危害を加えたら、何がなんでもあんたを消す」
「……っ、ふ」
アルディーニ当主は目をすがめ、満足そうに言ってのけた。
「面白そうだ。……その覚悟を持ったお前が傍にいるなら、家での彼女は安全かな」
(……何を、偉そうに……)
そう思うのだが、口にはしない。
グラツィアーノは男に背を向けると、『授業にはちゃんと出るようにね』というフランチェスカの言い付けを守るべく、教室に戻るのだった。
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