153 ご褒美
現在ルカの周囲には、護衛たちによる防音スキルが張られている。このテーブルでの会話は、他の誰にも聞こえないものだ。
「ありがとうございます、ルカさま」
レオナルドはルカに同じ微笑みを返し、そつのない礼を述べた。
「ですがもう十分に。料理や景色の素晴らしさに加え、陛下とのお食事という栄誉。もはや胸までもいっぱいです」
「腹が満たされたのであれば何よりだ。子供の体では不便もあろう? 色々と助言もしてやれるぞ、なんでも言うがよい」
「はは。ルカさまがそう仰ってくださるのであれば、心強いですね」
(ううーん、大人の会話をしてる……)
フランチェスカはお皿に乗った最後の苺を口に運び、もくもくと顎を動かしながら、ふたりのことを見守る。
「さて。――ミストレアルの輝石だが」
「!」
両手でくるむようにティーカップを持ったルカは、悠然とした微笑みのまま目を伏せた。
「お前たちは昨晩、会場に居たようだな。偽物にすり替えられた話は耳に入れたか?」
「ええ。聞き及んでいます」
余計なことは何ひとつ加えず、レオナルドは事実だけを端的に答える。だが、ルカが視線を向けたのは、大人しく会話を聞こうとしていたフランチェスカの方だった。
「フランチェスカよ。すまないが可能な限り、ラニエーリ家を気に掛けてやってほしい」
「私ですか?」
「ルカさまは不思議なことを仰る。フランチェスカは輝石の守護になんの関係もない、ただの女の子ですよ」
レオナルドの微笑みに、僅かな牽制が滲んだのが分かった。ルカはそれを咎めることもなく、申し訳なさそうに笑う。
「ああ、なにも調査をしろと命じている訳ではない。だが以前も言った通り、私は確信しているんだ。……フランチェスカは各ファミリーに、思ってもみなかった作用をもたらす『鍵』だと」
「お、お言葉ですが、それは買い被りすぎです!」
「さあ、どうかな?」
フランチェスカが慌てても、ルカは全く気に留めていない。
「輝石の行方探しについては当然、ラニエーリ家が主体となって動く。各ファミリーに協力を要請されたとて、当主や構成員ではないフランチェスカが輝石を探す必要などない――が、お前さんがソフィアやダヴィードに関わることで、ラニエーリ家の『問題』に対しての道が開けるやもしれぬ」
(きっとゲームシナリオでも描かれていた、ソフィアさんから当主の座を引き継ぐ件だ。迷っているダヴィードの背中を押して、当主になる覚悟を決めさせるのが、主人公フランチェスカの言葉と行動)
フランチェスカがくちびるを結ぶと、そこにルカの家臣である男性が歩み出た。
「――陛下。そろそろ」
「ああ、もうそんな時間か。すまなかったなフランチェスカ、学院まで馬車で送らせよう」
「ありがとうございます。……レオナルド、本当にひとりにして平気?」
今日くらい学校を休むべきではないかと悩んだが、家を出る前にそれを相談したところ、レオナルドは首を横に振ったのだ。
「行っておいで、フランチェスカ。芸術鑑賞の授業、楽しみにしてただろ?」
「でも、レオナルドに私の家でお留守番させるのも、それはそれで」
「俺の所為で君が何かを我慢するのは、俺は寂しい」
そんな風に言われてしまうと、フランチェスカだって強く出られない。立場が逆であれば、フランチェスカだってレオナルドに出掛けてほしいと思うだろう。
「……美術館が楽しみな気持ちよりも、レオナルドが心配な気持ちの方が大きいんだよ?」
「そんなやさしい君だからこそ、俺が原因で日常を崩したりせず、学院には行ってほしいかな」
レオナルドは微笑んで、少し悪戯っぽい表情を作る。
「それに、美術館で何か分かるかもしれないぞ? いまは本物のふりをして、偽のミストレアルの輝石が展示されているはずだ」
「……うん。そうだね」
