152 来客
見た目は八歳くらいの少年であるルカは、子供のまま成長しない体を持つ王であり、実際は百十二歳である。
そしてあらゆる国民を愛し、「子供もしくは孫も同然」と微笑む人物だ。その気さくな性格は、現在のルカの服装にも現れている。
「ルカさま! その魔法使い衣装、魔灯夜祭の仮装ですか!? か、可愛い……!」
「そうだろう、そうだろう? この黒いローブをよく見てごらん。フードには角、それから尻尾だ!」
「ふわあああ……!!」
フランチェスカは目を輝かせつつ、内心で誰にも言えないことを連想していた。
(ルカさまのこの格好……ゲームのハロウィンイベント期間中の、『店番くん』の衣装と一緒だ!)
実のところゲームの『課金ショップ』、つまり現実世界のお金をゲーム通貨に変換する画面には、ショップのキャラクターとしてルカがいる。
『購入画面へようこそ! なに? 国王ルカに姿が似ている? 同一人物じゃないかって? ……なんのことだか分からんなあ。私……じゃなかった僕は、しがない店番の少年だ!』
ゲーム上はあくまで『店員の少年』と表記された彼とは、明らかに国王ルカ本人でありながらも、課金画面では見え見えのシラを切り続けるというやりとりが定番化していた。
(ゲームでは断定されてなかったけど、やっぱり課金画面のあの少年、ルカさま本人だったんだなあ……考察するまでもなく、明らかにそうなんだけど)
そんなことを考えているフランチェスカの後ろで、カルヴィーノ家の構成員たちは恐縮し、ルカに跪いた姿勢のまま動けなくなっていた。
恐らくは、端の方にいる最年少のグラツィアーノこそが、構成員の中では最もルカに慣れている。
「ほれ菓子だぞ、後ろの構成員たちにも分けてやろうな。これは大通りの角にある店の新作だ! 去年も連日売り切れだった胡桃入りが、今年は更なる改良を加えられていてなあ」
(お、お詳しすぎる……! さすがは『街角のお店』っていう設定の課金画面に居る男の子、しょっちゅうお忍びで街に出てるんだ……)
家臣の心労を慮りつつ、フランチェスカはルカのお菓子配りを手伝おうとする。けれどもそのとき、ルカがフランチェスカに微笑み掛けた。
「お前の父を借りていてすまないな。現在エヴァルトには野暮用で、私からとあることを命じているんだ」
「いえ、ルカさま。ですが父がいない我が家に、一体どんなご用事が?」
父が不在にしているのは、恐らく昨晩の出来事が理由だろう。
(ミストレアルの輝石が盗まれたことは、国際問題に繋がる大事件……。だけどその翌朝、国王であるルカさまが、どうしてラニエーリ家じゃなくてうちに?)
すると、可愛らしい袋に包まれた焼き菓子を構成員たちに手渡してゆくルカが、思わぬことに言及した。
「昨晩から、ここに子供がいるのだったか」
「!」
目を丸くしたフランチェスカの傍で、ルカは気にせず言葉を続ける。
「アルディーニの血筋の、遠縁の子供とな?」
(……どうしよう。確かレオナルド、アルディーニ家はもう自分しか生き残ってないって……ルカさま、そのことは把握してるんじゃ)
「名前は確か……」
こくりと喉を鳴らしたフランチェスカの後ろから、明るく澄んだ声がする。
「――シルヴェリオ!」
「!」
振り返った先には、可愛らしい子供服に身を包んだ、ルカよりも小さな男の子が立っていた。
(レオナルド……)
「こんにちは、王さま」
人懐っこい微笑みを浮かべたレオナルドが、フランチェスカとルカの方に歩いてくる。
緊張しているフランチェスカの目の前で、ルカは更に意外なことを告げた。
「シルヴェリオ。……ああそうだ、そうだったな、ようやくその名を思い出せたぞ」
(ルカさま、レオナルドの嘘に話を合わせてくれてる……?)
これが小さくなったレオナルドだと、ルカは気が付いているようだ。
そしてここには、どちらも外見上は幼い少年でありながら、中身は只者ではないふたりが揃ったことになる。
「エヴァルトの部下、私の子供同然の者たちよ。すまないがフランチェスカとシルヴェリオの朝食は、お前たちの誰かが食べてくれないか」
「ルカさま。ひょっとして……」
「うむ。水路沿いの煉瓦通りに、評判の良いカフェが開いてなあ」
堂々たる風格で微笑んだルカが、フランチェスカを見上げて言う。
「フランチェスカが学院に登校する時間まで、じじいの散歩に付き合っておくれ」
***
国王とのお忍びという状況であろうとも、その所為で数多くの護衛に囲まれている中であっても、美味しい食事は素晴らしいものだ。
制服姿のフランチェスカは、料理の味わいを文字通り噛み締めながら、テラス席での朝食を堪能していた。
新鮮な果物と、上品な甘さのクリームを挟んだフルーツサンド。風味の豊かなバターがたっぷり使われたクロワッサンや、端がかりっと焼かれたベーコンに目玉焼き。
どれも素朴な味わいだが、それぞれの良さを引き立てる味付けが施されている。その上に、朝の日差しを浴びて煌めく水路の傍で食べるという非日常感も、食事の楽しさを倍増させていた。
「美味しかったか? フランチェスカ」
「はい、ルカさま!」
フランチェスカが大きく頷けば、ルカは満足そうに目を細める。しかし、フランチェスカたちの食事風景をにこにこ眺めていたルカ自身は、ナイフで小さく切ったベーコンを数切れほど口に運んだだけだった。
(ほとんど食事をなさらないんだって、パパから聞いたことがある。それも『成長しない』デメリットの影響なのかな……)
百十二年前に生まれたルカが、少年のままずっと歳を取らないのは、とあるスキルの影響なのだ。
ルカはこの国を守るために、常にスキルを発動させている。そのスキルは強大な力を持つ代わりに、さまざまな発動条件やデメリットが課せられていた。
(スキルが使用できるのは、ルカさまが『この国の王族の血を引く最後のひとり』である状況下でだけ。更にこの姿のまま、大人になることは出来ない。かといって、不死っていう訳じゃない)
つまりこの国の王の血筋は、少年の姿をしたルカが死ねば途絶える。これは王制を取る国にとって、非常に重要な懸念事項だ。
(そんなデメリットや難しい条件の中でも、ルカさまはスキルの発動を選んでる。きっと絶大な効果があるスキルなんだろうけど、ゲームのシナリオでも明かされてなかった)
少なくとも、フランチェスカが死ぬ前に配信されていた五章までのシナリオでは、ルカのスキルは分からない。
(ルカさまのスキル内容は国家機密。五大ファミリーの当主であるパパや、レオナルドも知らないんだよね……)
父には幼い頃に、そしてレオナルドには数ヶ月前に尋ねてみたのだが、ふたりとも知らない様子だった。
(だけどスキルとは関係なく、ルカさまがすごい人なのは間違いない。だって)
「お前もどうやら、幼子の体なりにしっかり食べられたようだな」
ルカはそう言って、丸いテーブルの斜め向かいに座るレオナルドに微笑みかける。
「お前もフランチェスカのようにおかわりをしていいぞ。……遠慮はするな、アルディーニ」
(やっぱり中身がレオナルドだってこと、しっかりバレてるもんね……!)




