221 嘘つき
「ロンバルディ家のこの屋敷は、『書庫の中に居住区域がある建物』だとも表現できる」
正面玄関に繋がる庭園を歩きながら、隣のレオナルドが冗談めかす。
「あらゆる部屋に書棚があって、世界中から集められた本が並んでいるんだ。個人の蔵書というよりも、あれはひとつの図書館だな」
「レオナルド、エリゼオのおうちに遊びに来たことがあるの?」
「ガキの頃に、ほんの数回」
ロンバルディ家の構成員は、フランチェスカたちの数メートル先を歩いている。
案内役の彼に聞こえない程度の声量で、レオナルドが笑った。
「……兄貴は、カルロの『先輩』だった」
(……あ)
ほんの僅かに目を眇めて、レオナルドが庭園の噴水を見遣る。
「何か悪戯を仕掛けるときには、知勇の一族の力を借りに来ていたんだ。その『会合』に、俺もしょっちゅう連れ出された」
「……そっか」
フランチェスカは微笑んで、レオナルドを見上げた。
「レオナルドはそうやって、カルロさんやエリゼオと交流してたんだね!」
「いま思えば、兄貴たちの悪巧みに参加するよりも、婚約者たる君に会いに行く方が有意義だったのにな。君の幼馴染になる好機を逃すなんて、惜しいことをした」
「ふふ、どうだろ? メインストーリーが始まる前は、レオナルドたちとの接触も全力で避けてたからなあ」
そんな会話を交わしながらも、心の中でそっと考える。
(最近のレオナルドは、すごく自然にお兄さんの話をしてくれる。私が、レオナルドにならゲームの話を出来るのと同じで、私には気負わずにいてくれるんだったらいいな)
フランチェスカは、レオナルドの話であればなんでも聞いてあげたい。
だからこそ、レオナルドはせめてフランチェスカには、どんな話でも出来るのであればいいと願う。
(だけど、レオナルドにはきっと、私に対する秘密がある)
フランチェスカをエスコートしてくれている彼の手を、きゅっと握り返す。
(ロンバルディ家の管理する『賢者の書架』にその秘密があるのなら、私は知らなくちゃいけない。だけど、それよりも前に……)
屋敷の大きな扉を前に、フランチェスカたちは立ち止まる。
数段の階段を登った先で、構成員が扉を押し開くと、そこにはひとりの青年が立っているのだ。
「――未来視で見たときは、驚いたけれど」
薄紫色をした柔らかな髪が、冬の陽射しを受けてきらきらと輝く。
「まさか、本当に来るとは思わなかったな」
その人物は、広大なエントランスホールを背にして微笑んで、こう告げるのだ。
「我が家へようこそ。レオナルド君、フランチェスカちゃん」
「……エリゼオさん」
フランチェスカたちと敵対し得る危うさを持った生徒会長は、構成員に視線を向けた。
「お客さまの案内をご苦労だったね。お前はもう下がっていいよ」
「はっ。失礼いたします」
そうしてエリゼオは、スマートな振る舞いで道を開け、その手で屋敷の中を示す。
「この未来視こそ、外されるかもしれないと思ったのに。確実に思えた未来を変えて、こんな光景は有り得ないと思わせた未来は的中させるなんてね」
「ははっ」
レオナルドは機嫌が良さそうなふりをして、フランチェスカの肩を抱いた。
「フランチェスカのことを予測しようだなんて、烏滸がましいってよく分かるだろ?」
「君も、随分と振り回されているみたいだね。アルディーニの若き当主が、部下もつけずに他ファミリーの屋敷に乗り込んでくるだなんて、普通では考えられないのに」
「それは当然。可愛い婚約者のおねだりだからな」
冗談のような応酬の中に、レオナルドの明らかな殺気が滲む。
「――叶えられることは、『なんでも』してやりたい」
「…………へえ」
エリゼオが興味深そうに目を眇めた。
フランチェスカは、レオナルドを見上げて『もう大丈夫だよ』と言外に告げると、一歩踏み出してエリゼオに告げる。
「急にお邪魔して、ごめんなさい。だけど、これだけは伝えないと……」
「未来視で、君は僕にこんな話をした」
くちびるの前に人差し指を翳し、エリゼオは可憐な少女のように微笑んで言う。
「この王都を揺るがすクレスターニが、『賢者の書架』を狙っているって」
「………………」
心の内側を読まれないよう、フランチェスカは真っ直ぐにエリゼオを見据えた。
『エリゼオに、嘘をついてみようと思う』
ここに来るまでの馬車の中、フランチェスカがレオナルドに相談したのは、そんな内容の作戦だ。
『誰が洗脳されているのか分からない以上、聖夜の儀式からロンバルディ家を遠ざけたい。……だけど、シナリオを完全に無視してエリゼオを遮断すると、得るべき情報も得られなくなる気がする』
思い浮かべるのは、これまで接した洗脳者たちの振る舞いだ。
『クレスターニの洗脳スキルには、弱点があるはずなの。多分、「洗脳者であるという事実を暴かれると、洗脳の効果が薄れる」デメリットがあるんじゃないかな……』
『ああ。ダヴィードも、リカルドの父親も、番犬の父親もそうだった。ラニエーリの娼婦もな』
『その所為で、本人らしい言動が保てなくなって、混乱状態になっちゃったよね。……危険な状態ではあるけれど、元のその人に戻ってもらうには、必要なことのはず』
つまり、洗脳された人物へ対峙するにあたって、『真相』という鍵は重要だ。
『洗脳されている可能性が高いロンバルディ家のことを、私はちゃんと知らなくちゃいけない』
主人公としての責務を果たすべく、自分自身に言い聞かせ得る。
『聖樹を危険に晒せないから、聖夜の儀式に参加してもらうのは駄目。そうなると、ロンバルディ家に関する物の中で、クレスターニが欲しがりそうな説得力があるのは……』
『――「賢者の書架」』
レオナルドの言葉に、フランチェスカは本心を隠しながら頷いた。
(ごめんね、レオナルド)
ほんの少しだけ目を伏せて、心の中で唱える。
(……私は、レオナルドにも嘘をつくことになる……)