その可能性が低いと分かっていて、敢えて登校する理由を作ってくれたのだろう。これ以上、レオナルドの配慮を無駄にする訳にもいかない。
「じゃあ、行ってきます。ルカさま、レオナルドのこと……」
「ああ、後でお前の家に送り届けよう」
「またな。フランチェスカ」
椅子から降りたレオナルドがフランチェスカの手を取って、甲にキスを落とすふりをする。
「放課後、君に会えるのを楽しみにしている
「……うん!」
***
「――さて」
フランチェスカが乗った馬車を見送り、振っていた手を下ろしたレオナルドは、テーブルで優雅に茶を飲むルカを振り返った。
「俺をこの場に残された、その本題をお聞かせいただけますか? 陛下」
幼い姿をした王は、それでも今のレオナルドより、数歳は年上の容姿をしている。
「……なあに、大したことはない」
そして双眸に宿る光は、間違いなくこの世界で誰よりも永く生きている、一国の主人のものだった。
「フランチェスカには言えない困り事が、何かあるまいかと思ってな。もっとも一度も成長したことのない私と、元々の体から変化してしまったお前とでは、感じる不便も違うだろうが」
「お気遣い、心より痛み入ります。ですがフランチェスカが良くしてくれているので、今は何も」
「――お前、やはり」
ルカはカップをテーブルに戻し、レオナルドをまっすぐに見てこう微笑む。
「その姿を、何かに利用するつもりでいるのだな」
「ははっ。なんのことだか」
敢えて挑発を仕掛けたのは、隠し通すことが不可能だからだ。
この王は、レオナルドの目的をある程度は把握し、その上で自由にさせている。だとすれば、その隠蔽に労力を払う必要はない。
「アルディーニよ。お前の願いの全容を、そろそろ私にも打ち明けてみろ」
「願いなんて、フランチェスカを幸せにしてやりたいということくらいですよ。他には何も」
「お前とて、私の可愛い『孫』のひとりだ。お前の望みに対しても、出来うる限りは耳を傾けたいと願っているよ」
「俺は本当に、何よりもフランチェスカを幸せにしてやりたいと思っているのですが。ですから陛下、あまりあなたに頼る訳には参りません」
「おや。それは何故だろう」
レオナルドはテーブルにつき、ルカの正面に腰を下ろす。
「だってあなたは、俺のフランチェスカを利用しているでしょう?」
「……ほう」
ここで興味深そうな反応を返されるのも、レオナルドの想定していた通りだった。
「春先の薬物騒動以降、あなたは各ファミリーに対し、くだらない試練めいた命令を与えているように見えます。国を揺るがすような事態を前にしても、五大ファミリーそれぞれを同時に動かすのではなく、段階を踏んでいる」
「……ふむ?」
「そして平穏を望むはずのフランチェスカが、不思議と事件に飛び込むような構図になっている状況です。その身を、危険に晒してまで」
「…………」
そのとき、レオナルドたちがテーブルについたテラス席の前に、一台の馬車が停まった。
「やれやれ」
その馬車からは、ひとりの男が降りてくる。
「やはり主君が隠し事をしていては、臣下の心など掴めんよなあ」
(……へえ)
姿を見せたその人物に、レオナルドは楽しくなって微笑んだ。
赤い薔薇のような髪に、空を映した水色の瞳は、フランチェスカと同じ色彩だ。
「なあ? エヴァルト」
「…………」
(ここで、フランチェスカのお父君のご登場とは)
国王ルカは、カルヴィーノ家当主であるエヴァルトを背後に控えさせ、こんな風に微笑む。
「学校を休んでお出掛けをしようじゃないか。じじいに付き合っておくれ、『レオナルド』よ」
「フランチェスカ以外にそう呼ばれるのは久しぶりですね。構いませんよ、ご褒美に何をいただけるので?」
「そうさなあ」
ルカは愉快そうに笑いながら、エヴァルトの手を借りて椅子から降りる。
「……この国の、国家機密をひとつ教えてやろう」




