209 当主による決議
今朝方、引き続き物凄い顔をした父からそれを聞いて、フランチェスカは心底驚いたのだ。
『――これより、決議のための投票を』
当主会議の場において、アルディーニ当主であるレオナルドは、堂々とした振る舞いのもと告げたらしい。
『ロンバルディ家が聖夜の儀式を行う場合、すでに細君の亡くなられたロンバルディ殿に代わり、次期当主たるエリゼオが遂行者となる』
レオナルドの言葉に対し、ロンバルディ家の当主であるエリゼオの祖父は、ひどく眉根を寄せたそうだ。
『一方で、我がアルディーニ家がその役目を賜ると決まった場合は、もちろん当主たるこの俺が儀式を行おう』
レオナルドは、まるでその場に居る全員へ釘を刺すかのような声色で、こう言い放った。
『……花嫁には、我が最愛の婚約者であるフランチェスカ・アメリア・カルヴィーノを』
そしてフランチェスカの父を見遣り、くちびるの前に人差し指を立てて笑ったという。
『恥ずかしがり屋の彼女のためにも、フランチェスカの姿は花嫁のヴェールに隠し、儀式の参列者にその姿を曝け出さないよう儀式を進めると約束いたしましょう』
『…………』
『無事に儀式を成し遂げたとあらば、五大ファミリー以外の貴族たちにとっても、フランチェスカの存在感は確実に変化します。社交界に出ないフランチェスカに、ここで新たな後ろ盾を……』
『アルディーニの若造よ』
そのとき、ロンバルディ当主は厳しい声音によって、レオナルドに叱責を向けたそうだ。
『聖夜の儀式とは、関係のない話をしているようだが?』
『はは。これは失礼』
その場の空気を想像しただけで、フランチェスカは額を押さえたくなる。
『無駄口はお終いとしておこうか。――それでは』
レオナルドは、ロンバルディ当主とレオナルド自身がそれぞれに署名した一枚の紙を、円卓の中央へ押し出した。
『どうか、相応しいと思う者に、ご投票を?』
『…………』
最初に短剣を手にしたのは、セラノーヴァ当主代理であるリカルドだったという。
リカルドは自身の親指に刃を当てると、そこからぷつりと膨れた血を、レオナルドの名の下へと押し当てた。
続いてソフィアがそれに倣い、自身の血をレオナルドの署名に捧げる。
やがてフランチェスカの父は、深い深い溜め息をついたあとに、どちらかへと投票を行ったそうだ。
父がどちらに投票したのかは、教えてもらっていない。
しかし、リカルドとソフィアの票がレオナルドに入った時点で、結果は既に明白なのである。
『聖夜の儀式の遂行者に、こうして俺を任命いただけたことを、心から光栄に思う』
『……軟弱者どもが』
微笑んで礼をしたレオナルドに、ロンバルディ当主は鋭い眼差しを向けたらしい。
『儀式の格とは無関係の事柄に、流されおって』
『公正な一票を投じた投票者に向けて、妙な難癖はやめてもらおうか。あんたこそ、儀式の格とやらを軽んじているんじゃないか?』
『なんだと?』
レオナルドはテーブルに頬杖をつくと、こう言い切ったのだという。
『次期当主であるエリゼオよりも、すでに一家の当主たる俺の方が、国王陛下の代理にふさわしいということだ』
フランチェスカは、想像する。
自分の何倍も生きている老人に向けて、なんの物怖じもしないどころか、挑発を含ませた笑みすら向けてみせるレオナルドの姿をだ。
『――その事実は、いかにあんたといえども、覆しようがない』
『…………』
昨晩の当主会議は、このような流れで終わったらしい。
そして今日のレオナルドは、儀式の遂行者として必要な諸々の手続きを終えて、先ほどようやく学院に登校してきたのである。
「レオナルド、『危ないことはしていない』とか、『安心して俺に任せて』って言ってたけど……」
両手を合わせて『いただきます』をした後で、フランチェスカは改めて告げた。
「危ないこと以外にも、レオナルドがロンバルディ家に嫌われるようなことだって、してほしくなかったよ」
「あの爺さんに嫌われてない人間なんて、ルカさまと優秀な実孫どの以外には存在しないよ。俺が嫌われているのは今に始まった話ではないから、問題ないさ」
「もう。そういう論点じゃないってこと、分かってて言ってる……」
「そんなことより」
サンドイッチを頬張ったフランチェスカを、レオナルドが愛おしそうに覗き込む。
「君に承諾を得ることなく、無断で『花嫁役』に任命してしまったお詫びをしよう」
「!」
レオナルドは、フランチェスカの頬を優しく指でつついて、戯れ半分に尋ねてきた。
「どうしたら、俺のことを許してくれる?」
「……心配だっただけで、怒ってないよ」
フランチェスカは、改めてはっきりとレオナルドに伝える。
「この国を守るために、ロンバルディ家から嫌われるようなことまでしてくれて、ありがとう。レオナルド」
「……俺が守りたいのは、君の願いだけだよ」
微笑んでそう言ったレオナルドの行動原理は、いつだって変わらない。
「君が聖夜の儀式から逃げ切るより、俺と一緒に参加した方が、事態の収束が期待できる。なにしろゲームの四章、聖夜の儀式においてクレスターニが狙うのは、聖樹なんだろう?」
「うん」
先日レオナルドに話したことを、フランチェスカも改めて口にした。
「……聖樹が枯れると、その国にはもう二度と、スキルを持った人が生まれなくなる」
この世界において、国家からスキルの力が喪われることは、国の滅亡をも意味するのだ。
「すべての国は、国民ひとりひとりの持つ力によって支えられているからな。労働力や知力……その『力』の最たるものが、それぞれのスキルだ」
レオナルドの言葉に、フランチェスカは俯いた。
「国を守るのも、大きく発展させるのも、その国に生まれて来た人のスキルが貢献しているんだもんね……」
フランチェスカにとっては憂鬱な事実だが、覆せない常識だ。
レオナルドは、気落ちしたフランチェスカを宥めるかのように、とても優しい声でこう続けた。
「強力なスキルを持つ人間ならば、世界すら変えることが出来る」
だからこそ、その国で生まれた人間にスキルを齎すと言われる聖樹は、大切に守られて清められるのだった。
「クレスターニは、国力の要になる聖樹を狙って、聖夜の儀式を妨害するだろう」
「……きっとそう。ゲームの四章で、『黒幕』のレオナルドが、主人公たちを襲わせたみたいに……」
聖夜の儀式に失敗すれば、この国の聖樹は枯れてしまうのだ。




