220 警戒すべき歓迎
ダヴィードが教えてくれることに、フランチェスカは耳を傾けた。
時折質問をしながらも、フランチェスカ自身の中で整理をしてゆく。
「そんな……」
そうするほどに、混乱は増してゆくばかりだ。
「……ダヴィード。いま教えてくれたこと、レオナルドには話してもいい?」
「アルディーニになら好きにしろ。――とはいえ、絶対にしくじるなよ」
ダヴィードは忌々しそうに眉根を寄せ、苦い声で言った。
「場合によっては、誰が消されてもおかしくねーんだからな」
(……本当に、誰が敵だか分からない)
火の粉が暖炉で爆ぜる音が、数ヶ月前、燃え盛る屋敷の中で聞いた火の音と重なった。
(ダヴィードから『この記憶』を完全に消さなかったのも、私たちを疑心暗鬼にさせるための、クレスターニの作戦かもしれない。……やっぱりこっちから動かないと、防戦だけじゃ削られる一方だ)
フランチェスカは俯いて、決意する。
(得られる情報は、全部得ないと。そのために、やっぱり無視出来ないのは……)
***
期末テストを終えた二日後の日曜日、フランチェスカは家を出て、アルディーニ家の馬車に乗っていた。
レオナルドのスキルによって、馬車の中は暖かい。白く曇った硝子窓を指でなぞり、くっきりと見える雪の街を眺める。
(――前世の私が死んだのは、クリスマスの日)
馬車の轍が残る雪道を見下ろして、あの日のことを思い出した。
(だからかな。……生まれ変わっても、こうやって十二月の聖夜の季節になると、毎年少しだけ寂しいのは)
けれどもそんな感情は、彼によって掻き消されるのだ。
「フランチェスカ」
「……レオナルド」
隣に座ったレオナルドが、フランチェスカの手をきゅっと握る。
「君は時々、ふとしたときに寂しそうだ」
「ううん」
いつだってお見通しのレオナルドに、なんだか気恥ずかしくなって笑った。
「大丈夫。なんでもないよ」
「本当に? たとえば、前世のことを思い出したりはしていないか?」
「……レオナルドって、心を読めるスキルまで持ってる?」
「ははっ」
フランチェスカの問い掛けに、レオナルドは蠱惑的な声音で紡ぐ。
「そうだとしたら俺は今頃、君の心に付け入って、悪いことばかりしていたかもな?」
「う、嘘ばっかり……! レオナルドはそんなひどいこと、私にしないよ」
「信頼してもらえて光栄だ。だが少なくとも、事前に考えが読めていれば……」
指同士をしっかりと絡めながら、レオナルドがフランチェスカの方に身を乗り出す。
かと思えばその窓越しに、辿り着いた大きな邸宅を見遣った。
「君におねだりをされる前に、『駄目だ』って行動を制限して、束縛する男に成り下がっていたはずだ」
「……ごめんね、レオナルド」
乗せてもらっている馬車が、ゆっくりと止まる。
「だけどやっぱり、これがゲームじゃないこの世界においての正攻法なんだと思う。後手に回るだけじゃなくて、きちんと向き合わなきゃいけない」
「分かっているさ。俺たちの今後の方針は、『クレスターニが襲撃してくるのを待つのはやめて、こちらから仕掛ける方法を探す』だ」
暖かな馬車の中で、フランチェスカは外套を脱いでいた。畳んで膝の上に置いていたそれを、レオナルドが広げて肩に掛けてくれる。
「そのために俺たちが探すべきは、洗脳とは無関係に、自分の意思でクレスターニに従う人間だ。君がダヴィードから聞いた『あの件』も気になるところだが、それ以前に……」
レオナルドの言葉に、フランチェスカは頷いた。
「……最優先しなくちゃいけないのは、既にクレスターニに洗脳されちゃった人を探して、悲劇を止めること。洗脳された人が居そうな一番の候補は、やっぱり……」
フランチェスカが袖を通した外套のボタンを全て留めて、レオナルドが笑う。
「行こう。フランチェスカ」
「……うん。ありがとう」
そうして先に降りたレオナルドが、フランチェスカに手を伸べた。
彼の手を取り、ステップを一段ずつ踏みながら、雪の上に降り立つ。昨日までの雪は止んでおり、今日は澄み渡った快晴だ。
「……ここが、ロンバルディ家の屋敷……」
鉄柵で囲われた敷地の中には、広大な庭園が見えていた。
その向こうに建っているのが、エリゼオたちの住む家だ。フランチェスカは白い息を吐いて、レオナルドに向き直る。
「レオナルド。シナリオ上、今日は大きな事件が起きない日なの」
これから敵地に乗り込むにあたって、大事な人を安心させるために告げた。
「私たちの運命や人生に影響が出るような出来事は、発生しないはず。エリゼオの懐に飛び込む形になるけれど、最悪の事態にはならないから……」
「それはよかった。君に万が一のことがあったら、運命を司る神だって殺してしまいそうだからな」
「言葉選びはロマンチックなのに、内容が物騒!」
そんなやりとりをしている間に、アルディーニ家の馬車は去って行った。
「さて。本来なら表に回って、門番に来訪を告げるところだが……」
その必要がないことは、レオナルドもフランチェスカも分かっていた。
大きな門の左右に立つ構成員のうち、ひとりがこちらに歩いてくる。そして構成員は、胸に手を当てて口にした。
「アルディーニ家当主、レオナルド・ヴァレンティーノ・アルディーニさま。並びに、フランチェスカ・アメリア・トロヴァートさまですね」
(私の、学院で使っている偽名の方……)
「いかにも」
フランチェスカよりも前に歩み出たレオナルドが、慣れた様子で悠然と答える。
「エリゼオ・ノルベルト・ロンバルディ殿に伝言を。――お前が未来視で見た通り、会いに来てやったと伝えてくれ」
「その必要は、ございません」
(!)
構成員が言い切って、強大な扉が押し開かれる。
「既にお達しが出ております。おふたりが尋ねていらっしゃったら、すぐにお通しするようにと」
「フランチェスカ」
「…………」
振り返ったレオナルドが、フランチェスカに手を差し伸べる。
「ありがとう。レオナルド」
フランチェスカはその手を取って、ゆっくりと一歩を踏み出した。




