214 緊迫感
「……やっぱり……」
いつもの下校時間にレオナルドと帰ることも、仕事や補習のないグラツィアーノと帰ることも、フランチェスカにとっての日常だ。
けれども今日は様子が違った。
ホームルームが終わり、フランチェスカがレオナルドと共に校舎を出るまでの道行きで、リカルドとダヴィードまでもが加わってきたのである。
「この変な空気! やっぱりみんな、なにか危ないことから私を守ろうとしてるでしょ!?」
「イイエ、お嬢の考え過ぎデス。心配なさる必要は、アリマセン」
「怪しすぎるよグラツィアーノ!」
そもそもフランチェスカには前世から数多くの大人に守られ、がっちりと周囲を警護されてきた経験がある。こうした空気には、人よりも敏感だ。
「まあまあ。落ち着いてくれ、フランチェスカ」
そうやって笑うレオナルドの様子だって、何処となく普段とは違うのだった。
「君はなんの憂いもなく、放課後の買い物を楽しんでくれればいい。美しい花に誘き寄せられる虫を払うのは、俺の役目だ」
「お嬢。こんな奴の言うこと無視して、さっさと家に帰りましょ。聖夜祭のご馳走のケーキ、今年は新しいレシピを試すんでしょ?」
「『さっさと帰れ』には賛成だな。俺だって何事もなくて済むっていうなら、護衛なんかせずに帰りてえよ」
「お前たち、いい加減にしてやれ。こうなってはさすがに説明してやらねば、フランチェスカに対して公平ではないだろう」
リカルドは溜め息をついたあと、難しい表情でフランチェスカに言う。
「……アルディーニから聞いたぞ。校内で、折木による事故に遭いそうになったのだろう?」
間違いなく、エリゼオとの一件についてだろう。
フランチェスカはレオナルドに、事の次第をすべて話しておいたのだ。
「じ……事故っていうほど大袈裟なものじゃないよ。あれはただ、風が強くて折れた枝が当たりそうになっただけなの」
「フランチェスカ。君の話では、その後はエリゼオが引き受けたそうだが……」
レオナルドが、僅かに肩を竦める。
「どうやら、用務員にその枝は届いていない」
「!」
先ほどレオナルドに会って話した昼休みから、この放課後までの短い時間に、レオナルドはそれらを調べていたらしい。
「つまり、エリゼオが処分した……? レオナルド、それって」
「恐らく、調べられては不都合なことがあったんだろう。思っていた通り、君に枝がぶつかりそうになったその一件は、エリゼオが細工して仕組んだ可能性が高くなったな」
「…………」
昨日のことは、ゲームでは発生しないイベントだ。
レオナルドもそれに気が付いて、校内を探ってくれたのだろう。眉を顰めたリカルドが、レオナルドの発言に同意する。
「すべての風紀委員に確認を取ったが、校内の何処にもそれらしい枝は見当たらなかったようだ。用務員の方々が焚き火などに使う薪や焚き付けを保管しているのは、音楽準備室に近い納屋だが……」
リカルドの視線を受けたダヴィードが、面倒臭そうにしつつも答えた。
「焚き付け用の小枝は、それほど数も無かったと言っていいんじゃねーの。……ったく、俺はただ昼寝をしに行ってるだけだってのに、面倒なことに巻き込みやがって」
「お嬢」
警戒心を露わにしたグラツィアーノが、重大な事実のような顔をして教えてくれる。
「お嬢は知らないと思いますけど。ロンバルディのじいさんって、すっげー怖いんですよ」
(グラツィアーノ。ごめんね、会ったことはないけどちゃんと知ってるの……!)
