20 知らない根回し
「――胸元のリボンタイが緩んでいる」
「……へっ」
フランチェスカがポカンとすると、リカルドはますます眉間の皺を深くし、冷たく言い放った。
「制服の、リボンタイが緩んでいると言ったんだ」
「あ、ほんとだ!」
視線を落とせば、確かにリボンが解けかけている。リカルドはふんと鼻を鳴らし、蔑みの目を向けてきた。
「十分に気を付けろ。服装の乱れは規律の乱れ。軽んじているとゆくゆく大きな問題に繋がるぞ」
「は、はい。気を付けます!」
慌てて結び直しながらも、フランチェスカはそっと考える。
(裏社会ファミリー当主の息子というより、風紀委員長や先生みたい……)
リカルドは、フランチェスカの目の前で腕を組み、仁王立ちでこちらを見下ろしていた。
どうやらこの風紀検査に合格しない限り、解放してもらえないらしい。
「出来ました!」
「ふん……」
じっとリボンを観察されて、フランチェスカは胸を張る。
「及第点だな。左右の長さが一センチほど違う、それではあまりにも見栄えが悪い」
(わあ、指摘が細かい!!)
「そこの男子生徒、お前もだ。シャツの第一ボタンを開けるのは校則に違反しているぞ」
「は、はい! すみません、セラノーヴァ先輩……!」
じろりと鋭く睨め付けられた一年生が、焦りながらボタンを留め直している。
フランチェスカは、リボンをぐいぐい引っ張って調整しながらも、リカルドのことをちらりと見遣った。
(リカルド・ステファノ・セラノーヴァは生真面目で、自分にも人にも厳しい優等生だ。規律を重んじるし、人に怖がられてでもそれを正そうとするキャラクター。……一見すると、そういう人だけど……)
彼が着ている制服のベストや、裏ポケットの辺りを視線で探る。
(――制服のベストに似せてるけど、縫い目が二重になっている防弾加工のベスト。上着の中にはナイフが二本……ううん、三本ってところかな)
てきぱきと分析しながら、リカルドへの警戒を強くした。
(校則には違反してないけど、普通の生徒の装備じゃないよねえ……)
やはりリカルドも、ファミリー当主の次期後継者なのだ。
規律に厳しいその姿勢は、裏社会の住人として意外でもなんでもない。
(悪党として巨大な組織になるほど、厳しい規律がたくさん生まれるもの。世間からは無法者に見えている五大ファミリーにだって、鉄の掟がいくつも存在する)
鉄の掟で思い出すのは、メインストーリー第一章だ。リカルドは恐らく、すでにあの事件に関わっているのだろう。
(うう、どうしてここで出会っちゃったんだろ……! というかレオナルド、あれだけ私のこと見つめてたなら、リボンが解けてたの気付いてたよね!? レオナルドを恨むのは筋違いだけど、それでも教えて欲しかった!!)
心の中で嘆きつつも、そっとリカルドを窺う。リカルドは、周囲のさまざまな生徒に向けて、細やかな服装指導を行っていた。
一部の女子生徒は、リカルドに注意をしてもらいたいがために、わざとリボンを解いたりしているようだ。
女の子たちが叱られて嬉しそうにはしゃいでいる中、フランチェスカは好機を察した。
(よし、いまのうちに逃げよう……!)
そうっとさり気なく距離を置き、二年生の校舎に戻ろうとする。レオナルドから離れるついでに、グラツィアーノの様子を見てみようと思っていたが、それはまたの機会にすると決めた。
だが、そんなフランチェスカの逃走に気が付いて、あろうことかリカルドが追ってくる。
「おい。そこのお前、待て」
(わあああ、こっちに来た!!)
廊下の隅まで追い詰められて、フランチェスカは困惑した。
再び廊下の壁に背を付け、ノートをぎゅっと抱き締めるが、リカルドは容赦なくこちらの顔を覗き込んでくる。
「な、なんでしょう……?」
「……薔薇色の髪。空色の瞳。二年生のようだが真新しい制服……」
(まさか、今度こそカルヴィーノ家の娘だって気付かれた!?)
フランチェスカは十七歳だが、社交界デビューを果たしていない。カルヴィーノ家の娘として表に出ると、今後の友達作りに支障が出るからだ。
けれども赤い髪に水色の目は、当主である父とまったく同じだ。フランチェスカの正体を、リカルドが察しても無理はない。
「――お前が、アルディーニの言っていた転入生か」
「……え……?」
ぱちり、と瞬きをする。
「レオナルドが、私のことで何か?」
「先月、あの男が俺の前に現れて、妙な釘を刺してきた」
リカルドは忌々しげな表情で、フランチェスカのことを見下ろしながら教えてくれる。
「……『フランチェスカ・アメリア・トロヴァートに近付くな』」
「!」
「『彼女は俺のものであり、他ファミリーの人間が触れることは許さない』と。そう言っていた」
フランチェスカは、驚いて目を丸くした。
そのときのことを思い出したのか、リカルドは眉間の皺を深くして、フランチェスカのことを睨む。
「お前に接触すれば殺す、という警告までついている。この宣言をされたのは、もちろん俺だけではない」
(ななななな、なにやってるのレオナルドの馬鹿!!)
この場にレオナルドがいたならば、がくがく揺さぶって問い詰めていただろう。フランチェスカの知らないところで、いつのまにか物騒な話が始まっていた。
「アルディーニを排除したいか? 転入生」
「え……」
リカルドは、あくまで冷たい声音のまま問い掛けてくる。




