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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第3部 狷介孤高の同級生〜

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165 大事なものを



「……なんで、お前は」

「?」


 ダヴィードが、フランチェスカから視線を逸らす。そのことを不思議に思い、首を傾げた。


「ど、どうかした?」

「なんでもねーよ。ただ……」

「ねえねえ、ダヴィードおにいちゃん!」


 ダヴィードのバイオリンを手にした男の子が、石の階段を駆け上がってくる。


「おい。走るな、転んだらどうすんだ」

「見て見て! 先週出来なかったとこ、ちょっと上手になって……あっ!!」

(危ない!!)


 段差に躓いた男の子が、そのまま転びそうになる。


「っ、何やってんだ!」


 フランチェスカが手を伸ばすより早く、ダヴィードが男の子を受け止める。しかしその拍子に、小さな手からバイオリンが離れてしまった。


「――!」


 ダヴィードが僅かに目を見開いて、それでも男の子を抱き止める。

 バイオリンが階段の下、石畳に投げ出されそうになったその瞬間、飛び降りたフランチェスカの手がそれを掴んだ。


「な……っ!?」

(っ、間に合った……!)


 ドレスの裾が翻る。

 バイオリンを抱き止めて着地すると、その衝撃でじいんと足が痛んだ。思わず目を瞑り、僅かに身を震わせると、上からダヴィードの焦った声がする。


「おい!! 怪我したんじゃねえのか!?」

「お、おねーちゃん、ごめんなさい……!」

「だっ、だ、大丈夫!」


 僅かに声が震えてしまうものの、怪我をしていないのは本当だ。

 何よりも、バイオリンが壊れたりしていないことを確かめて、フランチェスカはほっとした。


「ほら! ちゃんと無事だよ!」

「……物なんざ、どうでもいいだろうが……」

(ううん。そんなことない)


 バイオリンが落ちそうになったその瞬間、ダヴィードが息を呑んだことには気付いている。

 父から姉に引き継がれ、そして自分に渡ったバイオリンだと話していた。それでも小さな子供のことを優先し、迷うそぶりすら見せなかったダヴィードに、フランチェスカは微笑んで告げる。


「大事なものを、大事じゃないふりしなくてもいいんだよ」

「〜〜〜〜……っ」


 その瞬間のダヴィードは、小さな子供のような表情をした気がした。

 男の子を座らせたダヴィードが、階段を降りてくる。バイオリンを受け取るかと思いきや、彼はフランチェスカの足元に片膝を突くのだ。


 女の子たちが目を輝かせ、「わあ……」と見惚れて頬を染める。

 ダヴィードが跪いたその姿が、御伽話の騎士のように美しかったからだろう。


「――本当に、怪我してねえんだな?」

「ダヴィード……」


 フランチェスカの靴にそっと触れ、確かめるように尋ねてくる。

 その思いやりが嬉しくて、フランチェスカは微笑んだ。


「うん。平気、ありがとう!」

「……ちっ」


 ちょうどそのとき、孤児院の前に馬車が停まるのが見えた。赤い薔薇の家紋が掲げられた、あれは、フランチェスカの家の馬車だ


「あ!」


 そしてその窓際に、小さなレオナルドの姿を見付けて、フランチェスカは目を輝かせた。


「迎えが来たみたい、もう行くね。輝石の話はあんまり出来なかったけど……」

「いいからさっさと帰れ。治癒スキル持ちの人間とやらに、ちゃんと診せろよ」

「ふふ。分かった、それじゃあね! みんなもまた!」

「おねえちゃん、ばいばい!」

「また来てね!」


 子供たちの言葉を嬉しく思いながら、ひとりひとりとハイタッチをしてから馬車に向かった。


(……輝石の話は出来なかった。だけど、ゲームと大きく違うところの情報を得られたのは、進展かな)


 そんなことを内心で考え、表情を引き締める。


(ゲームと違うのは。…………ソフィアさんの、行動だ)




***




 フランチェスカの去った教会前で、石の階段に腰を下ろしたダヴィードは、俯いて額を押さえていた。


 つい先ほど、フランチェスカの口にした言葉が、耳に焼き付いて離れない。


『……綺麗なものが持つ力って、こんなにすごいんだね!』

『大事なものを、大事じゃないふりしなくてもいいんだよ』


 あんなに美しく笑う人間を、ダヴィードは生まれて初めて見た。

 あれこそが本物の美しいものだと、そんな馬鹿げた思考が浮かんでしまうほどにだ。


(俺のことなんざ、お前は何も知らない癖に。……なんなんだよ……)


 こんな感情に振り舞わされるのが、死ぬほど不本意で仕方がない。

 しかし、考えないようにしようと努力すればするほどに、フランチェスカのことを思い浮かべてしまう。


「ダヴィードおにいちゃん。さっきのおねえちゃん、また来てくれるかなあ」

「……知るか」


 子供たちの無邪気な問い掛けにも、そう答えるので精一杯だった。


「くそ」


 俯いて自分の前髪を掻き上げ、くしゃりと乱雑に握り込んで呟く。


「……熱い……」


 心臓にまで届きそうな熱が、冷めてくれそうな気配はないのだった。




***




「――私が違和感を覚えたのは、ソフィアさんのそんな過去なの」


 迎えに来てくれた馬車の中、小さな姿になった親友とふたり並んだフランチェスカは、先ほどまでの出来事をレオナルドに共有し始めていた。


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