184 醜い偽物
『あくまな』ドラマCDの続報は5月27日お知らせ!
作者のTwitter(X)にて、5月23日のお昼ごろから、
特別なカウントダウンを開始します!
https://twitter.com/ameame_honey
ダヴィードの持つスキルのひとつ目は、他人の外見を本性の通りに変えるもの。
続いて、本物そっくりの模造品を作り出すもの。
三つ目は、他人を弱者に変えるというものだ。
そのどれもが醜く、ラニエーリの当主には相応しくないものだったが、クレスターニにとっては都合がいい面もあったらしい。
(また、記憶が飛んでやがる。……くそっ、くそ……!!)
クレスターニとの『取り引き』を行なってからの十年で、この感覚には慣れてきていたはずだった。
あの日からクレスターニは、予告なくダヴィードの意識を乗っ取って、『何か』に使っている。
手から血の匂いがしたこともあった。
子供であることを利用して、何かの情報を盗むことに利用された痕跡を感じることもあれば、ダヴィードのスキルによって何か惨事を起こした名残を見付けることもあった。
(それでも、クレスターニから姉貴を守って、いずれ俺の願いも叶えられると。……ガキの頃は、そう信じていた)
目の前にいる化け物の口からは、女のものらしき叫び声が上がる。
「憎い、許せない、許せない……!」
(馬鹿な話だ、あいつがそんな約束を守るはずはねえのに。俺の願うことは踏み躙られて、姉貴は永遠に『人質』のまま……)
洗脳される回数が増える度に、自分が更なる『偽物』へと書き換えられていく気がした。
本物の当主たる資格もなく後継者になり、醜いものしか作り出せないスキルを持っていて、自分自身の人格すらどんどん無くなっていくばかりだ。
(……汚い)
ミストレアルの輝石が披露された夜、停電と共に地震が起こり、姉が守るショーケースへと駆け付けた。
ダヴィードには、そこからの記憶が無いのである。化け物たちの呻き声が響く中、痛む頭を抱えて膝をついた。
(ミストレアルの輝石を『偽物』にすり替えたのは、間違いなく俺だ)
そうでなければあの状況下で、輝石を持ち出せる者など他に居ない。
(アルディーニを、ガキの姿に変えたのも。たとえ、そのときの記憶が、俺に無くとも……)
ダヴィードにとって弱者とは、子供の頃の、無力な偽物でしかない自分だ。
子供を『弱い者』だと感じるから、楽器を教えるなどの自己満足で手を差し伸べたくなってしまう。
洗脳が気付かれないよう、他人と深く関わらないことをクレスターニに誓った身で、子供という弱者であればいくらでも誤魔化せると考えていた。
だからこそ、ダヴィードの三つ目のスキルで『他人を弱者に変える』際は、対象を子供の姿に変えてしまうのだろう。
(認めるのが恐ろしくて、テメェのやったことだと気付かないふりをしていた。だが、姉貴は恐らく、勘付いている)
隠し通してきたつもりでも、すべて見抜いていたのかもしれない。
ミストレアルの輝石を披露する会場では、『姉に命じられてここにいる』と構成員たちにも告げた。しかし本当は、ダヴィードにそれを命じたのは、クレスターニだ。
(……俺が会場に現れたときの、絶望した姉貴の顔……)
それでも信じようとしてくれたのだろう。
姉は、自分は輝石の傍から離れないままに、ダヴィードに告げた。
『あんたは輝石から少し離れて、怪しい人間がいないか見張ってな。この会場に出入りする人間のリストに載っていないことを利用するんだ、いいね』
ダヴィードがリストに載っていなかったのは、姉の承諾を得ずに向かったからだ。
(ろくでもない。おぞましくて醜い。美しい本物にしか価値がねえのに、俺という人間は汚い嘘で出来ている)
覚醒した三つのスキルすべてが、そのことを象徴しているようなものだ。
(汚い。……本当に、汚い。それなのに)
放課後の音楽室で、ダヴィードの隣に立った『彼女』が、美しく笑ってこう言った。
『ダヴィードはとっても「綺麗」だなって、そう思う!』
(………………っ)
頭がひどく、痛くなる。
じじっ、と何かが焼ける音がした。油絵の表面をやすりで擦り取るかのように、ダヴィードの思い浮かべていた記憶が移り変わる。
***
『俺とお前のあいだにある契約を、破棄したい?』
それは昨日、フランチェスカと放課後に話した後の出来事だった。
