178 影響
「君の知ることを聞かせてくれ。『ゲーム』では、どんな筋書きになっている?」
「……まずは、ゲームの世界がどんな物語になっているか、それを話すね」
王都の通りを進む馬車の中で、フランチェスカはそれからしばらく、ゲームのあらすじをレオナルドに話した。
『主人公』フランチェスカの境遇や、父とグラツィアーノとの関係性。それから『ラスボス』レオナルドが、どのように接触してくるかについて。
ゲームの一章と二章で起きることを話すあいだも、レオナルドは真剣に耳を傾けてくれた。
そうして、三章の筋書きを話し終えた頃。
「――フランチェスカ。手を」
「ありがとう、レオナルド!」
イチョウの葉に埋め尽くされた金色の並木道で、レオナルドのエスコートに促されながら、フランチェスカは馬車を降りる。
「寒くない? 大丈夫か?」
「うん、平気。レオナルドの言う通り、今日は外の風が気持ち良いね」
イチョウと同じ色合いをしたドレスの裾が、吹き抜ける風に柔らかくそよいだ。今日はいつもより暖かくて、あと少しの距離を歩くにはちょうどいい気温だ。
「……ゲームの三章で起きるはずの出来事は、いま話した通りだよ」
レオナルドと共に黄金色の街路を歩き始めながら、フランチェスカは続きを話した。
「三章では、私とダヴィードが一緒に調査をするの。ダヴィードの抱える悩みを解決して、ラニエーリ家に昔からいる使用人を、犯人として捕まえる」
「そして、子供に変えられた君は本音を曝け出して大人に戻り、『黒幕』である俺の計画を阻止すると」
「いまの時点で『子供に変えられた人物』と『元に戻る方法』、『黒幕』と『輝石を盗んだ犯人』が違っちゃってる訳だけどね……」
ゲームの知識があったとしても、ほとんど宛てにならないかもしれない状況だ。肩を落とすフランチェスカをあやすように、手を繋いだままのレオナルドが尋ねてくる。
「ダヴィードの『悩み』が何かは、俺には秘密?」
「……うん、秘密。ただでさえダヴィードの隠したい事情を、ゲームシナリオっていうずるい方法で知っちゃっているんだもん。それを私がレオナルドに話す訳にはいかないと思うんだ」
「そうか。君らしい」
レオナルドが何故か嬉しそうに笑うので、フランチェスカは首を傾げた。だが、レオナルドはこれについての仔細を話すつもりはないようだ。
「とはいえ、レオナルド。この世界でいままで起きた事件は、ゲームシナリオの更なる真相としても、矛盾しないように出来ているの」
「薬物事件の真犯人が、リカルドの父親だったのも。暗殺騒動で番犬の父親が、自ら命を絶とうとしていたことも。君の話すシナリオの裏側にあった事情として、成立する」
「そう。だから今回も、きっと同じなんじゃないかな」
街路に敷き詰められたイチョウの葉の上を歩きながら、フランチェスカは顔を顰める。
「……考えれば考えるほど、『ゲームの中に転生』って一体なんなんだろ……」
「それはもっともな疑問だろうが、この世界との差異は十分な参考になる。君の知るゲームとの違い、その中でも輝石にまつわる部分だけを、改めて考えてみようか?」
「うん……」
隣に並ぶレオナルドの提案に、イチョウ並木を見上げた。
「ええと……輝石が盗まれず、偽物にすり替わっているところ。小さくなったのがレオナルドなところ。犯人が、ラニエーリ家の古い使用人さんじゃなさそうなところ」
「…………」
金色の落葉が舞い落ちる中で、レオナルドが口を開く。
「ラニエーリ家の使用人が新しくなっているのは、ソフィアの家出を許した不始末によるものだが。君の知るゲーム世界では、その解雇が発生していないということなんだよな?」
「少なくとも犯人は、ソフィアさんたちのお父さんの代から仕えていた人だったよ。ソフィアさんの家出については、ゲームでは語られてなかった」
レオナルドはそれについて、何か思うところがあったようだ。
「ゲームとやらでは、ソフィアが逃げ出す出来事が起きなかったのかもしれない」
「そういうこともあるのかも。私が生まれたこの世界で、何もかもがゲームの通りに進んできた訳じゃないし」
「フランチェスカ」
こちらを見下ろした金色の瞳が、真っ直ぐに問い掛けてくる。
「一連の事件について以外で。――君の知る『ゲームとの違い』はすべて、君自身が、ゲームと異なる行動を起こしたことによるものか?」
「え」
思わぬ質問に、フランチェスカはぱちりと瞬きをした。
「……うん」
ゆっくりと慎重に思考を巡らせながら、俯いて頷く。
「ゲームでの私は、小さな頃に郊外に出されて、裏社会とは関わりを持たずに大人になってる。だけど」
「現実の君は、お父君とのわだかまりを解消し、カルヴィーノ家に留まったまま成長した」
「そうだね。だからこそグラツィアーノがうちに拾われたときも、一緒に過ごすことが出来た。ゲームでグラツィアーノと初めて会うのは、十七歳になった私が、この王都に帰って来た後……」
そこからの日々も、フランチェスカは家の構成員から存分に可愛がられ、ゲームとは違う関係性を築きながら成長している。
「俺は先ほど、『一連の事件について以外で』と前提を置いたが。ゲームとやらの事件が始まっても、君の行動が影響を及ぼしているだろう?」
「……だってそもそも、ゲームではラスボスになるレオナルドと、こうして大親友になっちゃってる……」
レオナルドが考えていることが、フランチェスカにも分かった気がした。
「輝石が盗まれたんじゃなくて、偽物に変えられているのも。事件の犯人が変わっちゃっていそうなのも……」
ばらばらに配置されていたものが、少しずつ繋がりを持ち始めたように思えてくる。
「――私の行動が、影響しているの?」
「…………」
レオナルドは、その言葉を否定しなかった。