ゲームでの登場シーンは短い上、回想程度でしか語られないエリゼオの祖父は、それでも『怖そうなお爺さん』という印象が強い存在だ。
「聖夜の儀式をアルディーニ家に奪われた生徒会長が、自分のじいさんにドヤされないように、手段を選ばずお嬢を巻き込もうとしているのかもしれません。……それもこれも、こいつの所為で……」
グラツィアーノは、レオナルドのことをじろりと見上げる。
一方のレオナルドは、グラツィアーノには目もくれず、フランチェスカだけに微笑むのだった。
「ごめんな、フランチェスカ。俺が責任を持って君を守るよ、そのために四六時中一緒にいた方がいいと思わないか?」
「ああ?」
「お、怒らないでグラツィアーノ! レオナルドも、実行するつもりない冗談言わないの!」
フランチェスカはグラツィアーノをぐいぐいと押さえつつ、レオナルドを見上げる。
(レオナルドが聖夜の儀式に手を挙げてくれたのは、クレスターニ対策のためだってこと、みんなには話したい気もするけど……)
レオナルドにぱちんとウインクをされて、フランチェスカは頷いた。
(分かってる。ダヴィード以外のみんなが、クレスターニに洗脳される危険がある以上、あんまり手の内を明かせない)
この中でそうした恐れがないのは、一度洗脳されたことのあるダヴィードだけなのだ。
(ダヴィードがもう二度と洗脳に苦しまず済むのは、カルロさんのスキルによって『無効化』されたから。だけどこれは、対象者が一度受けたスキルを、二度目以降は無効にするスキルだって聞いてる……だから、事前の予防に使えるわけじゃない)
だからこそ、どれほどグラツィアーノたちのことを信頼していても、洗脳先として警戒はし続けなくてはならないのだ。
(ごめんね、みんな)
「……まったく」
消沈した表情のフランチェスカに、グラツィアーノが溜め息をついた。
「そんな顔しなくていいですよ、お嬢」
「グラツィアーノ?」
「カルヴィーノの娘として表舞台に立ちたがらないあんたが、今朝当主に話を聞いた後も、聖夜の儀式に出ることを拒まなかったんですから。なんか事情があるってことぐらいは、俺も当主も察してます」
そんなグラツィアーノに、リカルドがこう続ける。
「言うまでもないが、『敵』に洗脳の力がある以上、無闇やたらと考えを打ち明けられないことだって理解している。加えて俺たちは皆、お前に恩を感じている立場だ」
「リカルド……」
心強い言葉に、じんと胸が熱くなった。
更には最後尾のダヴィードが、顔を顰めて言い放つ。
「俺だって、借りっぱなしは性に合わねーからな」
「ダヴィード」
「それに――……」
含みを持たせたダヴィードが、何故か視線をレオナルドに向けた、その瞬間のことだ。
(!?)
ふたりの間に、ばちっと爆ぜるような緊張感が走った。
「――牽制に従うつもりはねえことを、はっきり示しておく必要もある」
「はは! 番犬に加えて一匹狼くんも参戦とは、随分賑やかになってきた」
フランチェスカの後ろに立ったレオナルドが、自然に肩を抱いて引き寄せてくる。フランチェスカを間に挟んで、ふたりが対峙しているような構図だ。
「どうする? 俺の、可愛い奥さん」
「!?」
フランチェスカを覗き込むようにして、悪戯っぽい笑顔を浮かべたレオナルドが目を眇める。
まるで誰かに見せ付けるみたいに、存分に余裕のある振る舞いで、今まで呼んだことのない呼び方をしてくるのだ。
「俺たちの新居は広大な庭付きにしようと思っているが、凶暴な犬を二匹も飼うのは大変だ。将来のことを考えて、この辺りで切り捨てておくべきかもしれないぞ」
「れ、レオナルド、なんの話してるの?」
「裏で汚い手を回して、花嫁役なんて形で外堀埋めやがって。所詮はただの儀式だってこと、お前が誰より分かってんだろうが」
「ダヴィード! ねえ、ひょっとしてレオナルドとなにか喧嘩してる!?」
「うちのお嬢に何してくれてんすか。どさくさに紛れて抱き寄せてんじゃねえよ、さっさと離せ」
「グラツィアーノまで……!! た、助けてリカルド!!」
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悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~
悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、嫌われているのですが)
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死に戻り花嫁は欲しい物のために、残虐王太子に溺愛されて悪役夫妻になります! 〜初めまして、裏切り者の旦那さま〜