会いに行ったはずのクレスターニの顔は、いまも思い出せないままだ。その姿が認識できないことに、ダヴィードは慣れきっていた。
『……あんたから見て、俺の利用価値なんてもう、ほとんど無いだろ』
『そう自分を卑下するものじゃない。お前が輝石を偽物に変えたことも、お前自身にそんな記憶が全くないからこその振る舞いも、実に役立っているさ』
『いらねえはずだ、そんなもの……! 契約を守る気なんかなかった分際で。あんたは相変わらずいつでも姉貴を洗脳できる、俺の望んだものは消えないまま――……』
『――フランチェスカ』
クレスターニが彼女を呼んだ瞬間、ダヴィードは思わず息を呑んだ。
『実はな。ここしばらく、ずっと興味深く感じていることがある』
『……何が、だよ』
『俺の親愛なる駒たちが「あの少女」に接触すると、ことごとく洗脳に歪みが生じる。あからさまなボロを出すような行動を取るだけでなく、真実を勝手に暴露したり、挙句に洗脳が解けたりだ』
そうしてクレスターニはどうやら、ダヴィードの方を見て笑ったらしい。
その記憶だけは残っているのに、実際にクレスターニの顔などを、脳裏に描くことはできなかった。
『お前、あの子に惚れたのか』
『……おい。あいつを危ない目に遭わせる気なら、これ以上は……!!』
するとクレスターニは、楽しそうな声音でこう続けた。
『これから、愛しい女の子を危険な目に遭わせるのは、お前自身だろう?』
『――――……!』
そして再び記憶が途切れた。
ダヴィードが自分の意思を取り戻したのは、その翌日、構成員からこんな報告を聞いた瞬間のことだ。
***
『魔灯夜祭のために使っていた公園内で、大勢の人間が混乱状態に陥ったと』
その報告を耳にしたとき、ダヴィードは身の震える思いがした。
『何らかのスキルで構成員たちが中に入ることが叶わず、詳細な状況が不明なのですが、怪物のような仮装をした大勢が暴れ回ったようで』
『くそ……っ』
フランチェスカの元に向かい、すぐにその無事を確かめたいと願う。だが、その足は動かない。
構成員の報告が事実であれば、『怪物』を生み出したのは、昨日の記憶がないダヴィードなのだ。
(犯人は間違いなく……俺以外の何者でもない。俺が、ラニエーリ家の縄張りで、多くの人間を傷付けた。あいつのことも)
ちょうど帰宅したらしき姉が、馬車を降りて門をくぐるのが、窓から見えた。
何かを決意したかのようなその表情は、恐らくダヴィードを守るための面持ちだったのだ。
ダヴィードのスキルが何かを知る姉は、昨晩の出来事について、この愚弟が起こした出来事だと察しているのだろう。
(……さすがは、『本物』さまだ)
姉はこの家の当主として、すべてを抱え込むつもりでいる。やはり、ダヴィードがそれを奪うことは出来ない。
『だったら、俺は――……』
脳裏に浮かんだのは、父が亡くなったときの姿だ。
(……一刻も早く、終わらせる)
『っ、ダヴィードさま?』
銃を手にして部屋を出ようとしたダヴィードを、構成員が呼び止める。それには返事をせず、ダヴィードは自室へと向かった。
(輝石はクレスターニが奪った。恐らくもう戻らねえ。これ以上ラニエーリに汚名を被せる前に、俺が)
輝石がダヴィードのスキルによってすり替えられたことを、恐らくは姉は気が付いているはずだ。
あまりにも無様な状況に苛立つ。だが、これ以上ダヴィードが状況を混乱させる前に、手を打っておく必要があった。
(死体を作れ。次期当主である、俺の死体を……! 輝石を紛失したことへの、『誠意ある謝罪』の材料には使える。……姉貴はきっと、上手くやる……)
誰にも邪魔をされない場所で、引き金を引けばいいだけだ。
姉の顔が脳裏を過ぎる度に、寧ろそのことがダヴィードの背を押した。ダヴィードが死んで悲しむ存在が居て、だからこそ、これまでやってきたことの罪を償わなくてはならない。
(醜い嘘つきの偽物は、ここで、死ぬべきだ)
自室の扉を閉めて、銃の安全装置を外す。
銃口を自らの左胸に当てた。けれども最後に浮かんだ少女の顔に、ダヴィードの指先が僅かに震える。
フランチェスカがダヴィードに向けて笑う顔は、どうしてあんなにも美しいのだろうか。
『…………っ!』
その瞬間、ひどい頭痛がダヴィードを襲う。
(……しまった……!)
