162 入れ替え
ダヴィードが怪訝そうにするのも当然なので、少しずつ言葉を選びながら伝える。
「このあいだ美術館で少し話したことは、ダヴィードも知ってたんだよね? クレスターニっていう、王都の色んなところで事件を起こしてる存在のこと。洗脳スキルを持っていて、イザベラさんも洗脳の犠牲になったひとりだって」
「……だからなんだよ」
「私は輝石をすり替えたのも、クレスターニの仕業だと思ってる。輝石そのものを手に入れることじゃなくて、この国の立場を危うくすることが目的なんじゃないかな」
「…………」
フランチェスカの推測を、ダヴィードが否定することはなかった。
沈黙は先を促している証だと受け取って、フランチェスカは言葉を続ける。
「会場を警備していたラニエーリ家の人たちが、仮にクレスターニに洗脳されていたら、警備には穴が空いてしまう。だけど洗脳スキルの存在を知っていたソフィアさんは、その対策も講じてたよね?」
「……ああ。輝石は必ず複数人に守らせて、傍には姉貴がついていた」
そのときのことを思い出したのか、ダヴィードは顔を顰める。
「ミストレアルの輝石がこの国の国境を超えてから、片時も傍を離れないって勢いだったな。さすがに見兼ねて、俺が何回か代わってやったが」
「……ソフィアさんが自ら警備してたんだね。そんなに厳重だったのに……」
フランチェスカは、そこに僅かな引っ掛かりを覚える。
「それだけ強固に守られていても、輝石はすり替えられたんだ。一体いつ、どうやって?」
ダヴィードが舌打ちをし、脚を組み替えながら呟いた。
「だから、まさにそれを調べてるんだろ」
(……誰かが強固に守っていた宝物を、偽物にすり替えられる人。それって、他ならぬ……)
けれどもフランチェスカは、一度会話の続きに戻る。
「ええと……ラニエーリ家の警備について詳しい人が、クレスターニに洗脳されてしまったら、簡単に情報が盗まれちゃう。だから、この家に長く仕えていた人が、洗脳の標的に狙われた可能性があると思うの」
「……ふん。それで?」
「警備に参加してた構成員の人たちは、当然あのホールから逃げたり出来ないはず。だから当日、本来はホールに行かなくてもいい立場のラニエーリ家の人が、クレスターニに洗脳されたんじゃないかなって!」
それらしい推論を並べ立てるが、実際の根拠は別にある。
(ゲームシナリオにおいて、輝石を盗んだ犯人になるモブキャラクター……それがラニエーリ家の執事さん。ソフィアさんやダヴィードが生まれる前からこの家に使えてて、ふたりのお父さんも知っている人)
その人物の情報を、ゲームでプレイして知っていた。
(シナリオが変わっていても、この人が何か知っていたり、クレスターニからの洗脳を受けている可能性はある)
だからこそ、その執事の話を聞いてみたいのだ。
とはいっても、直接名指しをする訳にもいかないので、遠回しに条件を絞り込む。
「ソフィアさんや構成員さんに、無条件で信頼されそうな人は居ないかな? ダヴィードたちが生まれる前に、この家に仕えていたような……」
「――――……」
ダヴィードは考える素振りすらなく、即座にフランチェスカを見て答えた。
「居ない」
「え……っ」
思わぬ回答に驚いて、目を丸くする。
「なんだよその顔。この家に、そこまで長い使用人は居ねえって言ったんだ」
「そ……そうなの!?」
「ああ」
ダヴィードは、手にしたティーカップの表面を慈しむように目を眇めつつ、こう続けた。
「この屋敷の使用人は、十年前に全員が入れ替わってるからな」
それは、ゲームと明確に違う出来事だ。
「その頃にまだ生きていた親父が、そいつらを全員解雇した。それだけの話だ」
「理由は? 全員解雇なんて、よっぽどのことなんじゃ……」
「それは……」
ダヴィードが答えようとしたその瞬間、応接室の扉が開いた。
「――それはね、フランチェスカお嬢さん」
「あ……!」
憧れている女性の登場に、フランチェスカは椅子から立ち上がる。
「当時の使用人たちが、私の家出を止められなかったからだよ」
「ソフィアさん!」
にこっと微笑んでくれたのは、ダヴィードの姉である当主ソフィアだ。
「お邪魔してますソフィアさん。ご、ごめんなさい、さっきのお話は……」
「気にしなくていいよ、隠している訳でもないし。ほらダヴィード、そっち詰めな」
「なんで無理やり俺の隣に座ろうとすんだよ。狭い、うぜえ、やめろ」
「このソファーがふたり掛けなのが見て分かんないのかい? それにしてもまさか、あのダヴィードが女の子を連れて帰ってくるなんてねえ」
問答無用でダヴィードの横に腰を下ろしたソフィアを見て、これが姉弟のやりとりなのだと感動する。
ソフィアは脱いだ上着を、ごく自然な様子でダヴィードに持たせると、フランチェスカに微笑み掛けた。
「フランチェスカお嬢さんが来ているって話だから、挨拶だけしようと思ったら。なんだか懐かしい話が聞こえてきたもんで、ついつい割り込んでごめんね?」
「いえ! ですがソフィアさん、家出って……?」
「私たちの親父が死ぬ前、私がまだ十九歳の小娘だったころ、ちょいと失恋しちまったのさ」
「!」
何気ない様子で語られた言葉に、フランチェスカは息を呑む。