意識が途切れそうな感覚に、慌てて引き金を引こうとした。だが、その抵抗は間に合わない。
『やめろ……!』
ここにいないクレスターニに向かって、ダヴィードは声を絞り出す。
『頼むから、もう、これ以上――……』
***
そうして再び意識を取り戻したときには、町中がダヴィードの生み出した『化け物』に溢れ返っていた。
「なんなんだよ……」
手にしていたはずの銃はここに無い。ダヴィードを嘲笑うかのような光景が、目の前で繰り広げられている。
(逃げようとしても、無駄だって言いてーのか)
そんな無力感に苛まれて、痛む頭を抱え続ける。
石畳の上に膝をついたダヴィードの傍で、化け物に変えた女が叫んだ。
「どう足掻いたって私は選ばれない!! 醜い私、美しくなれない私に、価値なんかない……!」
化け物たちの醜い声に、頭が割れてしまいそうだ。
「殺してやる! あははは、ははっ、全部取られる前に殺してやる!!」
その嘲笑を聞いたダヴィードは、掠れた声を絞り出した。
「……醜い人間の本性が、そんな生ぬるいはずねえだろ」
これから先、ダヴィードが『終わり』を選ぼうとする度に、クレスターニは邪魔をしてくるのだろう。
(死んだほうがよっぽど価値があるのに、それすらも選べねえのかよ)
本物ではないどころか、こんな無様な結末まで生み出した。
醜い心を抱えた周りの人間が、それに相応しい異形に姿を変えたところで、ダヴィードの醜さが覆い隠されるはずもないのにだ。
(醜い。醜い、汚い、汚い汚い汚い……俺が、誰よりも)
『ああ。そうだな、ダヴィード』
耳元で囁くかのような幻聴が、ダヴィードにそっと言い聞かせた。
『だったらもう、最果てまで汚れてしまうしかないだろう?』
「……っ」
フランチェスカの笑った顔を思い浮かべてしまい、それを必死に掻き消す。
「……お前らも、嘘をつくなよ」
「うあ……っ!?」
比較的まともな姿をしていた男の化け物が、爪の長く伸びた手で、自らの首を掴んだ。
「本物の姿になれ。誤魔化して、綺麗なふりをすんな」
「あ、ああっ、あ……!!」
『ははっ! 良い子だなあ、ダヴィード』
めきめきと音を立てて、急速に爪が伸びてゆく。他の化け物たちも皆、苦しみながら更なる変化を遂げようとしていた。
「……もっとだろ? お前たちも俺も、汚ねーもので出来てんだ」
「あああっ、ぐああ……!!」
頭の中に、クレスターニの命じる声が響く。
『その調子だ。……お前の消したいものごと、この国を「綺麗に」壊してしまおう』
「……壊れろ」
聞こえてくる声と、何よりも醜い自分自身に向けて、ダヴィードは掠れた声を振り絞った。
「全部、ぶちまけやがれ……!!」
「あああああ……っ!!」
聞くに耐えない断末魔が響いた、そのときだった。
「――駄目だよダヴィード、汚させない――!」
「……っ!?」
ひとりの少女の声がする。
石畳から出現した氷の壁がダヴィードを取り囲み、異形たちとは分断された。反射的に振り返れば、赤い薔薇の色をした髪を靡かせた『彼女』が立っている。
「お前……」
フランチェスカはダヴィードから目を逸らさず、その双眸で真っ向からこちらを見据えた。
『あくまな』ドラマCDの続報は5月27日お知らせ!
作者のTwitter(X)にて、5月23日のお昼ごろから、
特別なカウントダウンを開始します!
https://twitter.com/ameame_honey




